シンギュラリティ・シンドローム

紅瀬 朔実

第1話 転生と急襲

 真冬の凍てつく星空の下、俺は近所のコンビニへ向かっていた。


 歩道の所々には昨日降った雪が積もっていた。俺の住んでる地域は雪が積もるまで降るのはかなり珍しい。足を滑らせないように注意を払いながら進む。


 目的のモノは勉強中に唐突に猛烈に飲みたくなったエナジードリンクと、兄貴に頼まれたホットスナックだ。


 兄貴は年中部屋に引きこもってるクソニートだが、ここ最近は部屋から出てくる頻度が特に下がっている。理由は「AIのべるらいたー」を使って小説を書くことにハマっているかららしい。


 詳しいことは知らないが、AIが自分の書いた小説の続きを書いてくれるらしい。何というか、恐ろしい世の中になったもんだなーと思う。機械が人間の職業を奪い、差別されたり、人類に反旗を翻したりする日も案外近いのかもしれない。


 横断歩道で信号待ちをしながら、俺は夜空を見上げた。街中の光によって、何百光年も彼方の微かな輝きの大部分はかき消されてしまっているが、それでも視等級の小さな有名な恒星達はその存在を観測することができた。


 俺は宇宙や星が好きだ。俺達が暮らす日常とはあまりもスケールが違う異世界。知れば知るほど、考えれば考えるほど、自分という存在が矮小に感じられて、悩みとか不安とかが全て馬鹿馬鹿しく感じられて、それが心地よかった。


 手を伸ばせば届きそうな輝き達。その間には途方もない距離が隔たっていると知っていながらも、俺は思わずそれらに手を伸ばしていた。


 ビッグバンによって生み出されたとされる宇宙。さらにその前には揺らぎと加速度的な膨張があったという。


 俺は天上の異世界に魅入られていた。


 だから気づけなかったのだ。


 地上の異変に。


 常識外れのスピードで迫りくるトラックに。


「―――ッ!?」



 そして。俺は。



 ***




「残念! あなたは不運にも交通事故によって命を落としてしまいました! でも心配しないで。幸運なあなたは異世界でその人生をやり直すことができるわ!」


 いや不運なのか幸運なのかどっちだよとツッコミそうになったが、それ以前にツッコミどころが多すぎる。何なんだこの状況は。


「あらあら、かなり困惑してる様子ね。でも無理もないわ、誰だってそうなるわよね」


 上も下も右も左もどこまでも真っ白な空間で、女神みたいな白い装束に金髪の女がうんうんと頷いていた。


 俺はとりあえず質問することにした。


「あの……ここはどこなんですか? というかあなたは何者ですか?」


 すると女神様(?)は得意げに答えた。


「ここがどこかって聞かれたら『天国』と答えるべきなんでしょうけど、正確にはちょっと違うのよねぇ。でもこの辺を説明し出すと時間がいくらあっても足りないから、とりあえず天国と思ってもらって問題ないわ」


 人差し指を立てながらドヤ顔で教えてくれる女神様。さっきからなんでそんなに得意げなんだ。


「二つ目の質問に答えるわ。私は女神アリア。訳あってあなたのような死者と異世界を繋ぐ…仲介人のような事をしているの」



 …………。


 あぁやっぱり死んだのか俺。


 まぁトラックに轢かれて死ぬとかそういうベタな展開だったんだろうなぁとは思っていたけれど。


 それにしても転生だの異界だの仲介人だの意味不明すぎて全く理解できない。一体何を言っているんだろうか。


 思わず天を仰ぐ俺を見てアリアと名乗った女神はクスクスと笑う。


「フフッ、大分参ってるようね。でもあなたは何も心配しなくていいわ。全て私に任せて身をゆだねてくれればいいの」


 声が近くなったような気がして前を見ると、アリアが手を伸ばせば届く距離まで近づいていた。


 異常なまでに整った顔立ちと髪と同色の瞳に、さっきまでとは違う慈悲のような感情が込められている気がした。


「じゃあ早速だけど本題に入るわね。実は異世界でははある問題が起こっているの。それはもう何年も前から続いているんだけど、一向に解決の兆しが見えずにいるのよ。そこで私たちは異世界に救いの手を差し伸べることにしたわけ」


 ……話が壮大過ぎてついていけない。


「そして今回、あなたはその異世界への救世主として選ばれたのよ!」


 えっへん!と胸を張る自称女神様。どうしよう。こんなアホっぽい人が女神なんて信じられないし信じたくない。


「ごめんなさい。今の話についていけていないんですけど……」


 素直に伝えると、アリアは呆れたようにため息をつく。


「仕方ないわね……。一つずつ説明するわ。まず異世界の問題というのは、いわゆるモンスターと呼ばれる存在のことなの。彼らは人の生活圏を脅かす害獣のようなもので、本来なら放っておけば良いものなのだけれど、その数があまりにも多すぎるせいで被害が拡大の一途を辿っているのよ」


 モンスターよる被害、か。まずモンスターがどういう存在なのかが分からないからいまいちピンと来ない。RPGとかに出てくるスライムやゴブリンのような認識で合っているのだろうか。


 その疑問をぶつける間も無く、アリアはさらに説明を続けた。


「それだけじゃない。数年前、『魔王』と呼ばれる存在が突如として世界に出現したの。ヤツは魔王軍を組織してモンスター達を統率し、計画的かつ効率的にモンスターに人を襲わせるようにまでなった」


 モンスターときて次は魔王ときたか。こりゃ完全にありきたr…いや王道なRPGの設定じゃん。そう考えると、少しイメージしやすくなった。


「……つまり、生き返らせてもらう代わりにその世界に転生して、モンスターとか魔王をやっつければいいってことですか?」


「ま、まぁそういうことなんだけど……。とりあえず理解してくれたみたいね。それじゃ、仲介人としての義務があるから、改めて勅命するわね」


 アリアは少し間を置くと、真剣な眼差しで俺を見つめてきた。


「今回のミッションは、世界に蔓延る悪しきモンスター達とそれを統べる魔王を殲滅すること。つまり勇者となってその世界を―――」



 その瞬間、アリアの胸から何か棒状の物が飛び出した。


 それは西洋風の直剣の刀身だった。


 それが彼女の体を後ろから貫いたのだ。



 ………は?


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