第31話 ヤニクラ


 闇医者ヤニクラは、白衣を着ていて尻からはしっぽがもふもふとはみ出ている。口に葉巻を五つほど咥え、煙を吹かしていた。


「ちなみにヤニクラという名前は私の存在そのものがヘビースモーカーだからね。妊婦だろうが重病者だろうがヤニは吸わなきゃやってられない」


 ラビはとんでもない人を連れてきたようだ。「レーゼさんに紹介して貰ったの。信用できる人だよ!」


「葉巻分くらいは働いてあげるよ」


 俺は不安を通り越してこれから死ぬんじゃ無いかとさえ思う。


「それ命が軽い奴じゃないっすかね?」


「何を言っている。命は軽いものだろ?」


 ヤニクラさんが俺の身体に触れる。


 背中、腿、ふくらはぎと全身をもみほぐしていく。


「こ、これは……?!」


 ヤニクラの眼がぴかりと光った。


 ラビとタキナが不安そうに俺をみやる。


「お兄ちゃんは……」「アルトは……」


「「どうなんですか?」」


「何も問題がない!」


 ヤニクラは断言した。


 そんなはずはないだろう。


 だって全身痛いんだよ?


「強いて言うならば〈成長痛〉だ」


「あたしの見立てと同じだ」


 タキナの見立てが当たったが、本題はここからだった。


 タキナはヤニクラに『成長痛で骨がおかしくなっているのでは?』と伝える。


「私は筋肉にさわると戦闘経験がわかるという気持ち悪い能力を持っているのだが

ね。この少年の戦闘もまた私以上に気持ち悪いものだったね」


 ヤニクラは俺の戦闘経験を言い当てていく。


「ってかなんだい? 一日で50ものレベルアップをこなし毒沼竜を撃破。後日、多対一での戦闘の後、奈落竜を撃破。〈アンノウン〉ランクを連続撃破って、英雄そのものじゃないか」


 ヤニクラの闇医者の力は本物のようだった。 闇医者だけあるぜ。


「アンノウンランクってのは?」


「ダンジョンボスには討伐ランクがある。EランクからSSSランクまであるが……。アンノウンは不明とされている。だが不明っていうのは『生きて帰ったものがいない』ということだ」


「ヤベー奴だね」


「ヤベー奴は君だがね」


「俺はヤバくないっすよ」


「とにかく。今回の痛みは成長痛の強力版。超成長痛だから。マッサージだけして気にはしないことだね」


「俺は始めからわかってましたよ」


 見立てが当たっていたので俺もドヤ顔になる。


 タキナがジト眼になるが、お互い様だ。


「不安要素はなし。痛み止めのハーブとマッサージ両方だけラビちゃんに教えてあげるよ」


 ヤニクラはラビを指名した。


「私、ですか?」


「君くらいだとちょうどいい。痛みが出たらマッサージするように」


 俺はラビにマッサージされてしまうようだ。


 こんなに嬉しいことはない。


「では何かあったらまたね。お代はレーゼに付けとくよ」


 ヤニクラが去り、俺はもじもじする。


(ラビがマッサージをしてくれる?)


 いけない気持ちになってくる。


(駄目だろ。ラビは妹だ。それに俺はイバラを取り戻さないと……)


「じゃあ、お兄ちゃん。するね」


「お、おう」


 タキナが見ている前でラビがマッサージのマニュアルをみる。


 やがてうつ伏せに眠る俺の背中に、足を乗せた。


「よいしょ」


「おふ!」


 ラビは小さな足を俺に乗せ、俺の背中に立ちゴリゴリしていたのだ。


「背中ゴリゴリだけど。痛くない?」


「絵面が凄いことになってんなぁ?!」


「でも……。ヤニクラさんがこうやれって」


 ラビは申し訳なさそうだが、俺にとってはご褒美だ。


 変な意味じゃ無いよ?


 身体の回復が最優先だからな。


 タキナがあきれ顔で俺を見ていた。


「あんた、踏まれて嬉しそうだね」


「誰にもでもってわけじゃないぞ?」


「お似合いだってのに。なんで気づかないのかね」


「お似合いって踏まれるのが? ひどいなあ」


「ったく。まだまだ子供だね。まずくなった私が介入するからね」


「タキナも俺を踏むのか?」


「ちげーよ!」


 ラビにマッサージで踏まれたことで俺の超成長痛は回復した。


「うーし全快!」 


「心配ごとが去ったから、私は街に剣を売りに行くよ。鳩の偽造バッジを貰ったし。

レーゼさんとやらにも挨拶に行きたいからね」


 タキナが鳩のバッジを見せる。


 偽造バッジを手に入れたことで俺達はやっと街に入る権利を得たのだが……。


「剣を売りに行くってまさか……!」


「そのまさかだ。あたしもあんたもラビに食べさせて貰っているスペシャルニートだったが……」


 タキナが大きな胸をどんと叩く。


「スペシャルニートも今日で終わり。あたしは鍛冶屋の第一歩として、造った武器を売りに行く」


 タキナは棺桶型の木箱に、武器をじゃらりと収納していた。


 棺桶の中は、剣や槍がぐらつかないように留め具もしつらえてあって、丁寧な仕事が窺える。


「悪いねえ。アルト」


「ぐぬぬ! いつの間に!」


 俺は疑問に思う。


「待てよ。武器があるなら、俺の武器を造ってくれてもいいんじゃないの?」


「ただの武器があんたに収まるわけないだろ。街に行くのは〈こいつ〉の最後のパーツを仕入れるためでもあるのさ」


 タキナは奥の部屋に案内する。


 そこには竜の骨をベースにした〈むき出しの刃〉があった。


「これは?!」


「あんたが毎日ラビをストーカーしている間に、洞窟に行ってすこーしずつ奈落竜の骨を拝借していた、進入禁止になっていたからちょうど良かったよ」


「〈竜の肺〉を取っていたのは知っていたが……」


「あんたの【専用武器】は二つある。楽しみにしているんだな」


 タキナとは毒を吐き合う中だが、互いに信頼がある。


「楽しみにしているぜ」


 タキナは出かける間際、ラビに目配せする。「あたしは取りやしないよ。ふたりきりのチャンスを生かすんだね。がんばりな」


「お姉ちゃん……。姉御!」


 ラビも俺と同じ反応をしていた。


 ラビも何かに悩んでいて、タキナに相談していたのだろう。


 俺とラビはふたりきりで残される。



〈気になる樹の家〉をでて、ヤニクラはため息をつく。


「超成長痛の他にもう一つ。なんらかの精神系攻撃の痕跡があった」


 ケモミミの意思は空を仰ぎ、煙草をふかす。


「あたしはメンタルは専門外だから、言えなかった。下手に動かしても、心を壊してしまう恐れがある」


 身体を治せる闇医者だとしても、脳を治すことは至難の技だ。


「ソウルワールドには今のところ〈精神回復の医者〉なんかいやしない。解除の鍵があるとすれば〈仲間〉だけだ」


 特にあの妹が鍵になりそうだ。


「ふ。私にできることは、背中を押すだけなんてね」


 あの兄妹はしばらく見守ることにしよう。


「〈精神攻撃の痕跡〉がなんなのか。レーゼに話してみるか」


 アルトにかけられた精神攻撃の痕跡が、ソウルワールドで起きている動乱を読み解くヒントになるかもしれない。


 ヤニクラもまたレーゼと同様、ソウルワールドの有り様を案じていた。



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そんなことより専用武器だ

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