第34話 入院

 轟音。破砕音。重量物が大地を打つ音。

 戦車が白骨馬と共に吹き飛ばされ、横転し、土埃を巻き上げながら何度も転がっていく。首無しの方は完全に粉砕され、一頭だけになる。なんとか体勢を立て直し、突如現れた黒衣の女に機首を向ける。


 エンバーはアイラを見下ろし、サイラス、ゴゴロガの順に視線を移す。それから無言のまま戦車に向かって一歩ずつ歩いていく。背負った棺が土を抉り、地面に太い線を刻んでいく。


 一頭立てとなった戦車がエンバーに突っ込む。二頭立ての時よりも速度は落ちているが、それでも尋常の馬車よりは遥かに速い。人間の力では到底止められるような勢いではない。


 そう、人間の力であれば。


 エンバーは無造作に左手を伸ばすと、棒立ちのまま戦車を迎え撃つ。鈍い衝撃音。戦車は鉄の壁にでも衝突したかのように停止し、車輪が浮き上がる。エンバーの白く細い左手が、白骨馬の額を掴んでいた。


 エンバーの左手が無造作に振られる。戦車が弧を描いて地面に叩きつけられる。大地が震える。反対に向けてもう一度。さらに反対にもう一度。もう一度。もう一度。もう一度。


 叩きつけられるたびに、肋骨が砕け、車軸が折れ、背骨が曲がり、車輪が外れ、四肢が散り散りになる。


黒鉄くろがねの蛇よ、飲み込め」


 鎖が無数の蛇となり、戦車であったものを棺の中に取り込んでいく。真っ黒な闇が、白骨を次々に飲み込んでいく。最後の一片まで飲み込んで、棺の蓋が軋みを立てて閉じた。


「炎よ、煉獄より来たれ」


 蓋の僅かな隙間から、火蜥蜴の舌のように赤い炎が洩れる。小さな覗き窓の中が赤一色に染まる。


 それと同時に、戦場を埋め尽くしていたスケルトンの群れが動きを止め、がらがらと崩れ落ちていく。一瞬の静寂。あちこちからばらばらと歓声が上がり、やがてそれは割れんばかりの勝鬨となって戦場を埋め尽くした。


 * * *


「ちょっと、サイラスさん。病室で煙草なんてやめてくださいよ。傷にも触りますよ」

「うるせえなあ。吸わなきゃ調子が出ねえんだよ」

「ゴゴロガさんからも何か……って、なんでお酒飲んでるんですか!?」

「ドワーフの酒は百薬の長だ」


 スケルトンの大群との戦いから3日後。アイラたち3人は教会が運営する治療院に入院していた。致命傷を負った3人を、エンバーがひとりで担いで運び込んだのだ。


 城壁から様子を見ていたツバキによると「文字通り、ひとっ飛びだった。びびった」とのこと。オドゥオールは新手の魔術なのではないかとエンバーに詰め寄ったが、ろくに返事もされないために落ち込んでいるらしい。


 街は戦後処理で大わらわだ。戦死者は教会で22名、領兵が47名、冒険者が13名。負傷者はほぼ全員という惨憺たる結果だ。道化師の研究所に詰めていた教会の人員10名もすべて死亡している。教会は死者の収容と葬送、そして戦場の浄化に奔走している。


 さらに、住宅問題も発生している。戦場となったのは南門側だが、その周辺の冒険者街がほとんど破壊されていたためだ。即席の防柵の材料にされたものもあれば、前線を突破したスケルトンに破壊されたものもある。


 城壁外にある冒険者の家々は不法建築扱いだ。市民税も支払っていない城壁外の冒険者に、領主府が保護を与える必要はない。だが住まいのない冒険者を放置すれば治安の悪化の恐れがある。冒険者と言えば聞こえがいいが、基本的には流れの荒くれ者なのだ。食い詰めれば野盗や強盗にあっさりと変わりかねない。


 そんなわけで、城壁外では領兵軍用の天幕がいくつも張られている。ひとつの天幕に本来の定員の数倍の人間が詰め込まれているため、住環境という点では最悪だ。喧嘩や窃盗などのトラブルも絶えない。しかし、それでも雨風がしのげるだけマシなようで、野盗化するものはまだ出ていないようだ。


「エンバーさんは、私たちを助けてくれたんですよね?」

「ああ、それはもう俺も疑ってねえよ」


 アイラの問いに、サイラスは火のついていないパイプを揺らす。サイラスがエンバーに伝えた指示は研究所の防衛と、敵がいた場合の排除だ。エンバーから詳しく話は聞けなかったが、教会の現場検証によるとどんな物質でも切断する能力を持っていたらしい。


 エンバー以外にそんな怪物を相手にできる者はおらず、もし逆の配置にしていたならばサイラスたちは戦いらしい戦いもできずに敗北していただろう。スケルトンの大群が陽動であり、本命は研究所にある無数の資料や装置の奪還にあると直感したサイラスの采配が的中した結果となった。


 だが、サイラスの指示はそこまでだ。敵を倒したら戻って加勢してくれなどとは言っていない。その上、重傷のサイラスたちを治療院に運んでくれまでした。かれこれ二十年来の付き合いだが、エンバーがこれほど明確に味方として行動するのはサイラスにとって初めてのことだった。


「いや、俺が目を逸らしていただけなのかもな……」


 胡麻塩頭をぼりぼりと掻きながら、サイラスはひとりごちた。

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