第4話 エデン

【はじめましてミズトさん】


「わっ!?」

 急に頭の中で声が響き、ミズトは声を出した。


(なんだ?!)


【わたしはスキル『女神の知恵袋』に作り出されたエデンと申します。ミズトさんが生きていくために、様々な知識の供与や、お手伝いをすることが出来ます】


(お手伝い? スマホやスマートスピーカーに搭載されてる、音声アシスタントみたいなもんか……?)


【ミズトさんの世界で言えばAIに近いと思われます。ただし、直接行動することも可能なので、別物とご理解ください】


(おっと、頭の中で会話が成立するのか、なんかすげえ違和感……。その、直接行動ってのは?)


【はい。例えばその動きにくいスーツ姿を、この世界に必要な装備に変えることが可能です】


(何だそれ? ちょっとやってみて)


【承知しました。装備を変更します】


 エデンと名乗ったものがそう言うと、ミズトの服装が変わり、いつの間にか右手に剣を持っていた。


(おおっ、これは凄い! この服のセンスはどうかと思うけど、武器まで出せるなんて便利だな!)


【その服は、この世界では一般的な布の服です。不必要に目立つことがない格好が良いと思われます。武器は鉄の剣になります】


(ふうん、なるほど。しっかり考えられてるのか。声があの女神と同じなのが気に入らないけど、能力は役に立ちそうだ)


【申し訳ございません。わたしは女神アルテナ様に作られたユニークスキル。声を変更することは出来ません】


(まあいいけど……。で、早速だけど、この世界に来たばかりの俺はどうしたらいいんだ?)


【まず、第一に生存のための飲料水と食料の確保が必要です。第二にレベルを上げましょう。モンスターの危険から生き残る可能性を上昇させます。そして第三は、人々が住む町へ移動することです。以上の三つが、この世界に来たばかりのミズトさんがとるべき行動になります】


(頑張って生きろってことか……。水と食料は剣みたいに出せないのか?)


【申し訳ございません。水や食料、他にはポーションや鉱石、草花など動植物も出す事は出来ません】


(出せないのなら仕方ないけど……。でも俺は都会育ちでアウトドア苦手なんだよな。どうやって探せばいいか分からん)


【水は川や湖で入手できます。湧水も飲める事が多いでしょう。食料は川へ行けば魚介類を採取できます。この森には食べられる木の実も多数ございますし、狩猟という手も考えられます】


(いや、まあそうなんだろうけど、その川とか、食べられる実とかが、俺には探せないってこと。狩猟もちょっと自信ないな……)


【ミズトさんの心配はもっともです。しかし、わたしは世界中の地形データを持っておりますので、川の位置を把握しております。木の実も近づけばわたしが見つける事が可能です。狩猟については、この世界で生きる限り出来るようになった方がよろしいでしょう】


(川の位置が分かるのか? もしかして人が住む町も分かったり?)


【はい。この世界の全ての町や村の位置も把握しております。そのためミズトさんはわたしの示す方向へ向かえば、町に辿り着くことが可能です】


(マジか。女神が追加したスキルだからどうなるかと思ったけど、超便利だな。エデンさんありがたい)


【お役に立てて光栄です。何でもお尋ねください】


 いろいろ不安を感じていたが、『女神の知恵袋』エデンの助けを借りて、ミズトには突然希望の光が差し込んだ。




 それからいくつか疑問をぶつけた後、エデンに聞いた川へミズトは向かった。


 歩きながら持ち慣れない金属製の剣を振り回す。

 元の世界で木刀すら持ったことがない。いや、それどころか通勤で使っていたリュックより重いものを持った記憶がなかった。


 ただ、そんな剣の重さの違和感より、ミズトは遥かに気になることがあった。

 身体が軽いのだ。


(なあエデンさん。俺はホントに若返ったんだよな?)


【もちろんです。ミズトさんは転移に巻き込まれて死にましたが、ポイントを200消費し、十六歳の肉体に再構築されております】


(十六歳、高一ぐらいか。あの頃は随分と細かったんだな)

 ミズトは左手でお腹をさすった。


 子供の頃はガリガリだったのに、いつからか食べた分だけ脂肪がつくようになった。

 運動不足で基礎代謝が低いせいだと思い、少し筋トレを始めてみたところで、それは簡単には落ちなかった。


 四十を過ぎたあたりから、肉体的な老いを感じるようになっていた。

 疲れてもいないのに足が重い。何かを拾おうとすると無意識に「よっこらしょ」と言っている。

 若いつもりでいたのに、多分に漏れずしっかりと歳を重ねていたのだ。


 ところが今はどうだろう。

 歩いていても、気になるところがどこもない。

 身体が動きたがっているようにさえ感じた。


「ひゃっほーっ!」

 抑えきれぬ衝動が身体を突き動かし、ミズトは思い立ったように駆け出した。


(そうだ、そうなんだよ! 昔はこんなに動けたんだ! これだけ動いてもどこも痛くない! メガネ無しでハッキリ見える! ホントに若返ったんだ!!)


 数十年ぶりの全力疾走が、さらにミズトを高揚させる。


 飛び上がって高い枝を切り落としたと思えば、意味もなく大きめの岩によじ登る。

 まるで体力を使い切るのが目的のように、無駄な動きを繰り返しながら森の中を走り抜けた。

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