第22話 オシミアの血(続:キリーとアイリス)

 14歳のエリスは、キリーとアイリスの会話を冷静に聞いていた。この3人は各々遺伝子構造が異なる別の種である。未来の主役であるf1という種のエリスは、この時代では歴史の目撃者として存在する。わずか14歳ながらキリーの話を正確に理解している。


「しかも、ベータの人口は指数関数的に増え続けている。100年以内に、いや50年以内かもしれないがベータが多数人種に成り代わり、アルファは少数人種に落ちぶれるだろう。ベータが最初では無い。人類は昔から常に合法、非合法問わず他人の所有権を奪いながら自分の既得権を離すまいと要らぬ戦いを行ってきた。そうした種が生き残る生き物なんだ。食物連鎖の頂点は常に他の種にとってのモンスターと言えるが、人間は最悪だ」


「私達ベータが他人の所有権を奪おうとするモンスターだって言うの?」

「ああそうだ。このケースは非合法では無いがな。自然の摂理だ」

「私達は何も、どこも奪おうとはしていない。ただ生き延びたいだけ」


 アイリスはそうベータの立場を主張するが、キリーはそれを理解する気が無い連中の考え方も把握している。 


「X国の政治家もそうだが、みんなベータの行動原理が正当なものであること自体は頭では分かっている。しかし同時に感情的になぜか、このままだとベータに自分達の既得権益が侵されると盲目的に恐れているんだ。単純に言えば生存競争に負けたくないという本能からくる嫉妬だ。バカげた野生の本能さ」


「愚かだわ」

「ああ、その通り人間は愚かだ。何千年も前から同じような愚かな考えのまま動く指導者が多い」

「あなたはそれをわかっていて、何も働きかけないの?」

「俺が? おまえバカか。X国を理解しているか? そんな動きを取ったら暗殺されるに決まっているだろう。それが俺の祖国だ」

「……」


 キリーは話を変えた。


「お前の顔を見て感じたんだが、オシミアの血が入っていないか?」


「……祖母」


 アイリスがポツリと言った。彼女の祖母はオシミア出身だった。


「やはりな。俺は実は生粋のオシミア人だ。これはトップシークレットだ。誰にも言うなよ」

「オシミアはX国に占領されたのでは?」

「その通り、もっと言うと、俺の家族はX国の攻撃で全員死んだ」


 アイリスは思わず両手で口を抑えた。

 そのアイリスに近づきキリーは耳元で小声でささやいた。


「俺は家族を殺したやつらを絶対に許さない。それから理由もなく他の人種を傷つけようとするやつらもだ…… 覚えておけ、俺の名前はキリーだ」


 アイリスはキリーに誤解と偏見を持っていたことを悟った。そして自らの名を告げて謝った。


「私はアイリス、特別なベータ。ごめんなさい、キリー」


 キリーはポケットに手を入れてすたすたと歩いて行った。


 二つのオシミアの血はここで初めて出会い、いつかまた戦場で惹かれ合うように交差することになる。


 それは―― 


 二人の運命だった。


 そしてそれは――


 アルファの最期につながってしまう悲しい運命でもあった。

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