第4話

 スマホと財布を持って外に出る。 

付き合ってすぐにもらった合鍵を、初めて使って閉めた。少し大きいジャージがずり落ちそうになるから、ちょっと歩きにくい。そうだ、ここから近いところにコンビニがあるって言っていた。確かこの一本道を進むと着いたはずだ。のたのたと亀のようなスピードで歩いて見えた看板。そのまま入ると、眩しくて思わず目を窄めてしまった。

 特に買うものもない。何か食べる気にもなれないし、ウロウロと歩き回るだけ。自然と目に入る、生活用品コーナー。当然、俺の探しているものはない。

(大人が失敗するなんて、おかしいもんな)

 夜中で気が滅入っているのだろうか。前の恋人に拒絶されたことを思い出す。

『寝る前にトイレ行けって』

『マジで萎えるわ』

『まじで無理だから。別れよ』

 何度ストレスだと説明しても、笑われたまま、話を聞いてくれなくて、その日、俺の家にいた彼は、オムツを履いた奴とヤる気にならない、とわざわざパジャマから着替えて帰っていった。

 次の日の会社は地獄だった。お互いがゲイであるということは内緒にしていたのに、俺がおねしょする体質だということだけが、オフィス中に広まっていて。後輩にも今も履いているのか、とからかうように言われて、それがトラウマで会社に行けなくなった。

 だから、もう誰にもバレたくなくて、新しい職場の社員旅行にも、古い友人との泊まりもしていない。次あんな風に言われたら、もし由希さんに言われたら、もう絶対に立ち直れない。こんなに悩まなくてはならないのならもう、別れてしまった方が良いのではないか、そう思ってしまう。


 

「どこいってたの」

そーっとドアを開けると、明かりが漏れて、中から由希さんが出てくる。

「目覚めたら凛くん居ないし。家の中にもいないし、メールも出ないし」

慌ててスマホを見ると、心配するような文言が何件も映る。

「すみません、コンビニ行ってました」

「こんな夜遅くに出かけたら危ないでしょ?ほらもう寝るよ」

「俺、もう少し起きてるので…」

「だめ。寝なくても良いから布団には入っときなさい。疲れてるでしょ?」

「でも…」

「なに」

強い声に一瞬怯む。こんな圧力のある声、聞いたことない。

「凛くんさ、俺と寝るの嫌?」

「なんでそんなこと、」

「だってさ、今まで何回か家誘ったけど断るじゃん。今日もずっと暗いから、疲れてるのかと思ったけど、外行くし」

「ちがう、」

「何がちがうの?」

こんなに詰め寄ってくる由希さんは初めてで、ちょっと怖い。声が出なくて、口だけがパクパクと開いたり閉じたり。

「まあ今日はもう遅いから寝るよ。嫌なら俺、リビング行くから」

「ねます、イヤじゃないです、だから、」


 俺が布団に入るのを確認して、電気が消える。

「俺、由希さんのこと、嫌いじゃないです」

「そう、おやすみ」

そっけなく言って、反対側を向いてしまう。これ以上何も言えなくなって、でも、今から布団から抜け出す勇気もない。時計を見ると、3時を回っている。

(…だいじょうぶ、おきてられる…)

手の甲を強く引っ張り上げると、起きていられる。



 遠くで包丁の音がする。ぼんやりと目が開くけど、まだ眠い。

(おむつ、変えなきゃ…)

いつものように上体を起こすと、何かいつもと違う。

(あ、そうだ、)

ここ、由希さんの家だ。ぐじゅり、案の定、汚れた布団。

「やっちゃった…」

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