14 従姉、ゾッとする

 うーちゃんは帰ってくるなり、でん! でん! と札束をローテーブルに積んでみせた。


「戦利品はぜんぶ譲ってもらえた。みひろさんは人間が大きい」


「それだけあれば新しい装備品買える?」


「うん。これだけ稼げば第2層で苦戦さね装備品が買えるびょん」


 びょん、というのは秋田の言葉で「だろう」という意味だ。うーちゃんは分かりやすくニコニコしている。

 有識者と配信を観ていた、と言うと、うーちゃんは表情をすこし曇らせた。


「ダンジョン配信観てれば叱られる学校なんでねがった?」


「そりゃ学校で観てればね」


「そっかあー。あしたの日曜日、なにすべかのー。そうだ、みひろさんに教えてもらったひこまろにーさんのアーカイブ観ねもね」


 うーちゃんは身を乗り出してテレビを操作した。テレビでやっている退屈なバラエティ番組なんかより、ひこまろにーのアーカイブはずっと面白かった。

 ダンジョンで手に入るさまざまな食材をおいしく頂いてしまおうという愉快なチャンネルで、なるほどアシッドオクトパスに中るのもわかる食欲であった。

 スライムは核がコリコリするとかアルラウネはお茶にするとおいしいとか言っている。ひこまろにーという人はもともと板前だったらしい。よく切れる「彦谷」という名前入りの包丁を持っていて、それでモンスターや植物を捌いていくのはとても興味深かった。


 うーちゃんはしばらくひこまろにーのアーカイブを観たあと、「あー……夕飯こしぇねもね」と立ちあがろうとしたので、僕が夕飯を用意するよ、と言うと嬉しそうに「やったあ!」と声を上げた。

 えーっと。カニカマサラダと豚肉の炒め物をつくる。テーブルにどんどんと並べると、うーちゃんは嬉しそうに手を合わせていただきますと食べ始めた。


 食事のあと、明日の予定の話をする。うーちゃんはダンジョンの装備品店を物色しに行くらしい。僕は勉強するつもりだと言うとうーちゃんはゾッとした顔をした。


「あーくん、それは勉強のしすぎだぁ」


「……ダンジョン学、やりたいからね」


 うーちゃんは目をぱちぱちさせた。


 僕は、うーちゃんのダンジョン配信を観て、ダンジョン学の道に進みたい、と思った。それが、なんの目標もなく「国を動かしたい」と思っていた僕の気持ちに目標が生まれた瞬間だった。

 ダンジョンでは「理」が違う。つまりこちらの世界にないものがある。治し方の分からない病気が治る薬や、新しい技術につながる発見だってあるかもしれない。

 僕はわりと理系の頭だ。きっとダンジョンに潜らなくても何らかの発見はできるのではないか。

 ダンジョン学を扱っている大学はまだ少ない。もしかしたら梶木さんと同じ大学に……などと考えて、それは無理だな……と結論したのだった。梶木さんとは知性のレベルがぜんぜん違う。


 うーちゃんは疲れたようですぐ寝てしまった。僕もきょうの課題を終わらせてから、「うーちゃんねるを語るスレ」を見てみる。


「いやきょうのみひろコラボ神回でしょ」


「推しが推しの憧れと共闘するとかとてつもない神回にしかならんわ」


「みひろがひこまろにーとカジーの話してたの最高だった」


「じゃあうーちゃんはいま、ひこまろにーのアーカイブを観てる……ってコト!?」


「なんでカジーはアーカイブ消しちゃったのかなあ。すごく面白かったのに」


「あれだけの放送事故で引退だからやむなしなんじゃないのかなあ」


 梶木さんのお父さんは、いったいどんなことになったのだろう……。

 詮索してはいけないし、むしろ知ってはいけないし、以前に梶木さんが「メタルゴーレムにやられて車椅子生活」と言っていたのだからそれで納得しておくことにした。


 さて日曜日だ。うーちゃんはダンジョン入り口の装備品店に向かった。僕は淡々と勉強し、それからちょっと調べてみた。そろそろ進路についても考え始める時期だからだ。

 ダンジョン学は必ずしもダンジョン探索をする必要はないらしい。探索者が運んできたアイテムを解析するなども学問の一部だそうだ。

 それならなんとかなるんじゃないかと思う。

 でも学校に堂々と「ダンジョン学をやりたい」なんて言っていいのだろうか。まぁたゲタ子に詰められるのではないか。


 そんなことをずっとぐーるぐーるぐーるぐーる考えて、夕方になってうーちゃんが帰ってきて、なにやらすごそうなジャケットを見せびらかしてきた。

「いいべ!? 防刃だけでなく耐圧・耐熱だ。刺突や弾丸も防げる。これで第4層まで潜れるらしい」


「……すごいね」


「なした? ずいぶん歯切れが悪いけど」


「いや。学校にダンジョン学を専攻する大学を選びたいって意見を提出しようと思ってるんだけど、先生に詰められないか心配で」


「なして最先端の学問をするのに先生に詰められるんだ?」


「あの学校、ダンジョンとは無縁なところだから……」


「んだか? よし、夕飯にすべし。きょうの大河も楽しみだな」


 うーちゃんは深く聞いてこなかった。夕飯を食べて大河を見て、早めに寝てしまうことにした。きょうは麻婆豆腐天津飯だった。どうすればこういうお店で食べるような食事をぱっと作れるのか……。

 大河ドラマを見て、風呂に入って、それから寝た。明日からまた平日が始まるなあ……。

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