リライト・アンド・スカイ~茜色の空と夜叉の剣

@futami-i

■少女マリーゴールドの追想

 思い出はいつだって、雨のにおいではじまる。


 私の思い出、どしゃぶりの雨を駆けた悲しい記憶だ。


 魔王の尖兵が、お父さんとお母さんと、村のみんなを殺してしまった。

 私はただ、おそろしくて、命からがら、生きるために逃げていたんだ。


 魔王の尖兵は人間をようしゃなく殺す。

 小さな村に働き手は少なく、子どもと老人ばかりで戦うことはできなかった。


 だからみんな、なすすべもなく殺されてしまった。

 生き残ったのは私だけだ。私だけが、山菜を取るために村を離れていたからだ。


 他にも助けを求める声があったのかもしれないけれど……私は逃げた。


 死にたくなかったからだ。

 友達もご近所さんも、私はみんなを見捨てて山奥へと逃げこんだ。


 ……そんな私の不徳を、神様はお気に召さなかったらしい。

 逃げ込んだ先の山奥で、私は魔王の尖兵に出くわしてしまったんだ。


 私は恐怖で足がすくんで、ぬかるみに足を取られて転んでしまった。


 絶体絶命だ。魔王の尖兵は私をあざ笑って、殺すために剣を振り上げた。


 私は命乞いをした。「待って、殺さないで!」そんな言葉を必死にさけんだ。


 もちろん許されるはずはなく、剣が振り下ろされる。


 必死になってぬかるみを転がって、私は一度だけ剣を避けた。

 泥だらけの私は無様なすがたで、魔王の尖兵はよりいっそうおかしそうに笑った。


 死にたくなくても死ぬしかない。そんな時に、私を見下す魔族の尖兵が口を開いた。


「おい、間抜けな小娘。この村は英雄の末裔を守る村なんだろう? おまえみたいなノロマが、本当にそうなのか? 英雄様よお?」


 私が暮らす村は、大昔の伝説に連なる者が暮らす、【光の勇者】の末裔の村だった。

 この時の幼い私は知らなかったけれど、私も英雄に連なる末裔のひとりだったわけだ。

 私は怯えながら答えた。「私は英雄じゃない。英雄なんかじゃない。殺さないで!」と


「ヒャハハハ、英雄様が命乞いか! 恨むなら、魔王様と俺たち魔族にたてついた、おまえのご先祖様を恨むんだなあ!」


 伝説の【光の勇者】は、大いなる【闇の根源】を封じて世界に平和をもたらした。


 光と闇、すべては大昔の伝説で、真偽さえ定かではないおとぎ話の登場人物だ。

 だけど今、現実を生きる私はその伝説に従って、殺されそうになっている。


 だけど、だけど、このままおとなしく殺されるなんてまっぴらごめんだ。


 だから私は魔王の尖兵の足元、革のブーツに喰らいついた。

 幼い子どもの全体重をかけて、不意打ちで体当たりをしかけたのだ。


「ッ、このクソガキ! きたねえ手で俺様に触るな!」


「嫌だ、死にたくない。死にたくない! 死にたくない!」


「うるせえ! そんなに死にたきゃ今すぐぶっ殺してやるぜえ!」

 ――結果は見るも無残、幼い私は蹴倒され、大木の幹にぶつけられてしまった。


 苦しい。激突の衝撃で肺から酸素がしぼりだされて、呼吸がうまくできない。

 せき込むことさえできず、地に伏す私はせまりくる死を待つばかりだった。


(もうダメだ。おしまいだ……)

 諦めの絶望がのどまで出かかった、絶体絶命の状況で――

 しかし、私に安易な諦めを許さない、強い“声”が聞こえる。


「諦めるなよ。死にたくないなら、“俺”がいる」


「おまえ!? 何者だ!? どこから現れた!?」


「俺かあ? 俺はプランドー」


「ぷ、プランドー? この村の生き残りか?」


「……そうだとも、カッコ悪い、弱い者いじめのおにーさん。俺が世に言う――」


 その瞬間、豪雨を引き裂く雷鳴がとどろいた。

 常人では目で追うことさえできない圧倒的な速度で、まごうことなきいかづちが巨木をなぎ倒し、魔王の尖兵を一瞬にして黒ズミに変える!

 それはさながら獲物を食いちぎる獣の牙に似た、雷の剣だった。

 敵を狩るあざやかな猟犬の手際を披露した後で、少年プランドーは遅ればせに言うのだ。

「――俺が世に言う“英雄”ってやつさ」


 プランドーの名前には聞き覚えがあった。


 私と同じ年の生まれで、だけど村の学校では、特に目立つところのない少年だった。

 せいぜい木刀を使ったチャンバラが強いとか、クラスメイトの女の子たちが騒いでいた程度の話だ。子どもっぽい、子どもらしい子どもの男の子だと、私は思っていた。


 だから、私と彼に面識はない。本当に、なにもない。

 だけどこの時、プランドーが振るう雷の剣に、私は心から魅入られてしまった。


 ただただ、カッコよかった。

 吊り橋効果だと言えばそれまでだけど、この時の彼は、私を助けてくれた命の恩人で、恥も外聞もなく言えば、彼は私だけの英雄王子様だったんだ。


 私の意識はそこで途切れる。

 お姫様みたいな自分を笑って安心したところで、疲れがどっと押し寄せたのだと思う。


 プランドーは情けなく気絶した私を背負って、隣町まで、いっしょに逃げてくれた。


 ――そしてふたりで生き残った私たちは、その日に道分かれて日雇いの冒険者になる。

 月日が流れ、それぞれが自分の道で一人前になった時に、感動の再会を約束して、ね!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る