元天才高校球児は金属バットを持って異世界に転生し無双します!!〜異世界最強のスラッガーに俺はなる!!〜

多上大輝

第1話 甲子園、決勝

夏の甲子園、決勝。


 灼熱の外気と観客の異様な熱気に包まれた阪神甲子園球場には、大勢の高校野球ファンが押し寄せていた。グラウンドからは選手の体力を奪う悪魔のような陽炎が、顎先から滴り落ちる汗を加速させる。


 両高校のアルプススタンドには自チームの勝利を願い、惜しくもベンチに入れなかった選手達、暑さに負けず体を動かすチアリーディングの女の子、タオルを頭に掛け太陽の陽ざしから身を守り音色を奏でるブランバンドの生徒。


 その他にも高校の卒業生や、自称野球評論家のジジ――お爺さんなども、グラウンドという箱庭で繰り広げられる熱戦に注目している。


 各高校のチームカラーに染まったアルプススタンドを見る。これだけの人が俺達を応援してくれていると思うと、少し感慨深いものがある。


『――四番、サード、柳生やぎゅう君』


 アルプススタンドの様子を伺っていたら、いつの間にか前のバッターがアウトになったみたいだ。


 自分の名前がコールされ広い球場内に堂々と響き渡る。すると自軍のアルプススタンドからは勿論、外野席にいる純粋な高校野球ファンからも怒号のような歓声が上がる。


「頼むぞ柳生―ッ! ここ一発打ってくれーッ!」


 ネクストバッターズサークルから打席へ向かう途中、中年男性からそのような野太い声が聞こえてくる。多分、うちの高校の応援ではなく単純にホームランが見たいだけなんだろうな。


(点差は……四点か。もう一押しだな)


 現在、八回表のツーアウトランナー二、三塁。正直敬遠される可能性の方が高い。


 俺は打席に立ちいつものルーティーン。――バットの先で軽くホームベースを数回叩いてから、バックスクリーンにある電光掲示板へとバットの先を向ける。


 審判の「プレイッ」というコールの後、相手ピッチャーが投げた球がそのままホームベース上を通過し、乾いた音と共にキャッチャーミットに収まる。


「スットライィィィィィクッ!」


(うおっ……勝負するのかよ……)


 後ろからクセの強い審判のコールが聞こえる。


 俺と勝負するより後ろのバッターと勝負した方が、この回をゼロ点で抑えられる確率が高いというのに。


 ――いや、もう八回だ。相手ピッチャーも逃げずに俺と戦いたかったのだろう。ならばその勝負、受けて立とうではないか。


 俺は再度同じルーティーンを繰り返し、構える。


 地面から立ち上る陽炎を挟み火花を散らす今回の相手投手。決勝に上がってくるチームの投手なだけあって、今まで対戦してきた投手とはレベルが違う。


 伸びのあるストレート、そしてストレートとほぼ同じ軌道を通り打者の手元で鋭く曲がるスライダー。並大抵の打者ならこの二つの球種だけで充分抑えられるだろう。


(……だけど、すまんな)


 俺はゆっくりと息を吐く。


 今日の最高気温は三十八度だったか。ならばグラウンドで動いている選手達の体感気温は軽く四十度を超えてくるだろう。


 ――だが、俺は暑さをいい意味で感じなくなっていた。


 感じるのは体中の細胞が疼いているような緊張感。自身の呼吸。相手投手の殺気。


 ……いい感じだ。集中出来ている。


 相手投手は俺を抑える事に集中したのか、ランナーが塁上にいるのも関わらずワインドアップで投球動作を開始し――第二球を放る。


 相手投手の指先から放たれた硬球が唸りを上げてこちらに向かって来る。大気を斬り裂くような綺麗で凶暴な縦回転。ストレートだ。


(――次に会うのは……プロの世界だな)


 双眼で捉えた硬球。決して力まず落ち着いて打撃動作を開始。そしてバットの芯で硬球を迎え入れるように合わせ……、



「――ッラ!」



 手に伝わる重い感触に負けぬよう、思いきり振り切った後に聞こえてきたのはこれまで何度も聞いてきた甲高い金属音。



 ――そして、阪神甲子園球場が崩れるかのような爆音の歓声だった。



 観客の拍手、自軍のアルプススタンドから聞こえる男達の咆哮と興奮気味でピッチの上がったブラスバンドの音色を背に受けながら、俺は自身の打球が突き刺さったバックスクリーンを見据え、ダイヤモンドを回る。


(プロの世界は……どんな光景なんだろうな)


 まだ試合中にも関わらず、先のステージを考えてしまい思わず口角が上がる。今俺にカメラが向けられていたなら、気持ち悪い顔をしてるんだろうな。


 ヘルメットのつばで顔を隠しながら、戦場から凱旋した戦士のように俺はホームベースを堂々と踏んだ。


 ――この時はまだ知らなかった。先に広がる未来が、自分が小さな頃からの夢だったプロ野球選手ではなく、この世界に住む人間では予想出来ない未来が待ち受けている事に。

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