第2話


俺は顔だけで生きていけるところがある。正直言って、自分の顔に自惚れてるし、性格が顔に勝つことなんてないのだと分かっていた。だから、自分の性格まで繕って気に入られようとか幼稚の考えなのだ。しかし、あの時、俺の目の前に絶対に手に入れたい顔が現れた。所謂、一目惚れだと思う。あんなに可愛い子は初めて見た。特にピンク色の瞳には何か引きつけるものがある。俺自身、一目惚れなんて初めてだからどうしたらいいか分からなくて、テンパって、唇触るとかいうやば行動をした。だけど、もう会えないのは絶対に嫌だった。だから、彼の鞄に学生証を入れた。


(俺は本気で恋をする。自分の欲を埋める恋じゃない、本当の恋)






「めちゃくちゃ可愛い子いるんだけど!」

「わ!ほんとだ!!でも、あの制服、男子校でしょ?」

「え、ガチ?じゃあ、男?」

掛橋高校3年の教室の窓から見える校門には、ピンク髪、ピンク色の瞳である七桜の姿があった。澄春に学生証を届けに来たのだ。澄春は窓側が騒がしくなっていることに気づいて、そちらに群がるように近づく。

「みんな騒いでどうしたの?」

「澄春じゃん!見て!校門の前に立ってる子!ちょー可愛くない!?」

澄春は少し屈んで校門の方に視線を向ける。

「……七桜くん」

澄春は七桜が来ることを誘導するために学生証を鞄に入れた。しかし、実際七桜の姿をこの目で見ると、嬉しくて胸の奥がジンジンする。

「澄春の知り合いか?」

「そうそう!俺、行ってくるわ!」

「行ってらしゃい。あんなに元気な澄春久しぶりに見た」

澄春の友達である宮野みやの 優希ゆうきは澄春の後ろ姿を見て少し微笑んだ。






(うわぁ、勢いで来ちゃったけど、僕、絶対に目立ってるよね……)

七桜は棘日高校指定の袖なしセーターを着ている。掛橋高校のセーターとさほどデザインに違いはないのだが、7月ということもあって誰1人セーターを着ていないし、何よりチェック柄のズボンが目立っていた。棘日高校のズボンは特徴的である。

七桜は居心地の悪さから周りをチラチラと見渡す。すると、昇降口から澄春が走ってきた。相変わらず、誰もが振り返る容姿で、澄春の金髪は太陽に当たってより輝いている。そして、夏の葉に照らされている緑色の瞳は、薄らと七桜のことを捕らえていた。

「七桜くん」

澄春は息切れ1つせず、七桜の名前を呼ぶ。

「俺の学生証だよね?」

「え、なんで分かってるの!?」

「それ、わざと入れたから」

「は、はぁ!?」

澄春は嬉しそうに笑っていた。七桜と再会できたことが相当嬉しかったのだろう。

「なんでそんなこと……」

七桜が少し後退りすると、澄春も1歩前に出る。

「覚悟して……って言ったじゃん」

七桜は真剣な澄春の顔に息を飲む。軽そうな澄春でさえイケメンだったのに、真剣な顔となったらまたその上を行く。そして、何より身長が高い。七桜は170cmでそこまで低い訳では無いのに、澄春は七桜よりも約10cm高いだろう。その威圧感がまた、澄春の美形を誇張する。

「え、あれ、本気だったの……?」

「本気に決まってるじゃん。本気だから、学生証入れたんだよ」

(え、は、えぇ!?やっぱり、遊びじゃない……!?え、それともここまでして遊びとかもあるのかな!?)

七桜は軽くテンパる。澄春はそれを面白そうに見つめていた。

「だから、会えて良かった」

澄春は綺麗に笑う。計画されているように笑う。

(でも、それでも、顔はかっこいい……)

七桜は笑顔の種類に囚われている暇もなく、そのまま澄春の瞳に吸い込まれそうになった。しばらく余韻に浸って、現実に戻れと言わんばかりに頬を叩く。

「あ、はい!学生証!!」

「ありがとう。あと、連絡先だけ交換して」

「う、うん。いいけど……」

七桜はスマホを操作して澄春と連絡先を交換した。違和感に包まれたままの関係ではあるが、何かが変わりそうという予感がする。

「これでいつでも連絡できるね」

「同じ学校じゃないんだから、連絡することないでしょ」

「あるよ」

「え、あるかな?」

「……七桜くんの全部、教えてよ」

「は、はぁ!?」(なんっで、そう、色っぽく言うのこの人!!)

澄春はやや低めの声で囁くことが多い。七桜にとってそれは色っぽかった。そんな澄春を目にして、七桜も意地を張る。

「僕、そんな簡単に落ちないから!狙ってくれるのもいいけど、僕も一応、男子校の姫なんで」

七桜は腕を組んで、頬を膨らませながらそっぽを向く。

「……へぇ。じゃあ、俺、本気出すよ。こっちだって2年半、共学の王子やってるから」

澄春は威圧感を出すようにそう答えた。七桜は怯えることはなかったものの、何か凄い地雷を踏んでしまったのではないかと後悔する。

(絶対に落ちないんだから……!)

(絶対に落とす、絶対に落とす、絶対に落とす……)

ここで、王子と姫の恋の戦いが始まる。






(絶対に落ちないって心で決めたけど、既に顔には落ちてるわけで……いや、落ちてない!いや、落ちてる!!)

「……いや!落ちてない!!」

「うるさいぞ!」

七桜が目を開けると、そこは授業中の教室だった。熟考しすぎて、自分がどこにいるかもあやふやだったようだ。

「寝ぼけてるところも可愛いぜ!姫!」

「考え事してる姫、スマホに収めたかった〜。絶対に可愛い以外の何者でもないだろ!」

「みんな、ありがとう……」

七桜はこういう時、助かるなと思う。普通だったら、クラスメイトに笑われて終わりだからだ。

(それにしても、ずっと澄春くんのこと考えちゃう……。絶対に振り回されてるの僕だけだよね……)






「おい、澄春」

「……」

「おい!澄春!」

「うわぁ!?何!?ほんと!」

「それはこっちのセリフなんだが……」

優希は頭をかきながら、澄春の姿に呆れる。

「お前、ニヤニヤしすぎだろ。……何を見てるんだ」

優希は澄春が持っているスマホを覗き込む。そこには『双葉 七桜』と書かれているメール画面が映っていた。

「新しい友達か?」

「いや、まぁ、そんな感じ?」

「絶対に違うだろ」

澄春は珍しく動揺していた。既に澄春にとって七桜は友達であるのか怪しい。何となく、そんな言葉では抑えたくないと思う関係なのだ。

「それとも、また彼女できた?」

「いや、そんなんじゃない」

「へぇ、珍しい」

澄春が即答したことに対して、優希は不敵な笑みを浮かべる。

(なんか、隠し事してるんだろうな)

優希は鋭い感で澄春の中を見抜いていた。優希の中の澄春は、リスクを背負ってまで嘘をつくような人物では無いからだ。

(優希にも気を使われてるって……俺、そんなに顔に出てる?)

澄春はため息をつく他なかった。

(でも、これからどうやって七桜くんに会いに行けばいいんだ……?)


七桜と澄春に立ちはだかる壁は、違う学校であることだ。







"放課後さ、電話してもいい?"


あれから何日も経って、澄春から電話のお誘いのメールが来ていた。澄春自身も自分から動かなければならないという使命感に駆られたのだろう。そして、七桜自身もそんな連絡が来て安心している節があった。

(澄春くんからメール来た……嬉しい……いや!嬉しい!?はぁ!?僕どうしちゃったの!?)

七桜は混乱する。しかし、嘘はつけないようで、すぐに返信内容を考え始めた。






「澄春くん!今日の放課後、予定空いてる?」

掛橋高校の女子生徒は相変わらず、澄春の周りに集まって群れていた。

「ごめん、今日予定あるんだ。また今度ね」

澄春は七桜と会える嬉しさを噛み締めながら、女子生徒からのお誘いを断る。断ったところで、澄春のことを嫌いになるような女はいない。

(電話したいとか言ったけど、これで合ってるよな?変じゃないよな?……直接会う方が自然だったか!?)

澄春も澄春で初である。共学の王子と呼ばれているとは思えないほど、本当に好きな子に向けては一途なのだ。

「澄春」

「うわぁ!?……優希かよ」

「最近、ボーッとしてるな。好きな人でもできたのか?」

「は!?なんで!?」

「いや、何となく……」

優希は不思議そうに澄春のことを見つめる。そんなに動揺する澄春を初めて見たからだ。

(澄春の新しい顔を見るの、面白い)

優希は嬉しい反面、何か悲しい気持ちに陥る。それは気のせいだと閉ざして……。

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