心の付箋紙たち

杉の樹

付箋1:コーヒーの謎(未解決)

 子供の頃、良くコーヒーを作った。

 作ると言ってもお湯を注ぐだけのあれだ。


 母は大のコーヒー好き。

 家にあるのはインスタントコーヒーだったのだが、それを毎日美味しそうに飲んでいた。


 観ていたテレビの影響か、はたまた世話好き友達の影響かは忘れてしまったが、その頃の私はお手伝いしたいブームに突入していたようで、コーヒー作りも任せてもらっていた。というより作れる事が嬉しかった。


 電気ポットのお湯を注ぐとコーヒーが瞬時に香り立つ。それがたまらないと感じる子供とは……自分の事ながらかなり渋い小学生だ。


 たまに母と出かけた際に立ち寄る喫茶店が楽しみだった。扉を開けると香ばしい豆の香り。まだ飲める歳ではないけど、なんだかとても気分が良くなった。


 コーヒーを頼むと運ばれてくる、褐色の艶やかな表面。そこには店の内装が映りこみ、ゆっくりと揺れている。とても綺麗だ。そしてそのコーヒーは家のとは明らかに違うことに気付く。


 (泡がない)


 インスタントコーヒーにお湯を注ぐと泡立つ。喫茶店のコーヒーと家のコーヒーの違いを子供ながらにそこで感じた。


 なんで泡がないのか。

 私は不思議でたまらなかった。



 いつものように

 「コーヒー作るよ!!」

 と言い、湯を注ぐ。


 泡立つ。


 それがどうしても嫌だった。

 喫茶店のコーヒーには泡なんてなかった。

 私はその泡をスプーンでひとつ残らずすくい、母に持っていった。


 「見て~! 喫茶店のみたいでしょ!」


 「本当だね」と言いながら嬉しそうに飲んでいた。

 そこで母に泡の事を話したわけだが、笑いながら流されてしまい、その答えは分からないまま。でも特に気にすること無く時は流れた。



 今私はお客様のためにドリップコーヒーを淹れている。


 注ぐ時にたまたま出来た泡を見て、あの頃の自分を思い出した。


 可笑しくて笑いそうになるけど、それは私にとってかなり解せない泡問題だったのだ。



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