第15話 魔山紫苑との接触


「お久しぶりですね。姫宮イバラさん。〈始まりの丘〉以来ですね」


「ちょっと! まだ服着てないのよ!」


 毒島の上司である魔山紫苑まやましおんがぬらりと部屋にあがってくる。


 イバラはシーツを取り裸を隠した。


 だが魔山が制止すると、イバラは手を止めた。


 シーツが落ち豊かな乳房が露わになる。


「どうして……?」


「ふむ。あなたは理性が残っているようですね。私の『信頼』の能力は【孫】になると効果が薄い、か」


「裸を隠したいのに、あなたに裸を見せたいとも思っている。何かの能力なの?」


「ええ。私の能力は『信頼』です」


「信頼? そんな能力が一体なんだっていうの」


 イバラは全裸のまま睨み付けた。


 銀髪の糸目の男、魔山は興味深そうにイバラをみやる。


「大したものではありませんよ。ですがあなたは私を『信頼』している。毒島さんの上司であり、あなた方が裕福になるお手伝いをしたのですから、当然といえるでしょう」


「そう、だわね。私はあんたを信頼している。あんたに裸を見せてもいいと思う。ああ、でもどうしてだろう? 裸を見せるのは毒島さんだけだったのに……」


「ふむ。完全に効いていないわけではないようですね。ならば身体に教えてあげましょう」


 魔山はイバラの頬に手を添える。

 イバラは声をあげた。


「いいの? 毒島さんが黙っちゃいないわよ」


 魔山は余裕げに息を吐く。


「毒島さんはすでに私を『信頼』仕切っています。あなたをこうして抱いたとしても『信頼』しているので問題ありません。例え今目の前にいたとしてもね」


「まさか、この手相の☆もあんたの力?」


 イバラは手相を見せた。手相が変化し☆のマークになっている。イバラだけでなく毒島にも刻印されているものだった。


「よく、気づきましたねえ。『信頼の刻印』ですよ」


「最っ低の能力ね」


「毒島さんは『子』です。毒島さんを通じてあなたには『孫』の信頼を与えたはずで

すが……。こうして接触しても効き目が無い。あなたも何か能力があるのでしょう?」


 イバラはにっこり微笑む。


「教えなあい♡」


 そして両腕を開き、魔山を受け入れる。

 二つの身体が重なった。

 ベッドが軋みを立て、シーツが皺で乱れていく。


「毒沼竜の洞窟もぉ♡ あんたの差し金だったってわけぇ?」


 やがて息も絶え絶えになりながらイバラは、魔山紫苑に探りを入れた。


「ええ。毒沼竜の洞窟を開通させれば鉱山のに流出する毒が消えますからね」


「私たち新規を利用したっての?」


「鋭いですね。私は201期のプレイヤーですが、早期参入者は新規参入を利用する権利がある」


「【食い物にした】の、間違いでしょ?」


「現にあなたは食われていますがね」


「違うわ。食べてるのは、あたし♡」


 魔山紫苑は、姫宮イバラをみて興味をそそられた。


「私の『信頼』に屈しないか。おもしろい」


「いっとくけど。あんたのそれ。ほぼ支配と同義だから」


「ええ。毒島は完全に私の支配下ですが。毒島の女であるあなたが私の『信頼』をはね除けるとはね。いずれあなたも『信頼』漬けにしてあげますよ」


「やれるもんなら、やってみなさい」


 イバラは悪い笑みを浮かべて、魔山紫苑を受け入れ続ける。

 アルトのことはもう記憶の隅に追いやられる。


(優しいだけの男なんて大っ嫌い。男はこうでなきゃ。毒島に魔山に……。悪い男がいっぱいいる。悪くて強い男がいっぱいいる)


 姫宮イバラは、やっと〈外の世界〉にでられた気がした。


 これが冒険だ。


 いろんな人に認めて貰って。


 いろんな人に私を刻む。


 そして【獲得】するんだ。


 地位、名声、権力、色欲。


 だって欲があるから、叶えるって言葉があるんでしょう?


(豪邸だけじゃない。どこまでも出世してやるんだ)


 抱かれながらイバラは病院での日々も思い出す。

 ああ、でも。幼い日々は確かに……。


(始まりはあの病院の中、だったんだよね)


 今はもう関係ない。


 ここはソウルワールドだ。


(忌まわしい自由のない病院。雑魚と同列に扱われる箱庭……)


 病院で閉ざされていたときの記憶は、イバラにとって嫌なものだった。

 動かない身体。内臓の痛み。自由のない生活。


(アルトはいま……)


 アルトとは励まし合って生きていた。


 だからイバラの中には、まだ彼の記憶我残っている。


 病院の中の記憶がフラッシュバックする。


 パジャマ姿で、点滴のラックを下げながら。


 アルトと一緒に病院の庭を歩いていた。


(緑がどうとか。虫がどうとか言ってたっけな。でもソウルワールドに来たらヘタレだった)


 どうして彼が気になるんだろう。


 彼は毒島によって追放された弱男なのに。


(でも私は知ってる。毒沼竜を倒したのはアルトだ。がんばっちゃって馬鹿みたい)


 確かに強くなっちゃってたけどさ。


 人を守るとか人に仕えるとかの思考は、召使いの発想だ。


 真の強者は人を使う。


(だから私は、人を使う毒島さんについていった)


 それだけだ。


 イバラは上にのしかかる魔山をみつめる。


「どうか、しました、か?」


 冷酷そうな男が抱いてくれている。


 毒島のさら上に立ち鉱山利権を得た〈上の支配者〉だ。


「ううん。なんでも」


 なのにイバラの与える快楽に負けている。


(ちょろい男。私はあがれる。アルトとは違う。私はソウルワールドで強者側に回れるんだ)


 胸の中に一滴分の想いがある。 


(なのに。アルトに会いたいなんて……。これはどういうこと?)


 魔山に押しつぶされながら、イバラは遠くの窓の外をみている。

 やがてイバラは気づいた。


(そっかぁ。私アルトに、自慢したいんだぁ)


 自分の中の邪な想いに気づいた。

 すべての行為を終えてから、イバラは魔山に提案する。


「私ぃ、そろそろ下々の世界を見て回りたいんですよ。毒島さん、外に出してくれなくって」


 魔山は興味深そうに微笑んだ。


「私の『信頼』を『支配』と言ってのけましたね。貴方はおもしろい人だ」


 糸目の男は悪魔の笑みを浮かべる。


「じゃあ決定~。外の世界にでて無双をしましょ!」


 イバラは天使のような微笑みを浮かべ、握手をした。



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悪の華!

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