第4話 ランクSSSの魔導書士

「まずは国家魔導書士合格おめでとうございます、アルマ」

「ありがとうございます。それでグリモア叔母さん、私を呼んだのは称賛してくれるから……痛い、痛い痛い痛い痛い、痛いです、グリモア叔母さん!?」


 私はサンベルジュ魔導学院の学院長室に居た。

 そこに居たのは私を呼び出した張本人、グリモア・ライブラリー。私とは血の繋がりがある実の叔母さんで、サンベルジュ魔導学院で長らく学院長を務める偉い人だった。


 実年齢は××で、口にするのも憚られる。

 私と同じで金髪。けれど腰まで伸ばしており、白髪になっている右はクルンと髪を結っていた。

 聡明な青い瞳、薄い唇。憚られるから言い辛いが、肌艶も良く本当に××には見えなかった。

 

 加えてその権力は凄まじく、この学院を実質的に取り仕切っているのは言うまでもない。

 けれどそれを裏付けられるのは他でもなく、グリモア叔母さんが凄い魔導士だからだ。


 何を隠そう、グリモア叔母さんは魔導士の中でもトップクラスの実力者。

 魔導士の中には魔導具士や魔導書士、魔導剣士や魔導医師と様々居る。

 その中でも職種を総じたランク付けがされており、グリモア叔母さんはSランク。ましてやSランクの中でも最高のSSSランク魔導士だった。


 だからだろうか。とてつもない権威もあり、逆らうにも骨が折れる。

 それもそのはず、今私はグリモア叔母さんに頭を押さえつけられていた。

 親指を使って蟀谷の部分を押さえつけると、そのまま押し潰される勢いだった。


 痛い、痛すぎる。さっきまで声を上げていたにもかかわらず、もうその声すら痛みの余りでなくなってしまった。

 まさか椅子から立ち上がり、机を押し倒す勢いで腕を伸ばすと、逃げる隙すら与えられず、こうして捕まり酷く苦しめられてしまった。


「アルマ、いくら寛容な私でも叔母さん呼びは許せませんよ?」

「は、はい。分かりました! 分かりましたから、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」


 私は大絶叫を上げてしまった。

 死ぬ。本当に死んじゃう。頭の血管が切れちゃう。

 私は命の危機に瀕すると、流石にグリモア叔母さんも気が付いてくれたらしい。

 スッと手を離すと、私は力が抜け、軽い脳震盪を起こして座り込んでしまった。


「理解を示してくれて結構です。くれぐれも、少なくとも人前では気を付けてくださいね」

「ううっ、痛い……」


 もうグリモア叔母さんの言葉も入って来なかった。

 私は涙を浮かべてしまうと、如何してこんな目に遭うのか分からなかった。

 体がフラフラしてしまい、何とか地べたを這って立ち上げると、グリモア叔母さんに訊ねた。


「それで、その……なんのために私は呼ばれたんですか?」

「そうでしたね。それではまずはこちらを」


 グリモア叔母さんはそう言うと、私の前に一枚のカードを提示した。

 私はカードを受け取ると、私の顔写真と名前が刻まれている。

 そこには[系統:魔導士,分野:国家魔導書士,階級:AAAランク]とあった。


「これはなんですか?」

「それは魔導士としての証明書です。これにて晴れて国家魔導書士を名乗ることができますよ。良かったですね、アルマ」

「や、やったぁ! 国家魔導書士に正式になったぞー!」


 私は嬉しくて証明書代わりのカードを高らかにかざした。

 それは歳相応と言うには少し幼かったが、それだけ嬉しかった。

 私の目標がようやく叶い、これで念願の度に出られるとワクワクしていた。

 そんな中、ついでとばかりにグリモア叔母さんは大事な言葉をサラッと呟いた。


「それでは魔導図書館でも頑張って来てくださいね。期待していますよ」


 グリモア叔母さんは私にそう言った。

 すると言葉の意味を上手く捉えることができず、首を捻ってしまう。


「はい?」

「ですから、アルマにはこれからトワイズ魔導図書館で働いて貰いますね」


 意味が分からなかった。私は固まってしまった。

 もちろん言葉の意味を理解しようとすることに必死だった。

 けれど想像を絶する言葉に私の思考は追い付かず、むしろ冷静に噛み砕く前に、怒りの方が先行していた。


「えっと、冗談ですよね?」

「いえ、冗談ではありませんよ。アルマの進路はある程度決まっていますので、頑張って行って来てくださいね」


 如何やら冗談ではないらしい。私は変な笑い声が出そうになる。

 けれどそんなもの如何だっていい。

 一体なにが起きているのか全く分からないが、つまらない冗談ではないみたいなので、私の怒りの沸点が急上昇して口を滑らせていた。


「待ってよ、叔母さん!」


 ピキッ!


「グリモア叔母さん」


 ピキッ! ピキッ!


「グリモア叔母さん!」

「はぁ。分かりました。人前でなければ、もうそれで構いません……一年半では直りませんでしたね。それで改めてなんですか?」


 グリモア叔母さんは諦めてしまった。

 親族なんだから叔母さんと付けたっていいはずだ。

 どのみち年齢関係無く、関係性は変らないのだから間違っていないと私は思う。


 だからはっきりと突っぱねると、自分の意思を曲げなかった。

 重い空気にも負けずに突き通すと、グリモア叔母さんは私の言葉を仰ぐ。


「なんで私なの!? 私の進路は旅に出て、世界中の魔導書に触れることだって進路表にも書いて提出しましたよね!?」


 私はそう答えた。実際、魔導学院に居た頃、つい三日前の卒業式から一ヶ月程前に書いて提出したのだ。

 もちろん最初は嫌悪されてしまった。それもそのはずの成績で、先生方も頭を悩ませていた。

 でも私は突き通すを通り越し、無理やりにでも押し通した。

 そのおかげか、私だからと首を縦に振ってくれ、私も安心して旅支度をしていたのだが……


「どうして旅じゃなくて辺境の街で魔導書士として働かないといけないんですか!? しかもここ、私の就職希望先とかでもないですよね! どうしてこんなものが来るんですか!」


 私はグリモア叔母さんから先程手渡された一枚の通知書を強く握りしめた。

 そこには[トワイズ魔導図書館魔導書士職員採用]と、書かれていた。いわゆる、採用通知書と呼ばれるものだった。


 もちろん普通の魔導書士なら嬉しいはずだ。

 魔導図書館の図書館司書には魔導書士でなければならない。

 けれどその過程はとても大変で、基本的に募集は掛かることもなく、こうして新人の魔導書士が採用されるケースなど、滅多に所か私ですら初耳だ。


 にもかかわらず如何して私に来たのだろうか?

 疑問もあるし納得も行かない。何か大きな力が介入しているとしか思えない。

 私の本分とも領分とも違う視点からの追撃に、流石に我慢がならず、こうして一番介入してきそうな人、もとい私を呼び付けたグリモア叔母さんに問い掛けていた。


「そう怒るものではありませんよ、アルマ。実際、魔導書士として魔導図書館で働けるということは、とても名誉なことなんです。それは大小問わず、魔導書士にとって憧れの一つなんですよ。分かりますか?」

「分かりますよ、そんなの。でもグリモア叔母さん、私は旅に出たいんです。旅に出て、たくさんの未知の魔法に触れて、感じて、経験として心に刻みたいんです。だからこの採用は無かったことにしてください。お願いしますね」

「それはできませんよ、アルマ。この枠はアルマに与えられたものです。それにトワイスの魔導図書館なら、魔導省が管理・現存している魔導書の中でも、特別強く古いものが多々所蔵・保管されているんです。十分、楽しめるとは思いますよ」

「そういう話じゃなくて……」


 確かに悪く無い話ではある気がする。

 けれどそこに私の意見が踏襲されていないのは流石に無粋で仕方がない。

 誰かの操り人形になる気はない。私は全身からその意思を強く尊重するが、グリモア叔母さんは更に誘惑を重ねる。


「おまけに週休二日制、魔導書士なので給料も良いです。有給や保険も下りますし、なによりも貴重な魔導書に触れることができる。本来閲覧することのできないような貴重極まりない魔導書の類ですよ」

「福利厚生は整っているわけですね」

「あっ、そっちに食いつきましたか? てっきりアルマの声を聞く能力・・・・・・・・・・の方かと」

「そっちは大丈夫ですぅ! それじゃあ私、もう行きますね」


 私は踵を返してしまった。これ以上話しても埒が明かないからだ。

 それに旅支度は済んでいるし、学生の間に無限にお金を稼げるだけのシステムと会社の融資は済んでいる。

 だから何も問題ない。突っぱねたって構わないと、高を括っていた。


 その足は真っ直ぐ学院長室から出て行こうとする。

 背中からは「曲げない!」の一言を貼り付けていた。

 私の頑固な面が飛び跳ねると、グリモア叔母さんは最後の手段とばかりに、溜息を聞こえる様に残す。

 私はピタリと足を止めると、グリモア叔母さんは追撃の一言を放った。


「この採用通知書は本来、貴女のお母さん、グリモワ・カルシファーが受け取るはずのものでした。しかし、代わりに貴女にとグリモワ・カルシファーが掛け合ったものですよ。分かりますか、この意味が?」


 私は言葉の想いに固まってしまった。

 グリモア叔母さんの言葉をフィルターとして通しているものの、それは私の胸を貫く。

 目尻が熱くなってしまい、心臓の鼓動が直に聞こえて振り返る。


「お母さんが、私に?」

「そうです。貴女にあの場所をトワイス魔導図書館を見て欲しいと思ったからこそ、魔導図書館からの要請を断ったんです」

「ってことはお母さんは……」

「今も魔導書の重役として、日夜魔導書の研究をしていますよ。その研究成果を実際に目の当たりにはしたくはありませんか? 貴方のお母さんがそして私の実の姉があの場所でなにを見て感じて培ってきたのか。私も見て欲しいですけどね」


 まるでついでのようにダメ押しをされた。

 如何したらいいんだろう。

 私は凄く悩んでしまい、眉根を寄せてしまった。


 本当は断りたい。断って旅に出たい。

 それが私の夢だったけれど、少しより道をしてもいいかもしれない。

 いや、お母さんがせっかく私のためを思ってしてくれたんだ。

 だったら受けるしかない。受けるしか選択肢が用意されず、一念発起することにした。


「お母さんがそう言ってくれたなら、受けるしかないじゃないですか……」


 そこに私の意思は無い様に思えた。

 だから溜息が込み上げてしまい、無理やりにでも押し殺す始末だった。


「そうですか。ありがとうございます。では、こちらにサインを」

「さ、サイんですか?」


 完全に逃げられないようにする気だ。

 きっとこの採用通知書を送り返して、雁字搦めにする気なんだ。

 私は嫌な予感がしてしまい戸惑ってしまうが、グリモア叔母さんにそんな気は無いらしい。


「最低限一年は続けて貰うだけです。さぁ、ここにサインをしてくださいね、アルマ」

「ううっ、は、はい」


 最低限の機関は用意されているらしい。いわゆるお試し期間みたいなものだ。

 とは言え一年間は最低限拘束される。それを思うと腕が重い。

 心労は絶えないのだが、言ってしまった建前もあるので逃げられず、私は涙を浮かべてサインをした。


「ううっ、これはお母さんのせいじゃない。お母さんのせいじゃない。叔母さんのせい、叔母さんのせい……」

「私のせいにしてくださって構いませんよ。それよりサインも済みましたね。それでは明後日にはトワイスに向かってください」

「は、はい!?」


 私は自問自答を魔法を唱えるみたいに吐き続けていた。

 そんな私のことを何事も無い様にグリモア叔母さんはスルーすると、続けざまにとんでもないことを言った。


 まさかの明後日には王都を発たないといけない。

 おまけに辺境の街となるととんでもない。

 私は精一杯の抗議をグリモア叔母さんに言った。


「あ、明後日!? 明後日ですか!?」

「そうです、トワイスは少し遠いので、明後日には向かってください。お願いしますね。あっ、交通費と生活費は保証しますから安心してくださいね」

「あ、安心できない……むしろ理不尽すぎますよー!」


 私は泣き叫んでしまった。

 あまりにも理不尽。国家魔導書士になったその日にこんな理不尽に見舞われるなんて。

 学院時代から続くグリモア叔母さんの無茶振りに振り回され、私は散々だった。


 如何してこんな人がSランク魔導士でましてや魔導書士の中でSSSにまで上り詰めているのか。

 お母さんよりも優れていることが許せない訳ではないのだが、権力に押し潰されたみたいで嫌だった。

 だけど私はサインをしてしまった手前従う他ならず、頭を抱えて憂鬱になるのだった。

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