第2話 亡霊が住む学園

 次の日、俺と愛理あいり姫野ひめの市立高等学園の校長室を訪れていた。

 尚樹なおきの親戚であるおじいさんがこの学園の校長先生でもあり、すんなりとアポイントが取れたことに感謝したい。


 ──チリやホコリもなく、小綺麗なフローリングの部屋には壁伝いに左右対称に棚が並び、大量の資料集や経済関連の書物が置かれた本棚、ガラス棚には優勝トロフィーやメダル、賞状がズラリと展示してある。

 平たく直訳すると、この学園の歴史資料室といった所だろうか。


「──お察しの通りじゃが、この学園には幽霊が住み着いたという噂が蔓延まんえんしてまして」

「何かゾンビになったような物言いだな」

龍之助りゅうのすけ、校長先生をおちょくらないの」

「だってさ、幽霊なんて非科学的なもん信じる方がおかしいぜ」


 奥の窓際の黒革なデスクチェアに座っている黒いビジネススーツの男性。

 丸眼鏡をかけ、白髪の出で立ち、さらに鋭い眼光をちらつかせ、学園のトップに君臨するおさのビリビリとした気迫が伝わってくる。


 このお硬い人が陽キャで親しみやすい尚樹の知り合いでおじいさんとか、全然別格だろー!?

 そんなおじいさんがこの世にいるかも知らん幽霊がどうこうと言い出して、どこから反応していいものか……。


「ほおほお、このワシの言うことが信じられないとは。被害者は増える一方だと言うのに」


 不機嫌そうな校長が椅子に深く身を任せ、白髪頭に片手を当てて、ウムウムと一人で悩んでいる。


「おっ、おじさま。いや、九曼荼羅くまんだら校長。この男はこの屁理屈ばかりでワガママな探偵でして」

「それは存じておる。だから依頼を取り消してじゃな……」

「あー、校長。ストバのコーヒーとか飲みたくありません? 後からコンビニで買ってきますのでどうか依頼だけは!」


 九曼荼羅という宗教団体のような名字に圧倒されるが、コンビニでストバの商品が買える日が来るとは。

 あれ? しかも依頼受ける受けないうんぬんの話に流れてるし……。


「フハハハ。面白いお嬢さんじゃな。安心せい、ちょっとした冗談じゃよ」

「何だあああ、良かったあああー」


 愛理がヘナヘナと脱力してフローリングの床に尻餅をついた。


「愛理、床で寝ると風邪をひくよ」

「誰のせいだと思ってるのよ、バカ○ン!」

「俺の存在価値って一体……」


 愛理の毒舌をまともに食らい、天才バカ○ンの気持ちになる。

 あの腹巻き温かそうだし、年中軽装だからヒートテックを重ね着か。

 俺もせめて腹巻きくらいの役には立ちたい……。


「このまま幽霊騒ぎが続きますと、来年度の入学生にも減少する恐れもあり、下手をすれば近隣の学校と統一する可能性もあるのです」


 九曼荼羅校長が両手を握り、デスクにひじをついて深刻そうに語り始める。

 統合したらその分、校長先生になれる確率も減るな。


「そうなればワシも校長からお払い箱になり、家族を養っていけるかどうか……」

「結局は私利私欲しりしよくのためか」

「龍之助! それは失礼でしょ!」

「分かってるよ」


 校長とベテラン先生の給料ってそんなに変わらないと思う(勝手な推測)のだが、よほどその職を気に入ってるようだな。


「九曼荼羅校長。その話をもっと詳しく説明してくれませんか」

「うむ。そうじゃなあ……」


 ──兵光ひょうこう県、姫野市立高等学園。

 創立百年という老舗な学園であり、校則やルールが厳しく定められた進学校。

 卒業後は大学に入学する生徒も多く、由緒正しき高校でもある。


 またこの高校は偏差値も高めで、普通に中学を卒業しても合格する確率は低く、文字通りガリ勉が集う巣窟と異名が付けられた。

 よってそれなりの学力がないと入学すらも叶わない。


 そんな最中、大学受験を苦にして高三の女子生徒がトイレで命を失うという事故が起きた。

 着衣の乱れも第三者と争った形跡などもなく、警察は自殺としてその場を収めた。


 しかしそれから三ヶ月後の五月、今度はこの学園に七不思議と呼ばれる怪奇な噂が飛び交った。

 後に亡くなった女子生徒が怨みと妬みによって、この七不思議を作り上げたとSNSで瞬く間に広まり、姫野市立高等学園は亡霊が住む学園と別の意味で有名になったとか……。


「──七不思議ねえ、また信憑性のない出来事が……ここの学生たちは勉強以外に妄想ごっこも好きなのか?」

「龍之助、そんなこと言わないの。校長先生が真剣に悩んでるんだよ!」

「お前、さっきから怒鳴ってばかりだな。そのうち血管ぶち切れるぞ?」

「誰のせいよ!」


 愛理が俺に当たり散らすのを冷静になだめようとするが、逆効果のようだ。

 まあ、俺は義妹のヒステリーに付き合う気もないし……放っておいたらそのうち冷めるだろ。


「九曼荼羅校長、幽霊というからに夜な夜な活動をしている騒ぎの現況を突き止めるということですね」

「うむ。話が早くて助かる」

「いえ、これも仕事ですので」


 例え、幽霊という未知な相手でもスピーディーかつ、手早く対応する。

 それが俺流の扱い方だ。


「うんうん、龍之助もいい子に育ったね」

「愛理、お母さん発言は止めろ」


 早くも怒りから冷めた愛理がほっこりとした顔でこちらに微笑んでくる。

 何で女の子って自分が優勢になったらお母さん目線になるのやら……。


「早速で悪いが、今夜この学園に決行してほしいんじゃ。勿論もちろん、この学園の作りに慣れた生徒たちと同行しての」

「つまり夜中に起こす怪奇現象を生徒と共に突き止めて欲しいと……」

「そういうことじゃ。依頼のお金は前払いと後払いの二回に分けよう。亡霊に魂を奪われる恐れもあり、危険手当も別に付けてじゃな」


 九曼荼羅校長が茶封筒の包みを俺の方に置く。

 持った感じも重たく、中身もそれなりに入っている。


随分ずいぶんと太っ腹ですね」

「ワシも困っておるしな。そう考えると妥当な金額じゃろ」


 まるで夏のボーナスを受け取った感覚の俺に納得のいく説明をする校長。


「さあ、ワシの話も終わりじゃ。長旅の疲れもあるじゃろう。この部屋の奥に仮眠室がある。夜までゆっくりしていくと良い」

「「ありがとうございます」」


 俺と愛理はお互いにハモった挨拶も気にせず、頭を傾けて大きく感謝する。

 十分な金額の上に前払いあり、しかも他の生徒が来れない休憩室の提供までしてくれるんだ。

 これほど美味しい依頼は初めてだ。


「うむ、素直なカップルでよろしい」

「「それは違う」」


 俺と愛理の声が再びリンクする。

 恋人として干渉せず、校長の想いを否定すると言う表現で……。


「何じゃ、つまらんのう」

「何か誤解してませんか。この子は俺の妹ですよ」

「そうですよ。こんな冴えない兄ですし」


 俺と愛理との関係は兄妹であり、恋愛に発展することはない。


「ホッホッホ。まあゆっくりとしたまえ。何かあっても緊急連絡先に繋がるボタンもあるしの」


 九曼荼羅校長が俺たちに背を向け、軽く手を振りながら部屋から出ていく。


「あのじいさん、知っててハメたな」

「まあ、龍之助、夜まで時間あるし、行こうよ」

「お前のその切り替えの速さって何だよ」

「それがヘッポコ探偵を支える助手の役目でしょ」

「ヘッポコで悪かったな……」


 俺と愛理は備え付けの一つだけのベッドに仮眠する気にはなれず、お互いに部屋の隅に座り込み、スマホをいじりながら夜まで時間を潰した……。

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