勇者召喚って誘拐じゃないですか? 11

 新たな協力者を巻き込んだので、我が身としても動かなければいけない状況になりました。このままでは我が身だけでなく、マリアンヌやサラサにも危害が及んでしまうかもしれません。


 それは私の望むところではありませんからね。


「ユーク・ダ・フェイ公爵様、本日は面会の機会をいただきありがとうございます」

「うむ」


 蓄えられた脂肪の厚みは、肉体だけでなく顔を二倍に膨れ上がらせるほどの贅を極められたお方が目の前に座っておられます。

 此度の事件の容疑者の一人として、最も有力な人物に直接会いに来たのです。


「それで? なんのようだ? 法務省は設立されてそれほど数年しか経っておらん。それほどの力はないことはわかっているであろう?」


 こちらの意図を読まれているのか、最初から放たれた牽制に我が身は口角を上げずにはおられません。

 

「はい。全く力がない機関ですので、ほとほと困り果てております。先日は、法務省が襲撃させれるという事件が起こりました。我、執務室も襲撃を受けた場所でして、しかも法務省を襲撃した犯人は一人も捕まっておりません」

「ふん、警備隊共は何をしているのか? 職務怠慢である」

「全くです。ですが、私としてはそこまで仕事ができないのでは王都の治安を守れないと思っております」

「その通りだな」


 ほくそ笑むように、愉悦に歪む頬は肉の重みを感じさせます。

 とても醜悪に見えるのは、元のお顔がお綺麗だったからでしょうか? 飾られている若き日の肖像画は、とてもイケメンで隣に描かれているのは王様だろうと推測できます。


 つまりは、兄と弟が並んで描かれた肖像を飾っておられると言うことです。


「ですが、彼らの中にスパイが居れば、それも可能ではないかと我が身は考えました」

「スパイ?」

「はい。法務省を襲撃して、逃す手引きをした者が警備隊にいるのではないか? そして、法務省を襲撃できるだけの裏の手駒を持っているのは誰か?」

「うむ。話が見えてきた。貴様が我に聞きたいのは、我が襲撃班を裏で操っている黒幕か? そう言うことだな?」


 さすがは政治に鋭い方だとお聞きしただけのことはあります。

 察しがよくこちらが意図を話しても不快そうな顔を見せません。


 よく、こう言う場合の犯人のテンプレとしては、笑うのです。

 動揺を隠すために笑って誤魔化そうとします。


 ですが、動揺は見られず、反応も薄い。


「はい。ですが、かまをかけてみましたが違ったようです」

「ほう、今の受け答えで何がわかる?」

「公爵様は、全てをわかっているような顔をされました。それは犯人が誤魔化すような態度を取るのではなく、どちらかと言えば、傍観者? もしくは知っているが見て見ぬフリをしている観察者のようです」


 我が身の言葉に、今度は公爵様が笑みを作りました。


「面白い。シャーク・リブラと言ったな。貴様には何が見えておる?」

「まだ何も、まるで霧の中を彷徨っているような状態です。犯人という相手を探して、霧が立ち込める街の中を彷徨いながらヒントを探している状態です」


 公爵様は、我が身が考えていたよりも聡明で、また狡賢い方なのだと認識を改めました。


「そうか、霧を彷徨うか。面白い表現だ。貴様の態度と、その言葉に免じて私からもヒントをやろう」

「ヒントですか?」

「ああ、此度の犯人は、欲がない」

「欲でございますか?」

「そうだ。まるで実験を行うように、試しているのだ」

「試している?」


 公爵様の言葉は、どこか謎めいているようで、凄いヒントを言ってくれているようにも思える。


「ちなみに公爵様は、犯人を知っておられるのですか?」

「それは知らない」


 今まで多くの嘘を聞き分けてきた私の右耳は能力を発動していないので、嘘を聞き分けることはできません。


 それでも、嘘をついていないということを理解してしまう。


「わかりました。本日は、お時間をいただきありがとうございます」

「うむ。今後の王国がどのように動くのか、貴様のような文官の働きによるのかもしれないな。王政は終わりが近いのかもしれない」


 我が身が立ち上がって扉を閉める瞬間に聞こえてきた声は、どこか物悲しく。噂に聞いていた傲慢で、権力に執着しているような人間だと言っていたサラサ王女の言葉は、実際あった公爵様には当てはまらないように感じました。


 どちらが本当の公爵様なのかわかりませんが、我が身は、公爵様を嫌いではないと思えました。


「さて、これでは振り出しに戻ってしまいました。他の方々が集めてきてくれる情報を頼りにしなくてはいけませんね。それともう一つ。欲がないという公爵様から頂いた言葉で、私は一人の人物が頭の中に浮かんできました」


 ですが、もしも彼が犯人なのだとしたら、捕らえることは難しいでしょうね。


 公爵邸を後にした我が身は場所の中で、深々とため息を吐きながら、犯人の次なる行動を予測して手を打つための準備に入る必要があるようです。


「シビリアンに用意してもらったアイテムを使うしかありませんね」


 本当は使わないことを願っていましたが、仕方ありません。

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