第28話
「あれを見てよ」
レインが指差す壁にはいつの間にか映像が映し出されていた。どうやらユリスとベラのいる部屋のようで、遠目で二人の表情は見えない。だがなぜかそのタイミングを図ったかのようにユリスがベラを床に押し倒した状態が映し出されている。
「……ユリスさん!」
「ほらね、わかっただろう。また男に裏切られたんだね、かわいそうなリリィちゃん」
レインの言葉にリリィの脳内には元婚約者であるリゲルとの過去の記憶が嫌でも蘇ってくる。リリィは壁の映像を見ながら両目を見開き首を横に振った。
「違う……、違う違う違う!ユリスさんはそんな人じゃない!あんな映像、どうせあなたがでっちあげたんでしょう!」
両目からはらはらと涙を流し、リリィは叫んだ。その様子にレインは一瞬悲しく寂しそうな顔をしたが、すぐにそれは消えた。天井を眺め、フーッと大きく息を吐きまたリリィを見つめる。
「そっか。リリィちゃんにはあの男を諦めて自分の意思で僕と一緒に来てほしかったけど、ダメなんだね。わかったよ」
両手で顔を覆い泣きじゃくるリリィの前にレインは手を翳し、言った。
「一緒に行こう」
その一言が言い終わる前に、二人の姿は赤黒い靄に包まれて消えた。
カタン、とベラの手から小瓶が落ちるのを見てユリスは小瓶を掴みさらに遠くへ投げた。そして自分の胸元に手を置くとユリスの体が薄緑に光りだす。ユリスの呼吸は少しずつ落ち着きを取り戻したが顔色は蒼白のままで、まだ身体中に激痛が走っている。
(上級魔法を使える人間か作った毒薬だけあって回復がなかなか追いつかないな……しかしこんなもの一体誰が何のために)
「ベラ、これは、一体、誰が」
まだ苦しそうに顔を歪めながら聞くユリスに、ベラはカタカタと震えながら首を横に振る。
「違う、違うの、私はお兄さまに毒なんて……レイン、そうよレイン、あの男はどこ!?」
ベラは突然ハッとして立ち上がり部屋から出て走り出した。必死に屋敷内を走り、別の応接室にたどり着いてドアを乱暴に開ける。
ドアを開けた部屋には誰もいない。床には投げ捨てられた椅子が一つ転がっていた。
「どうして誰もいないの、あの女は?レイン、レインどこにいるの!」
ベラの声が部屋に響き渡る。突然ベラの頭が割れるように痛くなり、ベラは頭を抱えてうめきだす。そしてカッと両目を見開いた。
突然屋敷にやって来た顔の片側に仮面を被った男、その若草色の瞳から目が離せなくなり、そこからの記憶が飛び飛びで定かではない。ユリスの話をすると小瓶を二つ渡され、何かを言われて……。
そうか、操られたのだ。いつの間にか自分はあの仮面の男にいいように使われて、挙句ユリスを毒殺してしまう寸前だったのだ。
「う、嘘……ア、ア、イアアアアア!」
ベラの悲鳴にも似た叫び声が部屋中に響き渡り、その場にベラは崩れ落ちた。
動転したベラが部屋から出ていく様子を苦しげにユリスは見つめていた。追いかけたいが、すぐに走り出せるほどまでは回復しておらず、体がまだ言う事を聞かない。
(レイン、ベラはレインと言った。まさかあの男が……リリィ!)
ダンッ!と床に拳を叩きつける。なぜもっと早く気づかなかったのだろうか。ベラにレインが接触しているとなぜ思いもしなかったのか。
後悔だけがユリスの中にじわじわと広がっていく。こうしている間にももしかするとレインはリリィを……。
すぐにユリスは床に片手を付けると黄色に輝く魔法陣が浮かび上がった。
『どうした、ユリス』
「今、とある屋敷にいるのですが毒を盛られ身動きの取れない状態です。リリィが危ないので急ぎたいのですが……ゴホッゴホッ」
『大丈夫か、すぐに向かう。悪いがその場所に転移用の出口側の魔法陣だけ配置してくれ』
「わかりました」
ユリスは立ち上がり部屋の中央の床に両手をつく。青色に輝く魔法陣が浮かび上がると床に魔法陣が固定された。
(伝達魔法でエデン部門長に連絡はできた。転移魔法用の魔法陣も配置したし、あとはみんなを待つだけだ)
「リリィ……」
胸元を掴みながら苦しげにユリスはつぶやく。
そんな中、部屋の中央の床が青く煌々と輝き魔法陣から人が浮かび上がる。
「ユリス!」
「エデン部門長、みんな……」
「大丈夫か、これを早く!即効性のある解毒剤だ」
エイルに手渡された解毒薬をユリスは一気に飲み干すと、ユリスの体全体が薄紫色に輝きユリスはホッと息を吐く。即効性があると言うだけあってすぐに体が楽になった。
「それで、状況は」
「実は……」
起きた出来事をエデンたちに報告し終わったまさにその時、部屋の外から叫び声が聞こえる。ベラの声だ。
ユリスたちは目を合わせてすぐに部屋から出て声のする方へ向かう。わめき声のする部屋にたどり着くと、そこには錯乱したベラの姿があった。
第一部門の面々は顔を顰めて加害者であり被害者でもあるベラを静かに見つめる。
「ベリア、彼女を落ち着かせてくれ。俺たちは現場の保存と検証、事情聴取をする。ユリスは一刻も早くリリィを」
エデンの号令にその場の一同が頷き、それぞれ動き出した。
『リリィ、どんなことがあっても自分を信じなさい。あなたがあなたを愛し信じていれば自ずと道は開かれていくの。大丈夫、心配いらないわ』
優しい笑顔でそう言うと、その女性はリリィの頭を優しく撫でる。女性の隣には同じように優しい笑顔を向ける男性がいた。
「おかあ……さん……おとう、さん……」
ふと目を覚ますと、見知らぬ天井が見える。
(また、昔の夢?)
リリィはぼうっと天井を見つめていたが、すぐにハッとして飛び起きる。
(ここはどこ?レイン君は?)
どうやら見知らぬ部屋のベッドに寝かされていたらしい。部屋を見渡すとどこなのか全くわからないがレインの姿はないようだ。
静かにベッドから降りると、部屋の中は薄暗く魔光石によって灯るランプが一つだけあった。窓のようなものはあるがカーテンがかかっている。カーテンを静かに捲ると窓には鉄格子がかかっており、リリィは息を呑む。
部屋にはドアが一つある。静かにドアのそばに近寄り、そっと耳を当てて音を探る。ドアの向こうに人の気配はないようだ。意を決してドアをそうっと開ける。
ドアの向こうには廊下があり、すぐ側に階段が見える。どうやらここは二階のようだ。
(どうしよう、降りてみるべきか、それとも黙ってここにいるべきか)
廊下に出てまた聞き耳を立ててみるが相変わらず人の気配は感じられない。今なら、もしかしたらレインに出会わずここから脱出できるかも知れない。脱出は不可能だったとしても、今いる状況を自分の目で把握しておきたい気持ちは強くある。
(考えていても始まらない、とにかくこの中を散策して確かめてみないと)
ぎゅっと胸元を掴みながらリリィは階段へ足を向けた。
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