第8話:知らない顔
「ほら、こっち向けよ。」
「だめ!だめだってば!アッ…!」
「ん…。」
「あ、ほんとだめっ!みんな見てる…っ!」
はわわわわわ…!!これは現実?刺激的な光景に、目が離せない。
これは、これはっ……!!!!
「ち、ちあはる……っ!!!!」
「「は??」」
うさくんと朝比奈さんには「わけがわからない」という顔をされてしまった。
いや、これはどう見ても“ちあはる”の世界。いつも冷静な氷室さんが、なぜか葉月さんに迫っているのだ。赤い顔をしながら氷室さんの下で抵抗する葉月さん。
千秋×春翔のめくるめくラブシーンにしか私には見えなかった。
「恭弥くんっ…!ほんと勘弁して…!」
「あ〜?お前は黙ってろ。」
「お〜、深いのいったな〜〜〜!」
「あ〜〜。あれ舌入ってんじゃん?蓮さんドンマイ〜。」
朝比奈さんとうさくんは遠巻きに二人の様子をお酒を飲みながら傍観している。
この様子…。一度や二度じゃないな。
「…知らなかったです、氷室さんがお酒弱かったなんて…。」
確かに今までお酒を飲んでいるのは見たことない気がする。
「一杯であれなの。しかも酔ったらキス魔とかタチ悪いよね。」
「本人は記憶ないらしいから、絶対飲むなとしか言えないんだよな。ちなみに、俺もうさも被害者。」
「…なんと。」
これが『ギャップ萌え』というものか。千秋にもギャップ要素を追加したら更に魅力が増しそう。うん、これもありがたく使わせていただこう。何だか千秋がますます氷室さん化してきているような…あとでプロット練り直そう。
ところで…。
「…あれ、助けなくていいんですか?」
ちあはる、じゃなかった。氷室さんと葉月さんを目線で指し示すと、二人は真顔で答えた。
「みのり。触らぬ神に祟りなしって言うだろ?」
「神が静まるのを待つしかないよ。くわばらくわばら。」
…どうやら葉月さんを助けるつもりは微塵もないらしい。氷室さんとBLになるのは二人も避けたいようだ。
「……。」
私はそっと氷室さんと葉月さんに近づく。BL小説家として、どうしてもこの欲には逆らえなかった。参考資料として……イケメンたちのリアルBLを近くで観察したかったのである。
「んっ…、みのりちゃんん!助けてえええ!!」
「ごめんなさい。葉月さん。もう少しだけお願いします。」
「この状況で仕事優先?!仕事熱心すぎだろ!!」
「あ。もうちょっと顔赤らめてもらえますか?涙も欲しいかな。」
「演技指導?!?!」
私は高鳴る胸を押さえながら二人を観察していた…のだが。
「…えっ?」
急に視界がまわり、目に映るのは天井と……氷室さんの綺麗な顔。
思わずごくっと喉が鳴る。
「…ひ、氷室さん!相手間違えてますよ!」
「…間違ってねえ。」
どうやら氷室さんはターゲットを変更したらしい。この状況は非常にまずい。いくら恋愛経験がほぼゼロの私でも、この状況はまずいことくらい分かる。急いで逃げようとするが、両手を氷室さんに掴まれていて動かせない。見た目に反して、力は思ったよりあるらしい。これが男女の力の差というものか。
「みのりちゃん!!」
葉月さんがこちらに気づき、焦った声を出している。その間にも、近づく氷室さんの唇。氷室さんの目はトロンとしていて、とても色っぽい。
ああ、覚悟を決めよう。そう思い、観念して私は瞼をぎゅっと閉じた。
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