第22話

「ひ、人の家に勝手に入って何してるのよ!」


雅がワインを楽しんでいるメイベルに対して怒鳴り声を上げる。しかし、


「ふふ、私たちの家に勝手に入ってきた人が何をおっしゃっているのですか?」


「だからって高級ワインを飲むのは違うだろ!泥棒だぞ!」


「知りませんよ。あなた方も私の家で勝手にお茶を楽しんでいたじゃないですか。あなた方の価値観だと人の家に入って勝手にものを物色することは何も問題がないことらしいので、お返しさせていただきました」


「ぐっ」


メイベルは尽く勉と雅の言葉を論破する。その間、ファティとマームはワインのコルクをかみ砕いては無造作に口にいれていた。相当ワインが気に入ったらしい。


勉と雅は身体が大きすぎるファティとマームを見て、抵抗する気が起きなかった。特に勉はファティに腕を喰われているので、トラウマが蘇っていた。


「ふぅ。ご馳走様でした。中々の味でしたよ」


口元をハンカチで拭く。その仕草だけ見れば上品だが、さっきまでワインをラッパ飲みしていた女だと思うと、見惚れてしまったことが悔しくなる。すると、


「…それが最後の晩餐でいいかしら?」


「はい?」


「私たちの家に勝手に押し入り、強大な猛獣を部屋に連れ込んだり、ワインを盗んだり…!こんな狼藉を働いたんだから、あんたには牢屋に入ってもらうわ!」


「そ、そうだな!逃れようがないぞ!」


雅と勉は互いにスマホを用意し、110番を打って、通話を始めればいつでも警察が来るように準備をした。それが完了すると、優勢を意識した。


「もし、あんたが土下座をして許しを乞うなら通報はやめてあげてもいいわよ?」


「後は口止め料として、もっと金を請求するけどな。俺の秘蔵のワインをすべて台無しにしたんだから当たり前だよな?」


「そうね。まぁもし、隆司に知られたくないなら、あんたが直接払ってくれてもいいわよ?」


逮捕されたくなかったら金を寄越せと言う二人の顔はまさに泥棒そのものだった。すると、


「ふふ、ふふふふ」


メイベルが肩を震わせて笑い始めた。いきなりの奇行に勉も雅も頭が狂ったのかと思った。


「本当にあなた方は愉快な夫婦ですねぇ。こんなに愚かな人間に出会ったのは久しぶりですよ」


「ふ~ん、強がっているところ悪いけど、あんたには言い逃れできる術はないわよ?」


メイベルの姿がカメラで撮られる。これを提出されたら動かぬ証拠として、メイベルが逃れる術はないだろう。だが、


「逃げる?逃げられないのはあなた方の方ですよ?」


「は?どういう意味だ?」


「言葉通りの意味です。あなた方を私のダンジョンに招待いたします。ファティ」


「ワン!」


ファティが吠えると、勉と雅、そして、ファティとマーム、そして、メイベルが光に包まれた。


━━━


━━



「ここは…?」


雅が顔を上げると、そこは洞窟の中だった。青紫の水晶が照らしてくれているおかげで、洞窟内部の様子は分かった。


学校の校庭くらいの広さの床と高さは五階建てのマンションくらいはありそうだ。


勉と雅がいる場所を中心に大きなクレーターが出来上がっていて、何か大きな爆発があったことがうかがえる。


元リザードマンの巣だ。


「さっきまで家にいたのにどうして…!?」


勉が声を上げて周囲を確認する。すると、雅が難しそうな表情で勉を見た。


「ここって『不死王ダンジョン』の中に似てない…?」


「そ、そういえば…確かに見覚えのある壁だ」


「正解です。ようこそ我が『不死王ダンジョン』へ」


勉と雅が振り返ると、そこにはファティとマームを控えさせているメイベルがいた。


「あなた方はファティのスキル『転移移動』を使ってここまで連れてこさせてもらいました」


「ワン!」


ファティのスキル『転移移動』は任意の場所に一瞬で移動できるというものだ。『転移石』とは違って、ファティの場合はダンジョン内という制限がない。地上のいたるところに移動ができる。もっとも、本格的に使えるようになるのは隆司が『不死王ダンジョン』を攻略した後にだが。


しかし、雅は不敵に笑う。


「ふっふふ、『転移移動』なんて伝説的なスキルがあるわけないじゃない!どうせ『幻術』系のスキルで私たちを惑わしているだけでしょ?」


メイベルだけではない。ファティもマームもポカーンとしてしまう。すると、それを図星だと思った雅が邪悪な笑みを浮かべる。


「ふん!図星だったようね!」


「はぁ、もういいです。あなた方を相手にするのは疲れました。ファティ、やっちゃってください」


「ワン」


「「え?」」


ファティが吠えると、メイベルの傍から消える。すると、後ろから大きなプレッシャーを感じた。二人が振り返ると、


「ワン」


「雅!」


「え?」


ファティは尻尾を軽く振ると、雅と勉は吹き飛んで壁にぶつかった。


「いってぇ…」


「勉!大丈夫!?」


勉の左腕が変な方向に曲がっていた。雅は『回復』を使って、骨折を直し、ファティの尻尾攻撃の余波で受けた傷を回復した。そして、『回復』を終えた雅はメイベルを睨んだ。


「ふふ、弱すぎですね。これじゃあ私の出番がないじゃないですか」


「っ!卑怯者!自分が戦えないからって、フェンリルを戦わせるなんて!後、片腕がない人間に攻撃とか頭がおかしいんじゃないの!?」


「そ、そうだ!そこのフェンリルに不意打ちで腕を奪われなければ、今頃お前らを倒せているんだよ!」


「本当に、ああ言えばこういう人間ですねぇ…」


メイベルは疲れたような顔をした後、勉に向けて手をかざす。


「『巻き戻し』」


「え…う、腕が!?」


「嘘でしょ…」


喰われた腕が元に戻ってくるのを見て、勉と雅は驚いてた。


スキル『巻き戻し』。再生はなくなった部分を元に戻す『回復』の上位互換だが、『巻き戻し』は時間を戻すというものだ。この場合は勉の腕が生えていた時間まで時計の針を戻しただけだ。


勉はグーパーと動かし、腕の調子を確認する。すると、優勢を意識したのか、ニヤリと笑った。


「馬鹿だな!俺に腕が戻ったら、お前に勝ち目はないんだよ!」


勉はメイベルに向かって歩き出す。勉は認めないだろうが、フェンリルには勝ち目がないと身体が認めてしまっている。ただ、メイベルが使ったスキルは『巻き戻し』。通常、人間は一人一つのスキルしか持てない。メイベルには『巻き戻し』という非戦闘能力しかないと分かったので、倒しにいった。


「逃がさないわよ!」


「あら」


雅はいつの間に、メイベルの背後に回って拘束した。雅はスキル『回復』を使って、何度も超回復を行うことによって、通常の人間の三倍ほどの力を得た。隆司が『不老不死』で鍛えたのと同じことである。


「ふん!動いたらあんたのご主人を殺すわよ?」


「ウォン」


マームは興味がないのか伏せをして、眼を瞑っていた。マームは『お好きにどうぞ』と言っていたのだが、それが主人に興味のない犬の姿に見えたので、雅はメイベルを見下す。


「飼い犬に見捨てられるなんてかわいそうな女ね」


「おう!俺も散々やられたから一発くらいは殴らせてもらうぜ?」


勉がメイベルの前に立つと、ゴキゴキと腕を鳴らして、メイベルの前に立つ。が、


「よいしょっと」


「え?」


バキッ、グシャっと鳴ってはいけない音が鳴る。よく見ると、メイベルを拘束していた雅の腕が両方とも根元から消えていた。


「後、気色悪いので近づかないでください」


「グボッ!?」


油断しきった勉の股間にメイベルの足が突き刺さる。二人とも一瞬で気絶して、大量出血をしてしまった。このままだとすぐに死んでしまう。


「『巻き戻し』」


「「はっ!?」」


メイベルの『巻き戻し』が発動されると、勉と雅は何事もなかったかのように起き上がろうとする。しかし、


「ウォン」「ワン!」


二人はそれぞれマームとファティに抑え込まれてしまって、全く身動きが取れない。


「ふふ、口ほどにもないですねぇ」


「ひ、卑怯者!正々堂々と戦え!」


「ですから、正々堂々と戦ってあなた方は負けたじゃないですか。もう一度、股間を潰した方がいいですか?」


「くっ!」


勉はメイベルの言葉に逆らう気力を失った。しかし、


「あんた!ここから出たら覚悟しておきなさいよ!警察に言って、あんたの悪事は全部バラさせてもらうわ!」


「ふふ、そうですか」


「あんたの人生を無茶苦茶にしてやる!ついでに隆司だって!」


「…は?」


今まで大人の余裕で躱し続けていたメイベルが初めてまともに反応した。そのおかげでメイベルの弱点が隆司だと分かり、そこを執拗に攻め続けることにした。


「ふん!あんたが犯罪を犯したなんて世間で知られたら、隆司はどんな顔をするのかしらねぇ~。勉の腕を切り落とした前科もあるし、私たちの家庭をぐちゃぐちゃにしたし、隆司のこれからの人生相当大変になるでしょうね!それが嫌なら「分かりました!」」


メイベルが手を叩いて笑顔になる。マームとファティは二人の拘束を外して、メイベルの後ろに控えた。


「今からあなた方には地獄を見せます。泣いて謝っても許しませんから…」


最後の声が地獄に響くような声だった。


「スキル『箱』発動。聖遺物コード001抽出」


「二つのスキルだと!?」


勉が驚愕するが、メイベルは無視する。黒い穴が現れ、メイベルは手を上にかざした。


「『結界』及び『封印』解除…『終末の槍:グングニル』抜槍」


黒い穴から赤黒い稲妻が起こると、一本の禍々しく、神々しい槍がメイベルの手に握られた。


「『封印』、『結界』…?『箱』、『巻き戻し』ときて四つ目のスキル…?」


勉の声が徐々に震えていく。すると、隣の雅が勉の袖を引っ張る。


「ね、ねぇ。あの槍はなんなの!?」


「わかんねぇよ!」


勉と雅が徐々に顔色を変えていく。通常、一人一つのスキルというのが原則だ。それを無視して、四つもスキルを使っていたメイベルにだんだん恐怖を覚えてきた。しかし、それで終わりではない。


「『武芸』及び『身体強化』及び『槍術』発動」


5つ、6つ、7つと来ると勉も雅も声が出なくなっていた。


メイベルはスキルを言い終わると達人の槍捌きを見せる。槍をくるくると回すことによってグングニルの調子を見ていた。


すると、メイベルが振った方向のダンジョンの壁が空間ごとえぐり取られていた。それを確認すると、


「お待たせ「先手必勝!」」


メイベルが勉たちの方に振り向こうとすると、勉が『身体強化』Maxでメイベルの首を吹き飛ばした。地面にごとんとメイベルの首が落ちた。


「はぁはぁ…やったぞ!」


「ナイスよ勉!」


ヤバそうな槍だったけど、使い手を殺してしまえば問題ない。殺人罪だが、ダンジョン内で見ている人間は一人もいないので、黙っていれば何も問題ない。



普通なら。



「ふふ、残念でしたね」


「「え?」」


泣いて喜ぶ二人の前に何もなかったかのように立つメイベルがいた。


「ふふ、私には『不老不死』があるんですよ。なので、死ねな「死ね!」」


今度はメイベルの心臓に勉の手とうが突き刺さる。血が噴き出し、致命傷を負っていたメイベルは今度こそ死んだ…はずだった。


「人の話は最後まで聞きましょう。私は『不老不死』です。どんな攻撃も意味がありませんよ?」


「ヒ、ヒイ!化け物!、なんでスキルをそんなに複数持っているんだよ!」


「そ、そうよ!人間は一人一つしかスキルを持てないはずでしょ!?」


腰を落とし、ガクガクと震えている雅と勉の股間は濡れていた。その姿を見たメイベルは一度頷いた。そして、


「ふふ、冥途の土産には丁度良いかもしれませんね。でしたら、少しだけ昔話をしてあげましょう」


メイベルは伏せているマームのお腹に座る。


「遥か太古の昔。北欧では人類と巨人、そして、怪物たちが支配者を巡って日夜争っていました。


しかし、巨人や怪物たちの攻勢は凄まじく、人類は北欧の中でも徐々に徐々に立場を悪くしていきました。


そんな中、『不老不死』のスキルを持った少女が生まれました。彼女は死ぬこともなければ、ある年を超えると一生老いることがありません。


それを知った人間の首領たちは彼女を利用しようと考えました。具体的に言うと、『黄金の林檎』がなる木の管理です。


『黄金の林檎』には、食べれば一定時間不老不死になる効果がありました。しかし、『黄金の林檎』の木には人間どころか、怪物、巨人も触れようとは思いませんでした。


なぜなら、その木に触れると死んでしまうからです。そこで死ぬことのない『不老不死』の少女に『黄金の林檎』を取らせることにしました。


結果は大成功。『不老不死』の軍団が巨人と怪物の軍団を薙ぎ払いました。


後に彼女は救国の『聖女』と呼ばれ、人間たちにもてはやされました。


しかし、人間たちが徐々に戦線を押し戻していくのを巨人と怪物たちは黙っていませんでした。人間の首領たちが『黄金の林檎』の効果が切れて不老不死でなくなったその時に、巨人たちは一転攻勢を取り、主力だった人間たちは一気に殺されてしまいました。


再び人類に終末が来ると思われたとき、思わぬ副産物が『聖女』に宿りました。


それは『黄金の林檎』を食べた者たちが死んだときに、そのスキルがすべて『聖女』に集まってしまったのです。


そのスキルの数は百を超えました。


『聖女』はその力を使って、巨人や怪物をすべて殺し尽くしたのです。


かくして、人類には平和が訪れましたが、『聖女』を祭り上げ、甘い汁を啜ろうとする人類に嫌気が差して、彼女は東に東に逃げて来たのでした。


めでたし、めでたし」


「「…」」


あまりにも壮大すぎる話で、勉も雅も黙り込んでしまった。しかし、似たような話を聞いたことがある勉と雅にはある神話が思いついていた。


そして、その神話において『黄金の林檎』を管理することができる者というのは…


「スマホでエゴサ?というのをやってみたのですが、北欧での出来事は神話として残っているそうですね。まさか私が『神』として祭られているとは思いもしませんでしたが…」


スマホを見ながら、メイベルは語る。


「私の真名は『イズ―ナ』。かつて、『黄金の林檎』の管理を任された『聖女』です」


勉と雅はメイベルの正体を聞いて、何も話せなくなった。普段なら一蹴したであろう話だが、複数のスキルを使い、死ぬことのない身体を見せられては、否が応でも認めさせられた。


「ふふ、それでは地獄を与えましょうか」


そして、元聖女で元神のメイベルは地獄の底を覗くような表情を浮かべた。

━━━

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