第34話 二人きりの空間

 隠し部屋の中。私は精霊の魔導書と二人きりになった。

 私にとっては絶好の機会が巡って来た。

 だけどいざこの対面の場面で、どんな話をしたらいいのか分からない。


「とりあえず挨拶かな。初めまして精霊の魔導書。私はアルマ・アルマ・カルシファー。こう見えて国家魔導書士なんだ。よろしくね」


 私は笑顔で自己紹介をした。

 とは言え精霊の魔導書に私が国家魔導書士だと説明しても分かって貰えないと思う。

 だけどほんの少しでも良いから伝わってくれていたら嬉しい。

 頭の中をクリアにし、耳を澄ましてみるも、精霊の魔導書は言葉を返してはくれない。


「あはは、嫌われちゃっかな?」


 とは言え精霊の魔導書が言葉を返してくれないのは分かっていた。

 きっと今までの長い時間、研究などで疲弊している。

 私みたいなパッションだけの言葉では、精霊の魔導書もうんざりなんだろう。


「でも私は諦めないよ。ねぇ、精霊の魔導書。私の声が聴こえているよね?」


 だけど私は決して諦めない。魔導書の声に耳を傾け続ければ、きっと私の声も届くはず。

 そのためには少しでも多く言葉を掛け続けるのが大事だ。

 私は興奮を一旦抑え込むと、胸を押さえて改めて訊ねた。


「答えてくれたら嬉しいけど、私貴方が読んでみたいな。ねぇ、読んでもいいかな?」


 精霊の魔導書を私は読みたい。きっと千年前の古代文字が書かれているのだろうが、私はそれでも読んでみた。例え読めない文字だとしても、気持ちが伝わってくれさえすれば精霊の魔導書の方から内容を掻い摘んで教えてくれるはず。

 少しでも多くの魔導書に触れ、もっともっと魔導書が大好きになりたい。

 だからこそ、私は精霊の魔導書にもう一度だけ、しつこく訊ねた。


「ダメかな? 私みたいな魔導書大好きなだけの子が、貴方のことを解ってもいない癖に読んだら失礼かな?」


 魔導書にだって意思はある。私のような魔導書好きなだけの子が貴重な魔導書に触れるなんて言語道断。

 きっと汚されるとか、破かれるとか、暑苦しくていやだとか思われているに違いない。

 精霊の魔導書の名前しか知らず、具体的にどんな時代を生き、どんなことが書かれているのか。それすらあやふやな私を信用できないのも無理はなかった。そう自分で決めてしまった。


「失礼だよね。ごめんね、勝手なことばっかり言って。でもね、私は精霊の魔導書とこうして出会えて嬉しいよ。だから、私の話を聞いて欲しいんだ」


 精霊の魔導書は何の言葉も掛けてくれない。

 いくら頭の中をクリアにしても声が届かない。

 きっと無口な子、もしくは引っ込み思案な子なんだ。


 ここは下手に読もうとするのは諦めることにした。

 むしろ私の話を聞いて貰うことにする。

 少しでも信用を得るためにも、私はできることから積極的に取り組んだ。


「そうだな。うーんと、一体なにから話したらいいのかな? 貴方の方から私に質問があればいいんだけど……流石に無いよね。あはは」


 とは言え何の話をすればいいのか分からない。こういう時、相手のことを想いながら話題を選ぶのは難しい。何せ私には経験がほとんど無い。

 面白い話もつまらない話も頭の中をグルグルと駆け回ると、腕を組んだまま固まってしまう。

 せめて精霊の魔導書の方から私の話に首を傾けてくれれば手っ取り早いのにと思いつつ、難儀な展開を迎えていた。そんな中、渋い表情を浮かべる私の頭の中に声が響く。


『どうして魔導書が好きなの?』


 今聴こえたのは誰の声? 私は一瞬理解が追い付かない。

 周りをキョロキョロ見回すも、ヒノワ館長もいなければマリーナさんの姿もない。

 だけどさっき聴こえたのは明らかに女性の声。しかも私が耳にしたことの無い初見さんの声だった。


「今のって……若しかして精霊の魔導書? えっ、女性だったの!」


 魔導書にも声質的に男性女性は存在していると私は思う。

 もちろん私が客観視しただけで定義なんてない。

 けれど今聴こえたのは紛れもなく女性の声で、私の問いかけに反応できるのは精霊の魔導書しかなかった。


「そ、そんなことはどうでもいいよ! もしかして私の声に応えてくれたの? これは期待値アップかも!」


 私のテンションがガンガンぶち上がる。

 精霊の魔導書の悲しそうな声質が少し引っ掛かるけれど、応えてくれただけでありがたい。そう来たら私も応えないといけない。精霊の魔導書の質問はどうして魔導書が好きなのかだ。ここは嘘を付かずに正直に答えよう。


「私が魔導書が好きな理由は、お母さんが好きだからだよ。実は私のお母さん、凄い魔導書士なの。昔から忙しいお母さんに少しでも甘えたくて、私は魔導書を読み始めたんだ。そうしたら魔導書達の声が聴こえてね、たくさん不思議な力を見せてくれる魔導書のことが好きになったの。それが私が魔導書が好きになった理由。大きな目標は、誰よりも魔導書を愛して愛される魔導書士になること。それでお母さんに少しでも追い付いて、いつか超えられるようになること。あはは、私の近未来的な夢まで語っちゃったね」


 ついついテンションが昂ってしまい、関係の無いことまで答えてしまった。

 けれど精霊の魔導書は嫌がる様子もなく最後まで聞いてくれる。

 私の言葉にはパッションしかなく、嘘偽りもない作られた言葉ではないと信じて貰えた証拠だった。


 しかしそれ以上精霊の魔導書は私の声を聞いてくれなかった。

 せっかく答えたにもかかわらず、相槌一つも無いのは少し寂しい。

 とは言え精霊の魔導書との距離と一つ、いや一つの半分くらいは詰められたかもしれない。

 私はそれだけで満足になると、にんまりとした笑みを浮かべる。


「私の言葉に耳を傾けてくれてありがとう」


 精霊の魔導書に感謝を伝えた。好感度稼ぎのためじゃない。話を聞いて貰えてスッとしたのだ。

 そのおかげか心の淀みも解消され、満足感に浸ることができた。

 これ以上無理な要望を出すのも渋い。私は精霊の魔導書に触れることさえ烏滸がましいと感じ、一旦後にすることにした。


「今日はありがとう。少しだけでもお話ができてよかった。またいつか、私の声を聞いてくれたら嬉しいな。それじゃあね」


 踵を返して隠し部屋から出る。

 ヒノワ館長とマリーナさんを呼び戻すためだ。

 すると背中を擦るような悲しい魔力が濁るように残った。


「ん?」


 急に隠し部屋の中を充満する不思議な魔力に首を捻る。

 とは言えトワイズとはそういう場所。昔から魔素が濃く、魔力が強いのは有名な話。

 特に気に留める様子は無く、私は隠し部屋を出るとそのまま隠し通路に入る。ヒノワ館長達の姿が見えないので足早に探しに向かった。

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