愛傷③

「……紫雲さん、何でそんなに嬉しそうなんですか」


「これで陛下のお墨付きとなれば、もっと堂々と書けるじゃないですか」


謹慎中にまたわざわざ"顔を見せ"に桃華宮へやってきた紫雲さんは、机に向かって頭を抱える私に言う。


「それなのに全く筆が進んでませんねぇ」


私は机の上の真っ白な紙を両腕で隠す。


「……だって、陛下にBL読ませるわけにはいかないじゃないですか。けど楊婉儀ヨウえんぎ尚順儀ショウじゅんぎはBLを楽しみにしてるだろうし……」


BL以外の小説も書けないことはないが、正直筆が乗らないというか。全く話が思いつかない。


紫雲さんは女官が持ってきた椅子を私の側に寄せ、片足を組んで座った。


「この国でも男色の話は普通にありますし、そこは変えなくても良いのでは?ただ過激なシーンや陛下の名を出すのを止めれば」


……オリキャラならOKという事か。


「それに、陛下はきっとトウコさんの物語が読みたいんですよ」


「私の……ですか?」


予想外なアドバイスを投げられ、私は紙から目を離して紫雲さんの方を向く。

彼は唇の端に薄い笑みを浮かべた。


「トウコさんが日々何を思うのか、何が好きなのか。そういうのが知りたいんじゃないでしょうか。陛下はああ見えて好奇心旺盛なので」


「うーん……」


"私"を反映させたBLか……。そういうのはこれまで書いたことがなかった。

そもそもBLというのはファンタジーであって、自分(女)が一切介入する余地のない世界だからこそ楽しめるのである。


再び机に向かい頭をひねると、背後からまた紫雲さんの声がした。


「そうだトウコさん。先日は妃の手前言えなかったことがあるのですが……これ、早すぎると思います」


「……何が早いんですか」


筆を持とうと思ったところだったので、少しのわずらわしさを込めて振り向く。

すると紫雲さんはいつの間にかちゃっかり自分のものにしていた『桃蜜とうみつ』を開いてにっこり微笑んだ。


「日常的に宝具パオジーを装着していると、完全復活まで時間がかかるんですよ。媚薬があったとしても既に××とか、××してすぐ××とかはあり得ないでしょう」


ハルちゃんの美しい顔と声から発せられるのは到底許されない単語(書いたのは私だが)を、舞台役者ばりの確かな声量で述べられてしまった。


「……完全復活────っ!?」


リアルな光景を想像してしまい私は急に恥ずかしくなる。

……そうか。そうだったのか。彼らは1日の半分以上をアレで抑えつけているから────。


「ええ。媚薬の影響は先日この身をもって実証しましたし?」


そう言って紫雲さんは誇らしげに胸に手を当てた。

……そうだ。この人は先日、自分が媚薬を飲んだと思い込んでいるのだった。ただでさえこういう時の彼は厄介なのに余計ややこしい。


謎に得意満面な彼は続ける。


「それゆえ我々の行為はとにかく長期戦。その辺りを妃たちに誤解されては困りますね」


無駄に「長期戦」を強調しながらぐいっと顔を寄せられれば、あの媚薬(効果ZERO)を飲んだ時の紫雲さんがよみがえる。

頬を赤く上気させ、半開いた唇から吐息を漏らす端麗な顔────


「────っ!」


私は慌てて手巾(ハンカチ)を出し、窒息させんばかりの勢いで美貌を塞ぐ。


布に包まれた紫雲さんは「私の美しい顔になんてことを」みたいな台詞を言っているようだがフガフガとしか聞き取れない。


私は叫ぶ。


「────BLは!!ファンタジーなんです!!」



海の向こうでは紫式部が源氏物語を書いているだろう時に、私はいったい何をやっているのだろう。



*   *   *



「トウコが書いた物語、なかなか面白かった」


後日、陛下は小説を読み終えるとわざわざ私を清龍宮へ呼び感想を述べてくれた。


「ありがとうございます」


謹慎中に私が書いたのは『化粧師』という物語。

ラノベ風のタイトルを付けるとしたら『美容男子、召喚~後宮で宦官(仮)にされた俺がメイクスキルで国王に愛されてるんだが?~』というところだろうか。

とある国の後宮に召喚された青年が、特殊な力を持った化粧師として妃嬪たちの問題を解決してゆき、最後はなぜか自分が国王に見初められてしまう話だ。


陛下は手元のページをめくりながら問う。


「この主人公は、化粧を施しただけで人の骨格や声まで変えてしまうのか?誰ひとり元の姿に気づかないとは…」


美容男子な主人公は、現代のメイクスキルに加え聖人の能力によって、人を全くの別人に変身させることができるのだ。


「彼の聖人スキルはいわば認識魔法なんです。化粧で姿形を変えるのではなく、それを目にした相手の認識機能に作用し、別人のように錯覚させてしまうという」


「……なるほど。だから妃だけでなく国王も簡単に宦官や民にふんすることができたのか。すごい力だ」


ちなみにここに出てくる国王は憂炎陛下とは似ても似つかない、ごう慢でワガママな男。側近の宦官を妃へあてがって、自分の代わりに子を作らせようとするとんでもない奴だ。


「それにしても、てっきりトウコは自分の祖国の話を書くのかと思ったが」


私は拱手しつつ答える。


「私にとってはこの世界での出来事以上にドラマチックなことはないので。後宮を舞台にしました」


後宮こそBLネタの宝庫……ということは置いておいて、これも本音である。

紫雲さんのアドバイス通り"私の物語"を書いてみると自然とこういう形になったのだ。


「それに私には言語能力しかないので。せっかく聖人として召喚されたのなら、こういうスキルが欲しかったなという願望も込めました」


私は自虐をまじえ笑った。


「……そうか、」


そう言って微笑んだ陛下の目が少し悲しそうに伏せられたのを、いっしゅん不思議に思った。

しかしすぐ視線を上げた陛下に「これはまだ続くのか?」と期待を込めた声でたずねられ私は返答に迷う。


「そうですね。まぁ書こうと思えば…」


続きを書くとしたら、曖昧だったBL要素が顕著になってしまうのだが…。

そう考えあぐねているうちに今度は「書けたら読ませてくれ」とはっきり催促されてしまった。


「……かしこまりました」


つるりと綺麗になった陛下の頬が目に入れば、私はうなずくしかなかった。



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お読みいただきありがとうございました。


もし気に入っていただけましたら、応援やコメント★などいただけると大変ありがたいです。


今後もよろしくお願いいたします。

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