愛されるのは王子と姫

第5話


僕は王子様と付き合うことができた。とても嬉しいことだ。けれど、誰にも言えないようなもどかしさが残る。それでも嬉しいことには変わりないんだけど。




放課後になり、七桜はパックに入ったオレンジジュースをストローで飲みながら歩道を歩く。嫌な考え事をしながらだが、それはそれでいいやと思える。付き合ったという事実は変わらないのだから。

(僕、付き合っちゃったんだ……!恥ずかしいから言えないけど、恋人できたの初めてだし)

七桜は顔を緩めながら、嬉しそうに軽くスキップなんてしたりする。

(でも、付き合って何が変わるんだろ?結局学校は違うし、毎日何かできるわけでもないし……)

深く考えているうちに七桜はまた知らない道へと出てしまっていた。七桜は冷静な判断ができない時、方向感覚がバグることがある。方向音痴に近い感じだ。

(またやってしまった……!澄春くんに連絡したら迎えに来てくれるかな……いやいや!甘えるのはダメ!それに、僕変わりすぎだよ。澄春くんには絶対に落ちないって思ってたのに……今は僕の方が澄春くんのこと好きなんじゃないの)

七桜は自分の愛が強いのではないかと疑い始めた時点で、澄春の気持ちを確かめたくなった。自分の愛が大きくなればなるほど、相手の愛を知りたくなる。自分より愛が大きくありますようにと願いたくなる。自分の愛だけが次第に大きくなっているのではないかと心配になる。

(澄春くんの方が先に僕のことを好きになってくれたけど、いざ両思いになったら心配になるな。ずっと僕のこと好きでいてよね……)

その瞬間、七桜は肩を震わせた。それは心配から来る寒気か、それとも……。

(また視線を感じる……)

それは心配から来る寒気ではなかった。あの日以来の視線だった。ストーカーのような痛々しい視線だった。

(怖い、怖いけど、澄春くんにはもう心配かけたくないよ)

七桜はパックを握りしめながら、早歩きで歩く。それと同時に後ろの方から足音が聞こえてくる。

(やっぱり気の所為とかじゃない……確実に僕に着いてきてるよ……!!)

七桜は足を緩めることなく、早歩きを続ける。しかし、どんどん近づいてくるような気配を感じる。

(なんなの本当に……!めちゃくちゃ着いてくるんですけど……!……もう!!)

七桜はもうどうにでもなれという勢いで後ろを振り返った。電柱の後ろに金髪の女の人が立っているように見える。

(え、女の子……?)

七桜は意外そうな目で女の人を見つめる。彼女も七桜が振り返っていることに気がついたようだ。電柱から少しずつ顔を出す。

「……雫さん?」

電柱から顔を出したのは、掛橋高校のマドンナ的存在である雫だった。予想外の展開に七桜は後退りするが、どこか安心しているところもある。

「良かった、雫さんだったんだ」

「え、怖がらせてた!?まじごめん!!」

「あ、大丈夫大丈夫。むしろ安心したよ。結構前から僕のことつけてたよね?」

「やっぱりバレてた!?恥ずかしっ!」

雫はネイルチップをつけた指で自分の顔を覆い隠す。七桜は安心したように胸を撫で下ろしていた。

「てか、七桜くんに話があるんだ。今、時間いい?」

「いいけど……」(フッ軽だな……)

「まじ!?ありがとー!」

雫は着いてきてとでも言うように手招きする。七桜は雫と隣に並ぶのには何か違和感を感じて、後ろの方を歩くことにした。

(それにしても急に話ってなんだろ…………はっ!!え、待って!?雫さんって確か、澄春くんのこと大好きだったよね!?僕と澄春くんが付き合ってるのバレちゃったのかな!?だから、僕に別れろなんて言って脅しに来たのかな!?無理なんだけど……!!!)

七桜はひぇーと怯えながら、雫に着いていくことにした。七桜は1番分かっている……好きな人を取られた女の姿は1番怖いということを……。








七桜と雫はファミレスの席に座った。七桜は緊張からかストローから口を離すことができず、コップに手を添えてメロンソーダをずっと吸っている。

「ハムスターみたい」

「はぁ!?」

「あはは、本気にしないで!てか、一応褒めてるんだけど」

「そ、そうなの」

七桜はよく分からないまま、理解したように振る舞う。七桜にとっては茶番などどうでも良い話だ。

「それより本題を……」(雫さんずっと笑ってるけど、本当に僕のことをいじめに来たんじゃ……ひぃ!!)

七桜は1人で決めつけて1人で怯える。その様子を見て雫は不思議そうにしていた。

「そうそう、本題ね」

雫は真剣な面持ちで机に両肘をつく。妄想に犯されている七桜にとって、その雫はひどく怖く映っていた。赤とか黒とか……そういうオーラを感じる。七桜は冷や汗をかきながら、相変わらずメロンソーダを飲んでいた。

「七桜くんってさ、彼氏いたりする?」

(終わったわコレ……)

七桜は口から泡を出しているように撃沈した。恋愛の話を持ちかけられたら終わりだと思っていたからだ。

「あれ……図星だったりする!?」

「いや、違っ……!」

「図星じゃーん」

「違う違う違う!!てか、なんでそんなこと聞いてくるの……!!」(僕、嘘つくの下手すぎぃ……!!)

七桜は顔の近くで手を思いっきり振るが、もう隠せてはいない。雫も呆れて笑い始めている。

「じゃあ、私の恋愛も終わりかー」

「やっぱり……澄春くんのこと好きなの?」

七桜が恐る恐るそう聞くと、雫は拍子抜けする。

「え、なんで澄春!?」

「こっちがえ?なんだけど。雫さんは澄春くんのこと好きなんじゃないの?」

「いや、好きって言うか……厳密に言えば、好きな振りをしている……というか」

雫はよそ見しながら、言いずらそうにボソボソと話す。今度は七桜が拍子抜けする。

「てか!その流れで言うなら、やっぱり澄春と付き合ってんの!?」

「う、うん……」(やばい流れに身を任せすぎて言ってしまった……!!)

七桜は思いっきり口を抑える。雫はそんな七桜の姿が面白くて大爆笑する。

「そんな焦らないでよ、別に誰にも言わないし」

「え、ホントに?」

「疑ってるの!?」

「いや、雫さん噂話とか好きそうじゃん」

「何その偏見!性格悪そうじゃん!」

話は逸れたが、七桜は心底安心した。雫の中ではもっと愛おしい人がいるようであったから。

「でも、七桜くんがそんなに私のことを疑うんだったらさ……対価交換しようよ」

「対価交換……?」

物騒な単語が跳ね返ってきて、またびっくりする。ひと時の安堵であった。

「七桜くんが澄春と付き合ってることは誰にも言わない……その代わりにさ、私の恋にも協力して」

「雫さんの恋……?」(澄春くん以外に好きな人がいるってことだよね……誰だろ)

七桜は考え込んだが、雫とは学校も違うため、思い当たる節がない。自分が協力できるか不安で仕方がなかった。

「それさ、僕協力できるの?」

「1番できる!」

「え、えぇ……?学校も違うのに?」

「うん!あと、一応確認するけど、七桜くんの恋人は澄春だよね?もう1人いたりしないよね?」

「はぁ?え、二股ってこと!?しないよ!!」

雫の無邪気な笑顔は、本気で恋してる女の子特有のものだった。今もその誰かを考えているのだろう。

「で、誰なの?」

「……豊くん」

「え、えぇ……!?」(ゆ、ゆゆ、豊!?なんで!?え、カラオケの時!?)

「そんなに驚く?」

「え、いや、だってさ、カラオケの時に初めて出会ったんだよね!?で、もう好きなの!?」

「そんなに驚いているようで申し訳ないけど、めちゃくちゃブーメランだよ?いや、ブーメラン以上だよ!?」

雫のキレの良いツッコミがファミレス内に響く。七桜も自覚したようで、少し顔を赤くする。

「そんな七桜くんだから分かってくれるよね?一目惚れの楽しさとか嬉しさとか愛おしさとか!」

「う、うん。分からなくはないけど」

「だからさ!協力してほしいの!」

雫はスクールバッグから1枚のプリントを取り出した。そこには何かのイベントの詳細について書かれていた。

「夏の勉強合宿in掛橋高校……?」

「そう!これに豊くん誘ってくれない?」

「いや、良いんだけど、掛橋高校に通ってないけどいいの?」

「全然大丈夫!だから、誘って!」

「う、うん」

七桜は雫の勢いの良さに若干引き気味になる。

「それに七桜くんには朗報。澄春も参加するよ。それに合宿だからお泊まりだよ!?それに男の子同士なんだから、お風呂も一緒に入れる!……初めてのお泊まりにはちょうど良くない?変な空気感にもなりにくいし!」

(澄春くんと一日中一緒!?それにご飯もお風呂も寝る時も……何それ最高じゃん)

七桜はキラキラ目を輝かせて、プリントを握り締める。

「僕も参加したい!」

「もちろん、良いよ!澄春とラブラブしな〜……あ、でも!豊くん連れてきてよね!」

「任せて!」

(急にやる気出てきたな……)

七桜は澄春と会う予定ができて浮かれ気味になる。1つの予定が1人を大きく変えて、大きく動かす。これがいわゆる恋なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る