第10話 戦う勇気

「リュウトが俺にお前の住所を教えてきてな、お前に毎日お灸をすえてやれとのことだ」


ある日家を出た瞬間、目の前にレーナルズの一員であるゴウが現れた。


リュウトが住所を教えていたのだ。


「こっちに来てもらおうか」


その男の迫力に俺は断ることができなかった。


というか住所を知られてしまっている以上、下手なことができない。




暗い路地裏に着いた途端、背中を蹴られてゴミ袋の山に顔から突っ込んだ。


「携帯を使って助けを呼ぶんじゃないぞ。 キョウヘイの時の厄介な奴が来たらかなわんからな」


――助け? 何のことだ。 この前のキョウヘイの一件はキョウヘイが去った後、ダンジョンに来た他の人が助けてくれたっていう話だったんだが。


そんなことを考えていると、ゴウの強烈な一撃が顔面を襲う。


キョウヘイの比ではないパワーだ。


一撃で骨が傷ついてしまうほどの衝撃が体を巡る。


そのあと数分間、ゴウによる暴力が続いた。


「今後毎日、こういうことをしろとリュウトからの命令でな。 付き合ってもらうぞ」


――毎日!?


体がもたない。


「ただ、お前が自分のSNSで今回のキョウヘイの一件は全て本当の事であると認め、リュウトに謝罪すれば開放してやる」


「そんなこと……」


できるわけない。


「できなきゃこれが毎日続く。 もし他の人間がこのことを知っていたら、お前の住所を公開する」


そういうとゴウはポーション投げる。


「そいつを飲んで傷を治せ。 このことを他者に悟らせるんじゃねーぞ」






食欲が沸かない。


SNSで炎上してから、体重が10キロ近く落ちた気がする。


ゴン太さん、マジカルOLさん、かまぼこさん。 そしてお姉さん。


俺のせいで誰が苦しんでいないだろうか?


そんな思いが胸を締め付ける。


SNSを見ていないから、今の俺の状況がどうなっているかわからない。


もしかしたら、三人が心配してメッセージを送ってきているかも。


気になっているが、手が震えて開けないのだ。


「――うぐっ」


突然吐き気を催し、トイレに駆け込む。


最近はこういうことも多くなった。


俺の視界にトイレに置いてある時計が映る。


「――あと、4時間」


あと4時間でゴウに殴られに行く時間だ。


体の震えが止まらない。


「――もう、いやだ」


その時携帯にメッセージが届く。


姉さんからだ。


〝今日、家に帰れそう〟


姉さんは出張で数日家を出ていたのだが、今日帰れるようだ。


「あ、雨ふってたよな」


姉さんは恐らく傘を持っていない。


駅まで迎えに行ってあげた方が良いだろう。


正直家を出れるようなメンタルではなかった。


しかし、今は姉さんに早く会いたかったのだ。




俺は息を吸ってドアを開ける。


首を左右に振って誰かがこっちを見ていないかと、警戒する。


もしかしたら住所が特定されて、記者とかが俺のことを狙っているかもしれない。


もしかしたら、俺の後ろを誰かがつけてきているかもしれない。


もしかしたら道行く人に俺の素性がバレているかもしれない。


そんな不安が頭の中をぐるぐると回る。


自然と早足になり、気づけば小走になっていた。


あと少し、あの角を曲がれば駅まで真っすぐ行くだけだ。


両親のことでいろいろあって、自身の配信活動について姉さんと話したことなんかなかった。


だけど、もうそんな意地を張っている場合ではない。


姉さんと話そう。


なぜだろう、そう決めると少し勇気が湧いてくる。


俺に厳しくて、キツイことばっかり言ってくる姉さんだが、近くにいると考えるだけでどうしてこんなになんでもできる気になってしまうだろう。


――家族に会いたい。


その気持ちだけで駅に向かうその途中、あと少しで駅に着くその道中。




「――ね、キミ話だけでも聞かせてよ」


見るからにチャラそうな見た目の男が、軒下で雨宿りしている女性を携帯で撮影しながら話しかけているのが目に入る。


雨の降る中よくやるなと思うが、今俺が間に入ったらもっとややこしくなるかもしれない。


申し訳ないが、ここは無視するしかないだろう。


そう、思ったのだが。


「キミあのレーナルズの底辺紹介動画にでてたよね?」


その一言に思わず足を止めてしまった。


そういえばあの女性の顔をどこかで見たことがある気がする。


「キミの活動名スーパーミリちゃんでしょ? 魔力適正Eでも修行すればAランクになれるとかヤバいこと言っている子でしょ?」


彼女は無言で顔を伏せる。


「ほら、いつものやってよ。【可能性がミリもあれば挑戦するのがミリちゃんなのだ! 子どもたち、ミリちゃんの背中をよ~く見とくのだ!】って言いながらダサいポーズする奴」


彼女は無言で顔を伏せたまま、首を横に振る。


「えー、なんでよ。 いいじゃん! ぶっちゃけあの動画おかげ、フォロワー増えたんでしょ。 ねぇねぇ? っていうかさそもそもあんな挑戦達成できるなんて思ってないでしょ?

売れるために個性欲しくてがんばっちゃったんでしょ? だってあのフォロワー数で子供なんて見てるわけないじゃん! 子ども達に勇気を与えるとかって綺麗なこと言っちゃってさ――。 見た目悪くないしさ、今また動画投稿再開したら、人気出るんじゃないかな? おじさんたちからぁ 」


傘を持っていないせいで軒下から出れず、横で男に散々なことを言われている。


彼女は下を向いてグッと耐えていた。


気づけば彼女は男に見えていない方の手で硬く拳を握っており、その手はプルプルと震えていた。


――気づけば体が勝手に動いていた。


「この傘差し上げます。 行ってください!」


俺は姉さん用に持ってきた傘を彼女に渡した。


彼女は目を丸くしてこちらを見ている。


俺は深く被っていた帽子を取り、マスクを外す。


「俺は、レイです。 俺は子供じゃないですが、あなたの行動に勇気をもらいました」


彼女はまだ状況を飲み込めていないようであったが、半ば強引に彼女をその場から逃がした。


「え、もしかしてあんたあの噂のレイかよ!」


俺が割って入った時、怪訝そうな表情を浮かべていたチャラ男が、俺がレイだとわかると、嬉々として携帯のカメラをこちらに向けてくる。


「彼女は嫌がっていました。 もうこんなことしないでください。 誰かが傷つくようなコンテンツを作って何になるですか? 夢に向かっている人を現実が見れていないバカと見下して、賢い気でいるんですか? 実力なんてなくても、数字なんてなくても、この道だって決めて進んでいる人だっているんです。 現実なんて痛いほど見てます。 目をそらしたくなるほど見てます! でもいつかは! きっといつかはって夢を見るんです! 何度も何度も何度も! 俺たちは皆さんからしたら底辺かもしれない。 けど、誰かの最高になれると思っているんです。 バカですよ……でもしょうがないじゃないですか。 そう思っちゃうんですから」


俺はカメラに向かって夢中でしゃべっていた。


噂は誤解だとハッキリ表明しなければならない。そう思った。


激しく降る雨の音でその声はかき消されたかもしれない。


けど少しだけ雨の勢いが弱まった気がした。




【あとがき】


メインで書いている作品のあいまに思いつきで書き始めましたので、投稿頻度は不定期です。

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