第17話 ノエルと交換条件

 八月の末、夏休みも終盤になっていた。しかし暑さは一向に収まらず、まだまだ暑い日が続いていた。


 そんなある日、ノエルたちが過ごす寮にある噂が流れた。それは学園で一二を争うイケメンであるライが、行方不明になっているというものだった。


 そしてその噂は学生の間でよくある眉唾なものではなく、信憑性の高いものだった。事の発端はライのルームメイトが、ライが帰って来ないことを不思議に感じ、寮内を探したことだった。


 ライのルームメイト曰く、昼に荷物を持たずに出掛けたとのことだった。そのため帰省している可能性はなかった。


 ライはある日に用事があると出掛けてから、連絡が取れず、姿が見えなくなったのだ。取り巻きを連れずに一人で出掛けたようで、ライの足取りを知るものはいなかった。


 その噂を聞いたノエルは、ライのことを心配していた。体育祭の一件からノエルは、ライのことを気に掛けるようになっていた。


 ライから本音をぶつけられながら戦ったことで、ノエルはライの心情を慮るようになっていたのだ。


 そんな心配をしながら、ノエルは日々を過ごした。



          ※



 ライが行方不明という噂が流れ始めて数日、未だにライは見つかっておらず、寮にも帰って来ていなかった。


 そんな日の夜、ノエルは食堂で晩ご飯を食べていた。ノエルはご飯を食べながら、食堂にあるテレビを見ていた。テレビにはニュースが流れていた。


 そのニュースで、学園の近辺で起こった事件が報じられていた。学園からそう遠くない場所にある街中のカフェで、能力者同士の激しい争いがあったらしかった。


 テレビにはその争いのあった現場の様子が映し出された。そこではよほど激しい戦闘があったのか、現場のカフェは原型を留めていなかった。


 地面は抉れ、割れたガラスが散乱し、血のような跡まで残っていた。まるで爆弾が爆発したかのような跡だった。


 能力者が溢れる昨今、能力を使った喧嘩や傷害事件はよくあることだった。しかしここまで大規模な戦闘の跡はかなり珍しいものだった。


 そしてこの事件にはおかしな点がいくつかあった。まずこの戦闘があった場所には、店員も含め誰もいなかったのだ。


 店員曰く、その日は休みだったため、誰も店に出勤していなかったらしい。そのため目撃者がいなかったのだ。


 またこの戦闘による血の跡などはあるのだが、怪我人なども見つかっていないのだ。現場の痕跡から、争いがあったはずなのだが、その当事者が見つかっていないのだ。


 警察は情報提供を求めている、とニュースは締めくくられた。そしてニュース番組は次の事件を報じ始めた。


 ノエルはそのニュースを見て、不思議に感じていた。



          ※



 カフェでの事件がニュースで報じられた次の日、ノエルは一人で出掛けていた。


「ノエル様、お時間よろしいですか?」


 そんなノエルに声を掛ける人物がいた。それはいつものナンパではなかった。


 ノエルに声を掛けたのは、この炎天下の中で黒服を着た女だった。ノエルはその黒服の女を見てすぐに件の、ノエルを自分のものにしようとした女の使いだと理解した。


 そのためノエルはその女のことを無視して歩き続けた。しかし黒服の女のある一言でノエルは足を止めた。


「ライ様のことで話があります」


「何か知ってるんですか!?」


 ノエルはまんまと餌に食いついてしまった。ノエルは黒服の女に詰め寄った。ノエルが話を聞いてくれるとわかった黒服の女は、鞄からタブレットを取り出した。


 そして黒服の女はタブレットを操作し、一つの画像をノエルに見せた。そこには金髪の美男子が映し出されていた。


 それは囚われたライだった。ライが囚われているのは、犯罪をした能力者が収容される能力を無効化する檻だった。ライは鋭い眼光をしており、無事のようだった。


 画像を見たノエルは、すぐに件の女がライを捕らえたのだと理解した。ノエルは能力を全開で発動した。半竜半人の姿になったノエルは、目の前の黒服の女の首を掴んだ。


「ライ君はどこにいる! 教えろ!」


「私は知りません」


 ライの居場所を聞き出そうとしたノエルに対し、黒服の女は冷静に対応した。ノエルは首を掴む手に力を込めた。


 黒服の女は苦しそうにしながら、言葉を紡いだ。


「私はただの下っ端です。私をどうこうしたところでライ様の居場所はわかりませんよ」


 黒服の女はあくまで冷静に対応した。それを聞いたノエルは一旦首を掴んだ手を放し、黒服の女を解放した。


「落ち着いて話を聞いて頂けますか?」


「わかった、話せ」


 ノエルは毅然とした態度で、黒服の女に用件を話すように促した。


「私の雇い主であるエリー様は、交換を希望しております」


「交換?」


「はい。ライ様を解放する代わりに、エリー様のものになって欲しいのです」


 黒服の女はエリーの言葉を伝えた。それは交換条件だった。ノエルは無言で黒服の女を睨んだ。黒服の女はそれを気にせず、さらに話を続けた。


「交換の日時をお伝えします。八月三十日の十二時に、駅前に来てください」


 黒服の女は日時と待ち合わせの場所を伝えた。


「そしてこれは警告ですが、もし警察に伝えたら取引は中止です。ライ様の安全も無いものとお考えください。それでは失礼します」


 エリーからの用件を伝えた黒服の女は、ノエルを残しその場から去って行った。残されたノエルは炎天下の中、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る