メイン:トワイズ魔導図書館

第6話 馬車に揺られて

 ガラガラガラガラーー


 私は馬車に揺られていた。

 乗っている車の車輪がガラガラと音を立てる。


 心地良い。そう思うのは旅が好きな人だと思う。

 実際、私は旅が好き。むしろ旅をしたかった。

 だからだろうか? 車輪が整備されてはいるが、剥き出しの地面を固めただけの道を行く。


 ふと視線を上げてみれば、小さな窓から外の景色が見える。

 とっても綺麗な草原。何処まで行っても変わらない景色がそこにある。


 それもそのはずかれこれ数日。

 私は馬車に揺られていた。

 たまに車を降り、外に出て体を伸ばしているから平気だけど、流石に景色には飽きていた。


 せめて少しくらいは変わってほしい。

 そう望むのも無理はなく、これが旅をする中での苦行だと知る。


 だけどこれからとなると、少し話は変わってしまう。

 それもそのはず、私に明確な自由は無くなってしまったからだ。


「はぁー。せっかく旅ができると思ったのに」


 私はふと溜息を吐いてしまった。

 開いていた本をパタンと閉じると、溜息と声が聞こえてしまったのか、御者台に乗る男性=トルポクに声を掛けられる。


「アルマちゃん、どうしたの? 溜息なんて付いて」

「あっ、聞こえちゃってました? えへへ、ちょっと予定と違うことが起きちゃって、自分の中で折りが付かなくて……」


 私ははにかみながら、表情を歪めた。

 それもそのはず、元々私は国家魔導書士になった暁には、世界中を旅する予定だった。


 だけどそれも頓挫してしまった。

 全てはグリモア伯母さんのせいだ。

 私は恨みたくても恨めず、苦渋を舐めるしかなかった。


「どうしてこんなことに……」


 考えても仕方ないのは分かっている。

 分かっているけど納得はできない。

 だって私が魔導書士になったのは、たくさんの魔導書に触れ、感じ、その声を聴くためだった。


 だけど実際に待っていたのは、国家魔導書士としての自由のない日々。

 それもそのはず、国家魔導書士はいわゆる国家公務員で、世界中に派遣される。


 もちろん派遣されるのは一部の優秀な魔導書士に限られる。

 こう言ったら皮肉かもしれないけど、私は優秀な魔導書士らしい。

 だけど嬉しくない。だって私の理想とする方針と違うからだ。


「はぁ、溜息なんて付きたくないけど、流石に私の意思がなにも考慮されてないのは、ちょっとなー」

「そうなのかい? おじさんには分からないけど、今の若い子は大変なんだね」

「あはは、私が選んだ道です。だから仕方ないんです。諦めます……諦めますけど、あの、トルポクさん」

「ん? なにかな」

「この先にあるんですよね、トワイズは」


 私は目指す目的地を尋ねる。

 その場所の名前はトワイズ。一般的にサンベルジュ王国の辺境の街とされていて、王都から最も近い国境沿いの街らしい。

 隣国ベンガルドとドラディオンに接する勢いで、様々な国の貿易の拠点の一つとして数えられている、いわゆる商業の要の一つとされていた。


「そうだよ。この馬車もトワイズにを届けるために走らせているからね」

「ありがとうございます。私も乗せて貰っちゃって」


 私はトルポクさんの馬車に同乗させて貰っている。

 先速で向かわないと行けなくなったせいで、無難な馬車や竜車は取れなかった。

 だからこうして荷物に挟まれる形で、木箱の上に腰を下ろしているのだが、それ自体は決して悪くはなかった。


「ちなみにトルポクさん。トワイズって、どんな街ですか?」

「どんな街? うーん、そうだね。人間だけじゃなくて、獣人や亜人、エルフにドワーフ。後はたまに竜人も足を運ぶような、常に賑わいがある街だよ。後、とにかく税金が安い。だけどたまに変な惨事が起こったりして、気が休まらないこともあるかな」

「うっ、本当ですか?」


 噂以上に色んなことが待ち受けていそうだ。

 確かに旅をするだけなら立ち寄ってもいい。

 だけど長期滞在となると、変に絡まれそうで唇を曲げる。


「でも下手なことに手を出さなければ大丈夫だよ。あの街は、この国でも最大規模の魔導図書館があるから、その分魔素も濃いらしいんだ。おじさんには分からないけど、それが原因らしいから」


 私の胸がグサリと刺される。

 まさに私の目的地とドンピシャ。

 その根本に足を向けることになるとは、これは改めて気を引き締める必要もあるかも。


 私は流れる苦い唾液を飲み干す。

 気持ちを引き締めるにはいい薬で、ドン! と胸を叩いた。


「ゲホッ、ゲホッ、ゲボッ!」

「だ、大丈夫かい、アルマちゃん?」

「は、はい。ふぅ、あれこれ言ってもダメだよね。これも私が選んだ道だから」


 私は吹っ切れることにした。

 とにかく考えたらダメだ。飲み込まれる。


 私はスッと顔を上げると、右手を振るった。

 すると何処からともなく一冊の本が手元に現れる。


 ソッと表紙を触った。感じる。私の心を通して聴こえる。

 この子も私のことを応援してくれている。

 それもそのはずこの本は私自身であり、実際には私は楽しみにしているらしい。


「よーし、トワイズ。待っててね!」


 私は気持ちを振り絞り、言葉として発した。

 楽しい。気持ちいい。そんな偽りの気持ちは捨て、私はできることを頑張ることにした。

 

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