第23話 用務員さん、怒らないで!

 私は振り返ると、階段の下に人の姿を見つけた。

 初老の男性で、格好から見ても魔導書士じゃない。


 手にしているのはモップとバケツ。

 明らかに掃除のお爺さん。

 多分、用務員さんのはずだ。


「ん?」


 私は首を捻った。

 と言うのも、階段の下でジッと段を見ていた。

 しかし全身から吹き荒れるのは怒りの気配。

 きっと魔力が荒ぶっているんだ。


 けれど何故荒ぶっているのかな?

 私は全く分からず困惑してしまう。


 だけど困惑をしている暇はなかった。

 私の存在に気が付き、先程荒げた怒号を再び放つ。


「そこのお前、なにしとるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 用務員のお爺さんは私を怒鳴り付ける。

 あまりのけたたましさに私は意識が吹き飛びそうになった。

 だけど咄嗟に舌を噛み、気合いで押し殺すと、瞬きを何度かしてから「へっ?」ととぼけた。


「えっと、な、なんで怒ってるんです?」


 私は全く分からないから用務員のお爺さんに尋ねる。

 しかし用務員のお爺さんは全く話を聞いてくれない。

 それどころか、私のことを睨んで離さない。

 完全に敵視されていて、正直話合いは無理そうだ。


「とっとと出て行け!」

「えっ、はい?」

「いいからとっとと出て行け! ここはお前のような子供が立ち入っていい場所じゃないんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 用務員のお爺さんは私を再び怒鳴り付ける。

 怒号が罵声に変わり、腑が煮え返る思いだった。


 私は言葉を真っ向から受け止める。

 きっと用務員のお爺さんにも何か事情があるんだ。それは重々承知した。


 それにしても言葉の所々に棘がある。

 完全に私が子供だからと舐め切っていて、正直ムッとした表情を浮かべる。


「出ては行きますけど、そんな言い方は無いですよね!」

「ああっ?」


 用務員のお爺さんは髭を触りながら、私のことを睨み返す。

 私にだって言い分はある。だって国家魔導書士の私は貴重な魔導書を守る権利がある。

 幸い何も起きていなかったけど、無防備な状態で放置はできない。

 そう思ったからこそここにいて、それだけで怒られる道理はなかった。


「私だって不安だからここにいるんです!」

「不安? なにをごちゃごちゃ言っておるんじゃ」

「それは私が魔導書士だからです」

「魔導書士? お前さん、魔導書士なのか」

「はい!」


 私は必死に説明する。

 まずは身分を明かすことで、きっと丸く収まると思った。


 しかしそれはあまりにも軽率だった。

 用務員のお爺さんは表情を顰めると、私のことを睨む。


 完全に疑われているのは言うまでもない。

 だけど疑われるのも心外だった。


「嘘じゃないですよ?」

「儂は聞いておらんぞ!」

「聞いてないって、本当ですよ! ほら!」


 私は国家魔導書士の証明証を見せた。

 しかし用務員のお爺さんからは遠かったせいで、よく見えていない。そのせいか、疑いの表情が余計に険しくなる。


「ふん。ヒノワ館長がそんな大事なことを伝え忘れる筈がない!」

「うーん。無いとは言えないけど、多分無いよね?」

「そう言う訳じゃ。それに、魔導書士だからと言って、今日は入ってはならんのじゃ! だからの、今日だけは儂以外がトワイズ魔導図書館に入ってはならんのだ!」


 何だか横暴な言い分だった。

 私もこうなった以上、後には引けない気がする。


 だけど反論の余地がない。むしろ用意していない。

 だから私は「ぐぬぬ」と声にならない声が漏れた。


 このまま用務員のお爺さんの言う通り、早くトワイズ魔導図書館から出ていくのが一番。それが丸い気がする。

 ここは諦め、私は意気消沈する。何だかもう如何でもよくなった。


「分かりました。ごめんなさい」

「分かればいいんだ。分かればな。さっ、さっさと出て行け!」


 何だか偉そうなのが引っ掛かる。

 私はムッとした表情を浮かべ、階段を下りて行く。


 トボトボと覇気が無くなり、用務員のお爺さんを目の前にする。

 すると突然私はピタリ足を止めた。

 全身を駆けるのは、嫌な魔力。頭の中に魔導書達の声が聴こえた。


『だめ!』

『チカヅくな!』

『そいつはアヤしいぞ』

『チカヅいたらアブないよ。イマすぐニゲて!』


 逃げる? 何でだろう。

 私は魔導書の声を聴き、全身が硬直。

 すると用務員のお爺さんは顰めっ面をしたまま、私のことを嗜める。


 何だか気味が悪い。ここは早く出よう。

 私はそう思い、脇を通り抜けようとするが、その瞬間、魔導書の声がはっきり聴こえた。


『そのニンゲンはテキ!』

「えっ、敵?」


 私が魔導書の声に反応して、振り返り声を出した。

 すると用務員のお爺さんから嫌な気配を感じ取る。

 完全に私のことを畏怖している様子で、振り返ったら殺されると錯覚した。


「ま、まさか……ねっ?」


 私は冷や汗を掻く。きっと買い被り過ぎ。

 何かの間違いだと思い、私は笑って誤魔化そうとするが上手く笑えない。

 これは異常事態。きっと私が分かっていないだけだ。そう思った瞬間、体は勝手に動いていた。


「そりゃあ!」

「ぬなぁっ!?」


 私は階段を駆け上がる。二段飛ばしで必死に駆け出すと、用務員のお爺さんは変な声を上げた。


「ごらぁ! なにしとるんだ!」

「はぁはぁはぁはぁ」


 私は怒鳴られた。ごめんなさい用務員さん。

 何だか体が勝手に動いてしまい、私は必死に走り出す。

 階段を一気に上がると、二階に辿り着き、そのまま私は廊下を爆走した。

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