第7話 ホカホカに温まってやがる件

『うぅ……まさかお嬢様にまで先を越されるとは──』


 何やらぶつぶつと呟き、肩を落として自室へと消えていくジルティア。やっぱあの鎧……外殻だっけ? 重いんじゃねえかなぁと思いつつ、その哀愁漂う背中を見送りリビングへと向かう。だがそこは酔っ払いの住処と化していた。


「うわ酒臭っ……」


「おーう婿殿ぉ、朝餉をご所望か? ……ってお主、何で半裸で彷徨いとるんじゃ? いや待て、当ててやろう。ふむ──さてはようやく観念して小娘に抱かれたのじゃな!?」


「そうだけど、ヤッてねぇよ!」

 

 そういやメスガキ空賊団の追い剥ぎに遭ってそのままだったわ。一旦洗面所でさっぱりした後、【収納魔法】から替えの服を引っ張り出してササッと着替える。


 リビングに戻ると、ミコトが新たなワインの樽を開けていた。テーブル上には骨だけになった鶏肉だの、干物の残骸だのが散らばっている。


「ミコっさんさぁ、仮にも護衛が朝っぱらから酒飲んでていいの?」


「これ婿殿よ、わしを日の明るい内から酒精を浴びる落伍者のように言うでない。──これは昨夜からじゃ!」


「なお悪いわ」


 ジョッキの中身をぐびっと飲み干したミコトが窓を指差す。


「どうせ明日には領都入り──となれば、今の内に自由を満喫しておくべきであろう? まあ他国の酒も悪くはないが、王国産のにはちと劣るかの。なにせ古来より、竜には酒と相場が決まっておる故な」


「それ主に負ける時のエピソードだろ。武勇伝どころか、単に酒で失敗した話じゃん」


「あーあー、聞こえんのじゃー。……そ、そんな事よりも婿殿! そろそろ小娘にくれてやる名は決まったかの?」


 何か身に覚えでもあるのか、顔ごと目を逸らした酔いどれドラゴンが矛先を替えた。


「挙式や子作りなぞは百年後でも構わぬが、公爵殿の手前こればかりは譲れぬぞ。というか、お主も今のままでは不便であろうに……」


 話のスケールが長命種なんよ。


「安心してくれ、俺の性癖はもうボドボドだ。今後の身の振り方はともかくとしても、無駄な抵抗はしない」


 追放直後から押し寄せるイベントの数々に困惑こそしたが、こちとら元限界社畜様ぞ? 結論……シンプルに勝てるわけがねンだわ。だが、そんな俺でも思うことはある。それは──、


「はいおにーさんの負け~♡ えー、うっそ~!? まだお家にも着いてないんですけど~!? 一週間もせずに敗北宣言とか弱すぎ~♡ ほらほら、早く可愛いお名前付けてくださ~い♡」

 

「このメスガキがよ……! お前その内に絶対わからせてやるから覚えておけよマジで!」


 いつの間にやら起きてきたメスガキが挨拶代りに俺を煽る。広いソファーにぴょんと座り、有り余るスペースを無視してぐいぐいと隣に詰めて来る。


「わたしもうお腹ペコペコ~。ミコト、朝ご飯持ってきて~」


 話聞けや。……ま、まあいい。俺もメシはまだだったし、ここはひとつ引き分けって事で納得してやらなくもない。


「そういえば婿殿の用向きも朝餉であったの。支度は済ませてあるゆえ、すぐに運んで──おお? 世界が揺れておるのじゃ」


 フラフラと千鳥足で歩いてくるミコトを前に、慌てて両手に掲げたトレイを受け取る。


「あーもうこの酔っ払いは……。ほら、お味噌汁が零れてるじゃないか……。──味噌汁?」


 朝食のメニューは白パン、野菜の酢漬け、ベーコンとスクランブルエッグ。普段であれば、それに加えて肉、肉、肉、スープのドラゴン定食。だが今視界にあるのは、肉、肉、魚の干物──そして土色のスープと、小瓶に入った黒い液体。


「よう知っておるのう婿殿。これらは以前話した、祖母の生まれた別大陸との交易品じゃ。わしの一押しは焼いた干物に、この黒いショーユとやらを垂らして酒と一緒に摘むのが──」


 ミコトが何か言っているが、無視して真っ先に味噌汁から口に運ぶ。……これは酷い。

 塩の代わりに味噌をぶち込んだだけの野菜スープだ。何より出汁の味が全くしない。


 干物に醤油を掛けて齧り付く。……とても塩辛い。

 そもそも干物の塩抜きが全然されていない。でも雑味はあるが、ちゃんと醤油の味がする。


 ……正直言って、これを前世で人様に出そうものなら美食家とその息子が一致団結してボロクソに詰られることだろう。


 如何に味噌と醤油といえど、こんな料理──こんな──。


 は──、


「犯罪的だッ! 美味すぎる!」


 転生して以降、冒険者生活に明け暮れた日本人の魂に、久方ぶりの故郷の味! 染み込んで来やがる……身体にッ! 本当にやりかねない……醤油瓶一つのために……現代チートだって……!


「ず、随分と大袈裟じゃのう……。まあしかし良かったではないか。珍しく早起きしてくりやに立ったかと思えば、慣れぬ手つきで漸く拵えたのが汁物一つとは。小娘の不器用さ加減には先が思いやられるばかりじゃが、少なくとも婿殿には好評である様子」


 なん……だと……。


「じゃあこれ、お前がわざわざ作ってくれたのか……?」


 思わずメスガキに視線を向けると、彼女は手指をツンツンしたり、髪の毛先を弄ったりと落ち着きのない態度を見せつつも、朱に染めた横顔でチラチラとこちらの反応を伺っている。


「は、はぁ~? べ、別におにーさんは関係ないんですけど? 言っとくけど、こんなの適当に作っただけだし!」


「……ありがとう、凄く嬉しいよ」


「な、なに本気で喜んじゃってんの♡ かいしょーなし♡ 褒め言葉スカスカ♡ 毎朝俺のために作れくらい言え♡」


 おかしい、何だこの可愛さ溢れる生き物は……。あの小国はメシが不味かったから、その反動で前世の食事情を語った記憶はある。だがその時のお前は確か、甘味の話を聞いて涎を垂らす腹ペコドラゴンだったじゃないか……。


「って、そんな話はいいの! それにショーユとミソは月に一回、別大陸から港に来るお船にほんの少し積まれてる分しか入って来ないんだから! ……つまり~、これ買えるのはうちの国民だけってこと♡」


「えっ」


 そんな、ここに来て梯子を外されるとかある!?


「……あっ、たいへ~ん! これじゃあ追放されたばかりでコネも後ろ盾もない素人Sランクのおにーさんはぁ、もう二度と食べられないかも~♡ やーん、かわいそ~♡」


「こ、こいつ足元見やがって……! ま、まあ? そういう事情だったら王国を拠点に活動を考えなくも──」


「え、なに? 聞こえな~い♡ 婿入りですか~? それとも観光ですか~?」


「選択肢重すぎぃ!」


「はいあと五秒で締め切っちゃいま~す♡ ごー、よん、さん、にー、いち──ゼロ、ゼロ、ゼロ……♡」


 あっ、スゥ──、


「お゛ね゛か゛い゛し゛ま゛す゛、い゛っ゛し゛ょ゛に゛す゛ま゛わ゛せ゛て゛く゛た゛さ゛い゛!!」


 ……やはりメスガキは悪魔でメスガキで、そして俺はとてもチョロかった。


 いつかわからせてやると胸に誓ったその翌日。ついに俺はゲンチアナ竜王国ハートアイズ公爵領──【領都オギャレイ】へと降り立つのであった。


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