第4話 堕ちていく……

 長門未来。

 それは日本という平和ボケ甚だしい国から生まれた最厄の殺人鬼として後世まで語り継がれることとなる。

 彼女が殺戮を行ったのはたったの一年である。しかし、その間に彼女が惨殺した人数は世界人口の半数以上と言われる。世界の実権を握る大国はことごとく壊滅。ところが目的のない彼女の殺戮劇が止むことはなく、世界に「恐怖の一年」をもたらした。国によっては「血の一年」と呼ぶこともある。

 先も述べたとおり、長門未来が殺戮を行ったのは一年である。なぜ一年だけだったのか? 当時、人々は恐怖のあまり、その疑問まで到達しなかった。


 とある廃工場にて。

「ミライ姉。ミライ姉の力はすごいけど、残念ながらこの世に悪が栄えたためしはないんだ」

「お前にしちゃクサい台詞だな、ナガラ。でも、そのとおりなんだろうな」

 銃口を持ち上げる少年に苦笑して答える少女。二人とも、髪と目の色素が薄く、肌も血の気が感じられないほど白い。少女は風の吹き込んでくる入口の方を見た。向こう側に海が見える。潮風を心地よさそうに吸い込んで、少女は言った。

「で、私がこうなるように仕組んだお前は、結局私を殺すのが目的だったのか? ナガラ」

「ふふ。僕はミライ姉が大好きだからね」

 答えになっていない答えを少年は告げる。少年の肩口で結われた一房が風にたなびいた。

「でもね、僕たちの人生はここでは終わらないんだよ、ミライ姉。僕たちはそう運命づけられて生まれた。だから僕たちにとって、死は終わりじゃない」

「言っている意味がわからないな」

「ラグランドシェって連中、覚えてる?」

 少年の言葉に場が静まり返る。少女は静かに首肯した。忘れようはずもない。長門未来の殺人鬼としての人生の一番最初にその名がある。

「輪廻がどうとか言ってた奴だな。しかしなんだ? 今更。私が神も仏も信じちゃいないのは、お前がよく知っているだろう?」

「皮肉なもんだよねー。そういうのから一番遠い人が、巡らなくちゃいけないなんて」

 少年は引き金を引いた。

 銃声が響く。少女の左胸からぽたぽたと赤いものが落ちていく。明らかに絶命する一発のはずなのに、少女は立っていた。

「あれー? 死んでよ、ミライ姉」

「随分な言い種だな、オイ」

 少女はゆらゆらと外に向かって歩き出す。その白い唇が「海の中に沈みたいんだ」と紡ぐ。そう言って出て行った彼女は、宣言どおり、海にその身を投げた。

「ロマンチストだねぇ、ミライ姉は。ま、僕たちは死んでも空のお星さまになんてなれないから、これが正しいのかも」

 そんな風にぼやき、少年は銃口を自分の頭に向けた。

「また逢おうね、ミライ姉」


 ぱぁんっ……


 寂しげな銃声を最後に、その場に生きるものはいなくなった。


 こうして二人の狂人は、一度目の死を迎えた。


 プロローグ -神の過ち- 完


 しかし、これはまだ始まりにすぎない。



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