行幸②

王都の南にある高州は薬用植物(生薬)の一大産地である。

今回の視察では実際に栽培している生薬を見せてもらうことになっていた。


グレイヘアーを後ろで束ねる州知事の案内で畑を歩くのは陛下と私、側近の青藍さんたち。薬に詳しいチェンさんも一緒だ。


可愛らしい見た目の橙さんだが、10代前半の頃に厳しい医生試験をくぐり抜けた秀才で、陛下や妃嬪からの信頼は厚い。

これは以前紫雲さんから聞いた話だが、かつて宦官たちが"本物の宦官"だった頃、後宮にまともな教育を受けた医師はほとんどいなかったそうだ。

今のように優秀な医官に私達がかかれるのは、宦官制度の改変と、かつて聖人として召喚された医師のおかげだという。


私たちの目の前には整然と緑の植物が並び、茶畑のような景色が広がった。

私はその中に小さな紫色の花を見つけた。


「これ可愛い花ですね。色がキレイ」


花に思わず駆け寄ると橙さんがたずねる。


「トウコ殿は紫色が好きなのですか?」


「まあ、そうですね」


いつもの癖でつい紫に反応してしまった。

紫は推しカラーだ。ハルちゃんの色でもあるしついでに紫雲さんの色でもある。

本当ならこの紫の花畑をバックにハルちゃんのアクスタの写真でも撮りたい所だ。


「これは丹参たんじんという生薬です」


知事の言うタンジンという言葉に、頭の中にサルビアの花が浮かぶ。つまり日本であの赤い花を咲かせるサルビアの仲間ということだろう。


「へえ。丹参はこんな色の花をつけるのですね。根はだいだい色なのに」


橙さんが言うと、知事は私たちに向けてにっこりと微笑んだ。


「生薬にするのは根だけですからね。花は使いませんので、よければお好きに摘んで下さい」


私はお言葉に甘えて、畑の中から特に花が多くついているものを5本ほど茎から摘んでいく。


……そうだ。サルビアならきっと────


私は丹参の細長い筒状の花びらを指で摘まんで、がくから引き抜く。


「陛下知ってますか?これ花に蜜があるんですよ。子供の頃よく吸ってて……」


そう言いながら隣にいた陛下に花びらを渡す。そして手本を示すように自分は口に含んでみせる。


「……そうなのか」


陛下も真似して口に含んだ。


「おい、陛下に草を食わせるな!」


青藍さんが睨んできたが私は無視する。私は渡しただけで口に含んだのは陛下自身なのだ。


サルビアの蜜なんて懐かしい。

こうして花の根元を吸えば、ほのかな甘みが口に広が………


………らない。


全然甘くなかった。


私は舌に乗せた花びらを指で取り出し陛下に言う。


「すみません………故郷の花とは少し違ったようで」


甘みの代わりに口内から鼻へ広がる青臭さ。


青藍さんの言う通り私たちはただ"草を食った"だけだった。


「………」


陛下は無言で唇からぷっと花びらを吐き出した。


「お妃様はずいぶんひょうきんな…いえお元気な方ですな」


私たちを見ていた知事が笑う。

橙さんが苦笑いで答える。

青藍さんはこちらを睨んでいる。


ちなみに丹参の効果について聞いたら、血の巡りを良くするのだそう。

橙さんが言うにはいわゆるPMSや生理痛にも効くとのこと。後宮では重宝されるので多めに仕入れたいと話せば知事はとても喜んでいた。



*   *   *



次に紹介されたのは蘇葉そようという生薬だった。


「こちらは気の巡りを良くして病邪を払います。食中毒の治療などに」


知事の説明に橙さんが付け加える。


「うちでは脾胃の弱い方の風邪薬にも加えますね。通常の風邪薬は麻黄など強い生薬も多くて、体力の無い方には使いにくいんですよ」


この植物は日本と同じ見た目、そして香りも。

私は畑にしゃがんで匂いを嗅ぐ。


「シソだー!これ香りが良くて美味しいですよね」


そこに生えていたのは青じそではなく、梅干しや某ふりかけのような赤い色をしたシソだった。


「……?」


周囲の皆が一瞬、耳を疑うような顔をして私の方を見た。

橙さんが不思議そうにたずねる。


「……トウコ殿は、これを食べるのですか?」


「はい」


「どのように?」


「そうめん……冷たい麺とか、豆腐とかに添えて。あとご飯と混ぜて!」


「ええ!これをご飯に!?」


なぜか知事も声を上げ、皆が驚き顔を見合わせている。


「え、何でですか……?」


どうやらこの国でシソが生薬として注目されだしたのは最近らしい。

もともとは道端に生える雑草だったという。


つまりシソご飯は彼らにとって雑草飯……。


困惑する皆の中でただ1人無表情の陛下がぽつりと言う。


「トウコはさっきから草を食してばかりだな。好物なのか草が」


首をかしげ、微塵の嫌みもなくそうたずねる陛下に返す言葉がない。


「いえ……草は……草ですね、ハイ」


陛下の横で青藍さんの頬が一瞬ぴくりと動いた。笑いを堪えてるに違いない。


陛下の寵妃が草食う変わり者というイメージがついたところで見学は終了した。



*   *   *



その後は屋敷に戻り、知事や実際に栽培を担う薬草農家を交えての会談が行われた。

これまで国内でのみ流通させていた高州の生薬だが、質が良く異国の商人からの人気も高いので他国への輸出も考えているらしい。


話し合いによって、生産量よりも出荷にコストがかかりすぎるという問題が浮き上がった。


橙さんが言う。


「現状入荷する生薬は、花など不要部分がついた状態のものも少なくないです。御薬院ぎょやくいんの薬師らはそれを取り除いてから製薬を行っています」


知事が呟く。


「なるほど。無駄なものも運んでいたということですか」


それに答えるように農家の男が言う。


「何が必要で何が無駄なのか、我々は知らないのです」


これまで生産地ではあくまで生薬の栽培にのみ従事しており、植物のどの部分がどう使われるのかの知識は共有されていなかったそうだ。

知識どころか生薬を口にしたこともない生産者も多いという。

何だかガーナのカカオ農家と似た構図である。


橙さんが再び口を開く。


「そうですね。例えば蘇葉は紫蘇しその葉の部分のことですが、種や茎はまた別の生薬として使用します。素人判断は難しいかもしれません」


双方の話を聞いた陛下が言う。


「では近日中に薬師を含めた有識者をここへ集め、生薬の出荷形態について話し合えるようにしよう」


今後はこの高州であらかじめ生薬から不要部分を取り除き粉砕しておくなど、輸送コストを下げる工夫をしていく方向で話はまとまった。


王都からは高州へ作業量に応じた手当が約束された。

さらに宮廷の薬師が使用する薬研(生薬を粉砕する器具)や、最新の脱穀器具を支給することになった。


「人員の確保は可能か?」


陛下が浅黒い顔の農夫の方を向いて問う。対比で陛下の肌がいっそう白く見えた。


「冬の閑期に作業を行えば、今の人員で十分賄えるかと」


扱うのが植物である以上、季節で仕事量に大きな差ができてしまう。

収穫量が落ちる時期に仕事がもらえることはむしろありがたいという。


「では今回はしまいとする。貴重な話が聞けて良かった」


私は彼らから少し離れた場所で議論を眺めていた。

議論の内容そのものよりも、国王陛下がこんな風に庶民と同じ卓を囲んで話す姿に驚いていた。


まっすぐな瞳で民の話を聞く陛下の横顔を見た時、なぜか丹参の花を口から噴き出した時の彼が思い浮かんだ。

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