桃子です。

 ある日突然中国風の国家、覇葉国はようこく後宮の仏殿(お寺)へ召喚されてしまった私は、とりあえず大仏様の前から離れ仏殿内の執務室へと連れてこられた。

 召喚時に目の前にいた青年3人も一緒だ。


「お嬢さんのお名前は?」


 ここでも私に質問するのは長髪美人の紫雲さん。後宮でも女性たちの話し相手をしているらしくコミュ力が高い。あと声色や喋り方が艶っぽい。


「トウコです」


「どう書くのですか?」


 "どう書く"ということは、やはり漢字の文化があるのだろう。

 差し出された紙に少し戸惑いながらも私は筆で<桃子>と書く。


「おや、可愛らしい名ですね」


「へえ、まあ。どうも」


 あっしにゃあとても似合いませんけどねえ、と言わんばかりのおどけた薄ら笑いを浮かべてみせる。

<桃子>という名で生きてきた二十数年の間で何百何千としてきたこの反応を、まさか異世界でも披露することになるとは。


 私の名前、本当は桃子と書いてそのままモモコと読むのだが、モモコ呼びが苦手なのでトウコと呼んでいる。


 苦手な理由は<モモコ>が可愛すぎて似合わないっていうのも勿論あるのだけど

 ……桃って小学生の時謎にお尻のイメージがあったんだよな。


 よってはじめ<モモちゃん>だった私のあだ名は、モモちゃん→モモジリ→モモジリエリカ→エリカ様になった。

 最終的にモモコは跡形もなく消え去ったわけだ。

 とかくエリカ様時代は悲惨だった。会う人会う人に「何でエリカ様?」とたずねられ、その度にこのあだ名遍歴を自ら説明せねばならなかったのだ。

 それは思春期の少女の性格と笑顔をひん曲げるには十分すぎる苦行で────



 ────いかん。黒歴史を思い出している場合ではなかった。


「……あの、なぜ私は呼び出されたんでしょうか?」


 3人に向かってたずねてみるが、やはり答えたのは紫雲さん。


「覇葉国では新しく後宮を構える際、“異界より聖人を召喚し、後宮のあり方を導いてもらう”という習わしがあるのです」


 憂炎陛下が国王に即位したのは5年前だが、その時彼はまだ13歳の子供。

 18になり政務を完全に引き継いだ今年改めて彼の為の後宮が完成したのだという。


「“聖人”というのは具体的にどんな能力が?」


「時代によって異なっていたそうです。ある時は何でも当たる占い師、またある時は腕の良い医師など」


 医師や占い師なら確かに、後宮の女達にはさぞ喜ばれただろう。


「能力の種に関わらず、どの時代の聖人も後宮を良き方向へ導いてくれたそうだ」


 ようやく口を開いたのは堅物そうな丸眼鏡の青藍さん。彼は後宮管理におけるトップの地位にあるので、その辺の歴史については紫雲さんより詳しそうだ。




 そして目下の問題はその“聖人”に、何のスキルも無さそうな私が果たして該当するのか?ということだ。


「ちなみにトウコさんの特技は何でしょうか?」


「えーと……」


 私の特技って何だろう。免許は自動車しか持ってないし仕事はデスクワークだし。この国に自動車もPCもないだろう。


 私は思考を広げる。


 ────特技、得意な技、特異な技……?


 BLコミックの表紙を見ただけで瞬時にどっちが受攻か分かるとか

 BL小説読んだら最適な声優さんで脳内キャスティングとアテレコまでできちゃう……とか


 ────なんて、この美青年たちを前に絶対言えない。

 ていうか翻訳されないだろう、BLなんて。


 推し役者への手紙なら便箋何十枚だって書けるとか……?


「あーーーー!!」


 私が突然叫び出すと、3人はビクッと肩を震わせ驚く。

 そして何事かと互いに困惑した顔を見合わせている。


 ────忘れていた。

 手紙といえば、元の世界で出そうとした私のファンレが無い!ていうか荷物が丸ごとない!ということは手紙だけ元の世界に?


 推しの名前も私の本名もしっかり書いてあってやばいよアレ!中身はさらにヤバいよ!


 うわあああ絶対帰りたくない!!生きて戻って、アレが他人の目に晒されてたらもう……


「生き恥だあ~~~~!!」


 くれないだーーー!!と言わんばかりの雄叫びを上げ、両手で頭を抱えヘドバンし始める私。


 あまりの奇行ぶりに3人は「トウコの特技:これといってなし」の判定を既に下していたらしい。


ついに無視を決め込まれた。



 丸眼鏡の青藍さんが紫雲さんへ小声で言う。


「やはりさっきの、あらゆる言葉が分かる、というのが唯一の能力か?」


「そうだと思います」


「そんなもの、一体何の役に立つ」


「使いようによってはアリかと。王太后様の手紙の件もありますし、四夫人だって……」


「だが、しょせん言葉だけでそのような、後宮を導くことなどできるのか?」


「とりあえず、やってもらいましょうよ。まずは王太后様の……」


 彼らのヒソヒソ話はよく理解できなかったが、いまだヘドバンしていた私は正直それどころじゃない。


「……そうだな。それでよろしいですか陛下?」


 青藍さんにたずねられ、ずっと無言だった陛下が小さな声で言った。


「……好きにしろ」

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