第23話 禁忌の研究所

「この迷宮のどこかに道化の拠点があるはずだ。それを探すぞ」

「はいっ!」


 道化師を討伐し、エンバーを発見した一行は迷宮の奥へと歩を進めた。エンバーはサイラスが持ってきていた黒い外套を被り、いつもの死神のような姿になっていた。


 アイラが「なぜ着替えを持っていたのか」と尋ねると、サイラスは「こいつはしょっちゅう服を駄目にするからな……」と渋い顔をする。分局にとってエンバーの服代は馬鹿にならない出費なのだ。


「それにしても、エンバーさんも少しは私たちを気にしてくれていたんですね」

「どうだかな……」


 先頭を歩くエンバーの背中を見ながら、サイラスは胡麻塩頭をぼりぼりと掻く。二十年来の付き合いだが、エンバーの考えていることはさっぱりわからない。


「ひょっとして、ワイト戦の時も私たちのためにあえて周りを巻き込むような戦い方をしてたんじゃないでしょうか?」


 アイラは廃屋での戦いを思い出す。百体近いワイトに囲まれたあの戦いは絶望的だった。エンバーが広間中に棺を振り回していなければ二人の命はなかっただろう。考えてみればエンバーが去った後に五体満足のワイトが一体も残っていなかったというのも不自然だった。


「だが、お前さんもぶっ飛ばされてただろ」

「まあ、そうなんですけど……」


 そこを突っ込まれるとアイラも自信がなくなる。<聖鎧>を発動したことで新手の敵だと勘違いされたのか。そうやって好意的に解釈することもできるが、反対に考えれば不死者としての本能で<聖鎧>を持つアイラを積極的に狙った可能性もある。


「何が何だか知らないけど、ごちゃごちゃ考えるより直接聞いたらいいんじゃないの?」


 能天気に口を挟んだのはツバキだった。ツバキにとって、エンバーは強力な戦士かつ魔術士、そして極端に口数が少ない変わり者という認識だ。


「それはそうかも……」


 ツバキの率直な物言いにアイラは考える。エンバーが特殊な存在であることを知っているがゆえに遠回りをしすぎているのかもしれない。しかし、何をどう尋ねればいいのだろうか。


「私のことどう思ってますか? って、それじゃ告白みたいだし。サイラスさんのことをどう思っているかを聞く? いや、これも変な意味に思われそう……」


 アイラが頭を抱えているうちに、一行は通路の突き当りに行き着いた。


「フツーに考えて、ただの行き止まりってことはないよね」


 ツバキが石組みの壁を探る。そして壁の一部に刻まれていた古代文字に気がつく。そしてオドゥオールを呼ぼうとしたときだった。


「骸の王は千年の安息を得る。千年紀の訪れに備えよ」


 墓場に吹く風のような声がした。エンバーだ。

 石壁が重い音を響かせながら床に沈んでいく。壁の向こうには真鍮で出来た扉が姿を現していた。その表面にも古代文字が書き込まれている。


「エンバー、お前古代文字が読めたのか?」


 エンバーはサイラスの問いかけに振り返りもしない。淡々と歩を進め、扉を無造作に押し開ける。扉の隙間から生暖かい風が溢れ出し、それを浴びたツバキが思わず顔をしかめる。


「なにこれ、くっさ!」

「すごい薬品臭ですね。それに混じって……」

「肉が腐った臭いだな」


 アイラとサイラスも表情を曇らせた。オドゥオールとゴゴロガも口元を押さえて渋面を作っている。


 扉の先の通路には異様な光景が広がっていた。床はつるつると滑らかに磨き上げれ、乳白色に輝いている。壁や天井には白い光を放つ灯りが設置されている。しかし、それらはランタンの炎のように揺らめいてはいない。魔術を用いた光源だろう。


「ひゅー、この床を引っ剥がすだけでひと財産になりそうね……って、爪も引っかからないじゃない」


 ツバキが四つん這いになって床を剥がそうと試みて唇を尖らせる。


「ふうむ、これほどの細工はドワーフにもできんぞ。それにこの石、なんちゅう硬さだ。一体どんな石材だ?」


 ゴゴロガが戦斧の石突で床を叩く。だが、ひび割れひとつ入らない。


「そんなものよりももっと気になるものがありますね」


 オドゥオールの杖が示した先には緑色の光を灯す無数の筒が立っていた。それは半透明でこぽこぽと泡立つ緑の液体に満たされている。そして内部には肉団子を出鱈目にこね合わせたような醜怪な物体が浮いていた。


「これって……あの道化師にそっくりですね……」


 びっしりと床を這う管をまたいで筒に近づいたアイラがつぶやく。肉団子の表面には目玉や触手、人の手指や耳に鼻、昆虫の足などが無数にあり、検死した道化師の胴体にそっくりだった。


「ひとつ空になってるな。あの道化はこの筒から生まれてきたのか?」


 サイラスは中身のない筒をぺたぺたと叩いた。上部には蓋がついており、それが開け放しになっている。


「わっ、お宝かもしれないのにあんた何してんのよ!」


 部屋の奥からツバキの悲鳴が聞こえ、アイラとサイラスが駆けつける。そこには書架があり、古代語の背表紙の本が大量に並んでいた。そしてそれをばさばさと目を通し、無造作に床に捨てていくエンバーの姿があった。


「『腐れたる霊魂』、『闇に呼びかける書』、『生命の秘跡』……すべて死霊術関連でしょうか?」


 遅れてきたオドゥオールが背表紙の署名を読み上げると、サイラスの眉が吊り上がった。そして床に散らばった本を拾い上げようとするオドゥオールの肩を掴む。


「やめとけ。それは禁忌だ」

「しかし、死霊術の研究ができれば不死者への対策が――」

「それは教会でやる。お前は知るな。知りたいとも思うな」

「ですが……」

「知ればお前は教会の敵だ」


 サイラスの瞳が冷たい色に染まる。オドゥオールは手にしかけた本から離れ、一歩、二歩とあとずさった。

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