【書籍化決定】捨てられ転生幼女はもふもふ達の通訳係

はにかえむ

第1話 忌み子

 そこはほとんど光の入らない地下の空間だった。まるで獣の巣の様なそこで、少女は暮らしていた。年は六歳になった頃だろうか。

 退屈を凌ぐための本が数冊しかないこの部屋の中で、少女はそれでも笑って暮らしていた。

 理由は遊びに来てくれるお友達がいるからだ。地下に唯一入ることのできる小さなネズミと、頭の中で語りかけてくる『みちるちゃん』だけが少女の友達だった。

 ネズミさんの話す言葉と、『みちるちゃん』の記憶でしか外の世界を知らない少女は、それでも幸せだったのだ。

 

 この屋敷に住まう人間は、少女が狂ってしまったのだと思っている。少女をこのような境遇に追い込んだのは自分たちだというのに、おかしいのは少女の方だと宣うのだ。

 

 そしてある日、少女の平穏な日常は突如崩れることとなる。

 地下の部屋に豪奢に着飾った貴婦人が降りてくる。少女の母親である。母親は一人の男を連れていた。

「お母様」

 少女がつぶやくと母親は娘を睨んだ。

「やめてちょうだい!そう呼んでいいのはミレイユだけよ!」

 母親はヒステリックに喚き散らす。ミレイユとは少女の双子の姉のことだ。双子はこの国では忌み子である。そのため妹である少女は存在を隠されて育ったのだ。

「早くこの悪魔付きを連れて行って!こいつが居たらミレイユの邪魔よ」

 男は少女に手を伸ばす。強く掴まれた腕がきしんで悲鳴をあげた。

「ミレイユは聖女に選ばれたのよ!もうお前なんていらないわ」

 男は少女を担ぎあげると、汚い馬車に乗せた。

「早く森に捨ててきてちょうだい」

 母親の声と共に、馬車は走りだす。少女の頭の中に警笛が鳴る。自分は森に捨てられるのだ。賢い少女は理解してしまった。

 

 どれくらい時間が経っただろう。少女はずっと怯えていた。やがて馬車が止まると、外に引きずり出される。地面に投げつけられた少女が痛みをこらえていると、馬車は走り去ってしまった。

 ここはどこだろう。少女が周囲を見回すと、木々しか無かった。自分が森のどの辺に居るかもわからない。とりあえず人を探そう。そう『みちるちゃん』が言った気がした。

 少女は森の中を歩き回った。しかし、地下ぐらしの長い少女の体力ではそこまで歩けない。すぐに息を切らして座り込んでしまった。

 

 そこに、小さなリスがやってくる。可愛くて、少女はリスを撫でた。

「あなたも一人なの?」

 少女が言った。するとリスは『ここで待ってて』と言って去ってしまった。少女はそれを寂しく思った。

 リスに言われたように、暫くそこで休憩をとる。喉が渇いて仕方なかった。もう歩けないかもしれない。リスさんは戻ってきてくれるかな。色々なことが頭を巡った。

 その時だった。たくさんのリスが少女の周りに集まってくる。『助けが来たよ』『呼んできたよ』みんな口々にそう言う。

 そして木の影から、大きな狼に乗った男が顔を出した。

「大丈夫か!?」

 少女を見るなり、男――イアンは狼から飛び降りた。イアンは意識が混濁した少女を抱えると、再び狼に跨り、急いで拠点に向かったのだった。

 

 

 

 少女に水を飲ませ、ベッドに寝かせたイアンは憤慨していた。この森に子供が捨てられることは珍しくないが、その度にイアンは言いようのない怒りを抱えていた。隣国――レイズ王国は長く結界に閉じこもっていて外交を好まない。だから結界の外にあるこの森によく人を捨てるのだ。この森はウィルス王国にとって神聖な森だというのに。

 しかしこの森が神聖な物だからこそ、捨てられた者たちが助かっている側面もあるので、胸中複雑なのである。

 今日捨てられていた少女の状態は酷かった。痩せ細り、まともな食事が与えられていなかったのは一目瞭然だった。恐らく何らかの理由で忌み子認定されたのだろうと推測する。

 レイズ王国は結界に籠っているせいで、未だに多くの偏見を捨てることが出来ないでいる国なのだ。別の人種の人が歩いているだけで、石をなげられることもあるという。

 イアンは推測される少女の境遇に胸を痛めた。

 

 イアンは食事の用意をして部屋に戻ると、少女の容態を確かめる。

 すると自身の相棒の神獣であるルイスが部屋に入ってきた。少女が起きた時に部屋に狼がいたら驚くだろうと、イアンはルイスを部屋から出そうとする。しかしルイスは一向に出ていこうとしなかった。そればかりか、少女の横にお座りして居座る姿勢になってしまう。

 イアンは困り果てた。人語を解する程に賢いはずのルイスが一向に言うことを聞かないのだ。少女に何かあるのだろうかと、イアンは考える。しかし答えは出なかった。

 

 やがて、少女は目を覚ました。

 イアンは怯えさせないように話しかけると、水を与える。

 少女はよほど喉が乾いていたのだろう、その水をゴクゴクと飲んだ。

「あの、助けてくれてありがとうございます。狼さんもありがとう」

 少女は水を飲み終わると、その年齢では不思議なほど礼儀正しく言った。しかも狼にも怯えていないようだ。

 イアンは少女が怯えないようにしながら、情報を聞き出そうとする。

「君の名前は?」

「名前、無いです」

 少女は悲しげに目を伏せていた。イアンは顔を顰めそうになった。

「では、そうだな……とりあえずリルと呼ぼう、どうだ?」

そう言った瞬間、少女――リルの顔が輝いた。それはリルがずっとずっと欲しくてたまらなかった自分の名前だったのだ。

 リル、リルと心の中で何度も反芻する。嬉しそうなリルを見て、イアンはひと安心する。


『私はルイスだ、よろしくリル』

 不意に、ルイスが鳴いた。リルはそれに返事を返す。

「うん、よろしくね、ルイス」

 イアンは固まった。自分はリルにルイスの名前を教えただろうかと。しかもそれからも、二人は何事かを会話しているようだった。

「待ってくれ、リル。リルはルイスの言葉が分かるのか?」

 そんなまさか、そう思ったが、リルは不思議そうに小首を傾げた。

「はい、わかります」

 とんでもない宝玉を拾ってしまったと、イアンは頭を抱えた。

 

「あの、動物と喋れるの、おかしいですか?」

 リルは落ち込んだ様子で言う。イアンは慌ててそんなことは無いと否定した。

「リルは恐らく『通訳者』のスキルを持っているんだろう」

 イアンの言葉にリルは首を傾げる。

「スキルってなんですか?」

「スキルとは誰でも持つ、神から授かった力のことだ。リルのスキルも後でちゃんと調べような」

 うぁおファンタジー!と『みちるちゃん』が言っている。リルは少しワクワクして頷いた。

 もしリルのスキルが『通訳者』であったならばこの国を建国した王と同じスキルだ。この国にとってそのスキルは宝。間違いなく重用されるだろう。イアンはリルを傍に置いておくことを決めた。

 

「リルがどうして森にいたのか聞いてもいいか?」

 リルは自分の知る限りのことを話した。双子として生まれ、地下に幽閉されていたこと、最低限の言葉と文字の読み書きだけ教えられたこと、そして姉が聖女になって、もう要らないと森に捨てられたことだ。

 話を聞いたイアンとルイスは内心怒り狂っていた。リルの手前表に出すことはしなかったが。


「行くところが無いならここに居るといい。歓迎する」

 イアンはそう言ってリルの頭を撫でた。リルは生まれて初めて頭を撫でられて嬉しかった。子供は本来こうされるものだと『みちるちゃん』の記憶から勘づいていたからだ。

 そう、リルは気づいていた。自分が不当な扱いを受けていることを、所謂虐待されていたという事実を。ただ抜け出すことが出来なくて、気づかないフリをしていただけなのだ。

 リルの目から無意識に涙がこぼれ出す。音も無く涙をこぼすリルの姿に、イアンは心を痛めるのだった。

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