咲の場合  1989年

霞 芯

第1話 咲の場合 1989年

 1989年 3月


 咲は、県立磯辺高等学校の校門にいた。

バンド キャンディは、あれからデビューの話しがいくつかあった。

 だが、世間は甘くなく、〝中学生バンド〟だった〝キャンディ〟にテコ入れした感は拭えなかった。

あのまま、高校に皆いかず、デビューしていれば、

話しはまた違ったかもしれない とプロダクションの上川もメンバーも〝タラレバ〟を考える状況にあった。

 咲は高校を無事卒業した。

風との関係は、相変わらずであった。

 〝彼氏、彼女〟といえば、それで片付くが、

二人には、音楽があった。

 喧嘩したい時に喧嘩し、別れるという選択肢がないまま、3年間を過ごしていた。


 バンド 〝キャンディ〟は決して無駄な3年を過ごした訳ではない。


それは、物珍しい〝中学生バンド〟から大人のバンドに変わる為に、必要な時間でもあった。


 今日 咲は、プロデューサー〝林俊彦〟のオーディションを受ける事になっていた。

 咲は、〝キャンディ〟の刺激が〝マンネリ〟になっていた事に不満を抱いていた。

 プロダクションの上川に内緒で、〝トウビクレコード〟のディレクターと接点を持っていたのでる。

ディレクターは、売れっ子ギタリスト〝林〟を咲と組ませようと思っていた。

 咲も、林が組んだ女性アーティストが次々に売れていく時代の流れを知っていた。

 だが、咲には、キャンディのメンバーや上川に罪悪感がなかった訳ではなかった。

 だから、卒業式とは言え、うかなかったのである。


 咲は,隣の幕張東高校に通う〝風〟を呼び出した。

 二人は、マリンピアのフードコートで向かい合う。

風は、「咲?何だよ、言わなきゃいけないって事?」と口をひらいた。

咲は、「風?もし私が、風よりギターが巧くて、作曲も上手な人と組むって言ったらどうする?」と聞いた。

 風は、一瞬、ギョッとした顔をして、咲を見た。

それから、焦った素ぶりで、「それは、‥咲の自由だよ!俺に咲の人生を束縛する権利ないしさ‥俺より上手いブロがいるのは、解っているよ!しかたない!しか言えないよ!もし、そうなればね」と心にもない事を言ってしまった。

 咲は、半分涙ぐみながら、

「そうなんだ‥」と言って席を立った。

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