29

「話って……何をだ?」

「何でも。私、二人のことが分からないもの。二人とも、形のないもやもやしたものに囚われているみたい」

 ニハマチとキツツキは顔を見合わせた。ニハマチはにっこりと笑い、キツツキは苦笑を浮かべて視線を遠くにやった。

「ふっ。確かにな」

「古都も、呪法に囚われた人たちのせいで、滅んじゃったんだよね? 私、離天りてんがそんなに大事なものか分からないけど、それのために自分を犠牲にしたり、他のものを犠牲にするのは、とても怖いわ」

「そうかい? まあ、大丈夫だよパントマ。俺は何かを犠牲にしたりなんかはしない」

「そうね。あなたは他人を犠牲にする人じゃないかもしれない。……なら、自分は?」

「うーん……自分を犠牲にしてるつもりもないけれどね。というか、パントマは勘違いしてるよ。俺はそもそも、離天に囚われてなんかいない。キツツキもそうだよね」

 同意を求めるようにキツツキを見る。しかし、キツツキは俯きがちに笑って、

「いや、囚われているよ。お前も強がりはよせ」

「強がりなんかじゃないよ。俺が行きたいから行くのさ」

「目的は?」

「目的はない!」

「そうだな。俺も同じだ」

「ふひひ」

「何故笑う……つまり、俺もお前も囚われてるんだよ。本当にあるかどうか、あったとしてどんなところか分かりもしない場所にな」

「惹かれているんだよ。囚われてはいない」

「言葉遊びじゃないぞ。……ほとんど同じ意味だろう。――パントマ、お前が俺たちに言いたいことはだいたい分かる」

「うん。……そう。分かってるならそれでいいわ」

「――あのさ、二人とも」

 ニハマチが声を一段と大きくして言う。彼はいつも通り太陽のように明るい顔をしていたが、その眼差しは真剣だった。

「俺は、離天に行くために生まれたんだ。俺がここ・・に来る前のこと、二人には話してなかったよね。

「俺は、この世界に来る前、不思議な森にいたのさ――」

 二人はニハマチの生い立ちを聞いている間、まるでそこに神秘的な妖精でも見つけたかのように目を見開いたり、怪訝に目を細めたりした。

「それでさ、パナイヤンが言うんだよ。『日の出に飲むゾウリトカゲの尾の絞り汁は格別ですね』ってね。俺には飲ませてくれないのにさ」

 ニハマチがからからと笑う。

「それで、コウソウビは『同族嫌悪』だか何だかで飲みたがらないからおかしいよね。彼らの尾から絞れる汁には種類によってアルコールが含まれていて――」

「ちょ、ちょっと」

 パントマが亀のように首を伸ばして制止する。

「うん?」

「ニハマチ、そんなにまくし立てられても、ついていけないわ」

「ごめんよ、つい」

「喋る動物たちの森か……そこでお前は多流タルーの修行をしていた訳なんだな」

「うん! 色んな本を読んで知識を付けて、多流を操作する練習を毎日やったよ」

「簡単に信じられるような話じゃないが……」

 キツツキは伏し目がちで涼しげな目元をパントマに向けた。

「これだけ普通じゃない環境で育ったんだ。それ自体が理由になってもいいんじゃないか?」

 二人が互いを見詰め合う少しの間があったあと、パントマは肩を落として頷いた。

「そうね。確かに、運命みたいなものはあるかもしれないわ。二人とも、探るような真似をしてごめんなさい」そう言って頭を下げたパントマは、視線を落としたまま顔を上げた。

「私、少し怖くて。大きな憧れや使命があるのはいいわ。でも、それにとり付かれて自分のことを台無しにしたり……自分のことだけならまだいい。それで他人を巻き込んだり、周りが見えなくなるのは怖い」

「――うん。パントマの言う通りだね」

 パントマがニハマチを見る。ニハマチは、真っ直ぐで明るい顔で、

「離天を目指すあまり、他のことが考えられなくなって周りを不幸にしてはだめだ、ということだね。俺もそう思うよ、パントマ。今誓って見せる。手段を選ばずに他人を不幸にさせるようなことは絶対にしない」

 ニハマチは歯を見せてにっこりと笑いかけた。 

「誓うよ、パントマ」

「――うん」

 パントマもにこりと笑い返す。すると、キツツキも俯きがちに笑いながら、

「パントマ、心配するのはよせ。どうせニハマチからはこんな返答しか返ってこない」

「キツツキ、俺は真剣だよ」

「ああ、分かってる。……パントマ、お前は俺たちを心配してくれているし、それよりもっと……大きな変化を怖がっているんだよな」

「うん」

「俺たちが、離天を追い求めるうちに変わってしまうんじゃないかと」

「……ええ」

「自滅し、他者も破滅させてしまう、そんな結末を嫌う訳だ」

 パントマが黙りこくる。彼女を見詰めるキツツキの視線はやがて、貫きえぐるような苛烈な眼差し――まるで叱責しているかのような視線に変わっていった。

 パントマも無言で視線を交わし、やはり、テリオンの時と同様、彼女はキツツキの鋭い目付きに怯むことはせず、穏やかだか揺らぎのない瞳で真っ直ぐ彼と対峙した。

 ニハマチは、二人の間にどんなやり取りがなされているのかはもちろんさっぱり分からず、無言の二人に狼狽うろたえてぽかんとした。

 キツツキの方が先にさっと視線を外すと、彼は「ふっ」と笑い、

「てっきり、俺たちの愉快な冒険道中にご一緒したいのかと思っていたが、蓋を開けてみれば、お前の方がよっぽど得体の知れない何かを心配している」

「……」

「何も知らない少女のように、耐えているふりをしているつもりか、パントマ? 俺は、あるかどうか分からないものを追い求める俺たちより、お前の方がよっぽど不気味に感じるぞ」

「キツツキくん、私はただ――」

「じゃあ、お前が俺たちについてくる理由は何だ?」

「それは、楽しそうだったから――」

「それなのに、形のないものを求めたらどうだとか、そんな不可解な心配をする訳だ。――ぼろが出たな、パントマ」

「キツツキ」

 ニハマチがきっとキツツキを睨んだ。

「そんな言い方はないよ」

「どうした? お前はこの女を不気味には感じないのか?」

「ああ。そんな風に感じる訳がないさ」

「ふっ。やっぱり、お前は純粋すぎる。……なら、俺が説明する。この女は、両親を幼い頃になくし、今の俺たちよりも幼い頃から自分の身だけで旅をし、趣味で『不思議な道具』を集めた。そして古都に辿り着き、メイドとしてクーパー家に仕え、俺たちと出会った。そして、自分の大事な友達がいなくなってしまったとお前に懇願し、不思議な瘴気の満ちる場所に行った。ニハマチはその後の不可解な記憶がはっきりあって、パントマはまるで覚えがないという。――どうだ? これだけで、俺からすればこの女がとてつもなく不気味たり得るんだがな。お前とテリオンがマレーを追っていたとき、こっそり尾行していたというのもそうだ」

「う、うん。言われてみれば……」

 ニハマチは、自身がパントマに対して抱いた猜疑さいぎ心を思い出し、妙に納得が行くような気がした。

「でも、人を疑うのは良くないよ」

「テリオンはマレーを疑ったから真実に辿り着けたんじゃないのか?」

「そ、そうだね」

「賢いのか、考えなしなのか、本当によく分からないやつだなニハマチ……」

「ふひひ」

「そこで照れて頬を掻く意味はなんだ」

 キツツキは苦笑し、寄せていた眉間を緩め、息を吐いてからパントマを見た。

「頼む。何か隠してることがあれば言ってくれ、パントマ。今のところ、俺はお前のことをかなり気持ち悪い・・・・・と思ってる」

 パントマは目を離さずにキツツキを見詰めるばかりで返答はない。

「隠してることはないのか?」

 すると、一瞬目を伏せたパントマは、体を包んでいた布を脱いで立ち上がり、自らの荷袋を漁り始めた。

 彼女を追って体を後ろに向けた二人に、パントマは袋から取り出したものを手のひらに乗せて、よく見えるようにした。

 それは、月光を吸収するかのように銀に輝く、小さくて薄い欠片だった。

「これは……貝殻か? いや、金属の破片……?」

「凄い。夜なのに光って見えるや」

 その欠片は角度により何層にも連なって見え、薄いようで厚みがあった。平べったい欠片はキツツキの言うように一見貝殻にも見える。しかし、幾重にも連なる層の重なりを見つけたニハマチは、

「これ、もぎ取られた羽の一部に見えるね。ううん。羽が何枚にも重なった翼の一部と言った方がいいかな」

「さすがね、ニハマチ。――そう、これはとある翼・・・・の一部。もぎ取られた、っていうのはいい表現だと思うわ」

 確かにそれは、翼の一部分をむしり取ったような感じがあった。

「パントマは、これを集めているの?」

「うん。あなたと行った墓地・・も、これを見つけるためよ」

「墓地のこと、覚えてたんだ」

 パントマが頷く。

「そもそも、墓地の名前を出したのは私よ。私が最初に言ったことぐらいは誤魔化せると思って、噓を付いていたわ。ごめんなさい」

「じゃあ、神殿みたいなところのことも?」 

「ええ、全部覚えてる」

 ニハマチは大きく口を開いてから、体の力が抜けたように後ろに倒れた。仰向けになって空を見る。

「はー……」

「騙してごめんなさい、ニハマチ。――付け加えると、あなたが戦っている間、私はずっと意識があったわ」

「いや、むしろ……あれが幻じゃなくて良かったよ。あんなのが幻覚だったなんて信じたくなかったからさ」

「……」

 パントマは銀の欠片を荷袋にしまうと、草むらに正座し、唇を引き結んだ。彼女の表情からは、いつもの穏やかな笑みは消えていた。

「あんなことを言っておいて――涙を流すような演技・・・・・・・・・をしておいて、私は、ただあなたを危険の道連れにしただけなの」

「なるほどな。お前が俺たちに向ける心配は、俺たちがお前みたいに・・・・・・・・・・なって欲しくはない・・・・・・・・・と、そういう訳か」

「……自分でも上手く言葉にできないけど、そういうことなんでしょう」

「くく。ニハマチを危険に晒したり、かと思えば本気で俺たちのことを心配したり――なあ、ニハマチ、面白いやつだとは思わないか」

「――うん!」

「……え?」

 ニハマチは上体の力だけで飛び上がるようにして起き上がり、胡坐を掻いた。にっこりと、いたずらっぽい笑みをキツツキと交わして互いにくすくすと笑ってから、パントマの方をくるりと向いて、

「俺たちは、離天という普通じゃ行けない場所を目指すんだ。だから、君みたいに普通じゃない人と一緒の方がいいだろう」

「その通りだ。良かったなパントマ。俺たちを心配して探るようなことを聞いておいて、結局認められるのはお前の方だ。余計な心配はよせ。これから先、どんなことがあってもな」

「まあまあ。心配するのはいいことだよ。パントマは何かの目的があってその欠片を集めているということだね。それは、たまたま館で出会った俺を危険に晒してもいいと思えるほどのものなんだ。でも、そうやって冷静に心配できるパントマもいる。どうしても欲しいものや勝ちたいものがあって、周りが見えなくなるって、そんなに駄目なことかな?」

「二人とも……」

 パントマは本気で驚いているというように大きな目を見開いて、そして申し訳なさげに俯いてから自嘲気味に笑った。

「……キツツキくんがいるのは予想外だった。ニハマチを私の目的に協力させるつもりだったから。彼と冒険をして、私があれを集め切るまで、ずっと騙すつもりだった」

「……それは、残念なことだったな……」

「そうね。――でも腹を割って話せて良かったかもしれない」そう言って毅然と顔を上げる。パントマの目に、ニハマチがいつか見た鮮やかな光が宿った。

「キツツキくん。それに、ニハマチも。私は、世界に散らばっている欠片を集めているの。さっきの銀色の欠片は、古都に来る前に手に入れたもの。そして、神殿で二つ目を見つけたわ。――全ての欠片は六つ。それがある場所もその数だけあるはず。私は、残りの四つの欠片を集めるために旅をしているの。そのために色々な肩書を持ったり、近くにあると考えられた屋敷で働いたりして、自分を偽ってきたわ。……欠片を集めている理由は二人にも話せない」

 正座している脚を更にきっちりとくっつけると、パントマは深く腰を折って頭を下げた。

「目的の理由も話せない私だけど、二人がそれでも許してくれるのなら、是非、一緒に旅をさせて下さい」

 メイドの時のような丁寧で、おごそかな口調。

 男二人は顔を見合わせた。キツツキはいつものように苦笑し、ニハマチはにっこりと笑う。

 頭を下げたきりのパントマのつむじを見下ろしながら、キツツキは面白そうに、

「……そうだな。今後、俺たちをあざむくような真似をしたら、その時ははっきりとお前を切ろう。いいな、ニハマチ?」

「うん! まあ、あまり厳しくする必要もないとは思うけど、その時はそうしよう。――よし、決めたよ! 俺たちの間で噓は無しにすること。何があっても三人で話し合おう!」

 ニハマチは高らかに宣言したあと、首をかしげて、

「いや、極端なのも良くないね。生きていたら隠し事の一つぐらいある。どうしても隠したいことなら良しとしよう! それ以外は、出来るだけみんなで話し合うこと。これが俺たちの『ルール』だよ!」

 キツツキは上体を少し曲げておかしそうに笑って、

「くくく。相変わらずド直球なのか思慮があるのか……はあ。そうだ。パントマ。ニハマチが言ったルールを守ること。それが守れないならお前は仲間じゃない。俺は人の機微を嗅ぐのが結構得意なんだ。お前が変な噓や騙すようなことをしたら、俺が絶対に気付いてやる。裏をかけるとは思うなよ?」

 パントマが恐る恐るといった様子で顔を上げる。彼女らしい柔和な表情の眉根は弱々しく下がって、どこか儚い笑みが口の端に浮かんだ。

「ありがとう、二人とも」

「……その感謝が噓でないことを願う」 

「うん! パントマのその気持ちが噓じゃないと信じることにするよ。キツツキもだよ! 一人で急にどこかに飛び出したりしたら駄目だからね! 君が養い所を出たと聞いたとき、俺、本当に寂しかったんだよ」

「寂しいと思うなら、お前の素性をすぐ話すべきだったな。……そのことから考えても、大事なことや個人的にやっていることを黙っているのは、すれ違いの元になる。もしこれから先、俺たちの一日の動きがばらばらになったりする時、できるだけ互いの行動を筒抜けにしといた方がその後のためになるだろう」

「一人で突っ走るのは駄目、ってことね」

 キツツキは前のめりになって手を組むと、上目遣いにパントマを鋭く見た。

「そうだ。パントマ、お前の本心がどこにあるのか、よっぽどのことがない限り俺はそれを疑ったままだろう。多分、この先ずっとな。――しかし、それに関しては正直どうでもいいというのが本音だ。お前がどんな意図で動いていようが、お前は多分、俺が思うよりずっと頭が回る。マレーの追跡も、ニハマチの話を聞く限りお前がいなければ達成できなかった。神殿の話も……ああ、これもニハマチ本人から幻覚の話を聞いた訳だが……結果的にはこいつの役に立っている。離天に辿り着くには強さ・・はどうしても必要だろうからな。お前と出会ったことにより、神殿で神か化け物か分からない存在と戦ったことは、ニハマチにとってかなり良い経験になったんじゃないか」

「……そう、だね。うん。――分かったわ、キツツキくん。これから先、私の知恵や考えを韜晦とうかいするような真似はやめにしましょう。あなたたちのために、全力で私の力を貸すわ」

「ほんとかい? パントマが本気になってくれる以上に頼りなことはないよ! それもこれもキツツキのおかげだね。俺たちの旅、かなり順調な滑り出しだ!」 ニハマチが両手を天に突き上げる。 

「だといいが……まあ、俺が今言いたかったのは、旅においてパントマに関してはむしろ何も心配する必要はないってことだ。俺が心配しているのはむしろお前だ、ニハマチ」

「え、俺?」

「何も考えずに一人で突っ走って、気付けばお前一人でぽっくり逝ってる・・・・なんて、普通にあり得そうだ」

いってる・・・・? 俺もどこかに行ってしまうってことかい?」

「死んでるってことだよ」

 ニハマチは数瞬の間の後、愉快そうに笑った。

「旅に危険は付き物さ。死ぬことは普通にあるだろう」

「お前のその感覚を直せと言っている。少しは恐怖とか躊躇いを持て」

「まあ、死んだらそこで終わりだもんね」

 そこでふと、ニハマチの表情がぴたりと固まり、彼の左頬がぴくぴくと引き攣った。

「俺、二人に絶対に話さないと駄目なことがあったよ。俺が生まれた森を出てすぐのことなんだけどね――」

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