#ユニ子走れ


「お兄、早速なんだけど……」


 奏多がVスタイルの事務所を訪ねた夜。

 配信予定時間の三十分ほど前になって部屋を訪ねてきた佳苗に、奏多は思わず顔を引きつらせた。


「なあ、流石に早くないか……?」


 奏多が配信のフォローに回る事を渋っていたはずの佳苗が今日の今日で奏多を頼るのだから、また自分じゃ対処できないトラブルを起こしたに違いない。

 奏多のそんな気持ちを表情から読み取ったらしく、佳苗は憤然と言い返した。


「違うわよ!私だってそうそうやらかしたりはしないっての!」


「じゃあ一体どうしたんだ?」


 ここのところ立て続けにやらかしているやつがよく言うよ、と口を突いて出てしまいそうになった本音をぐっと飲み込み奏多が問うと、仏頂面で佳苗が理由を説明する。


「今日の配信がコラボ配信なんだけど……」


「ああ、例の新作FPSを皆でやるっていう」


「そうだけど、なんでそれを知ってるのよ」


 奏多が言葉を引き継ぐと佳苗は露骨に嫌そうな顔をした。奏多に配信内容を把握されているのがご不満らしい。奏多としても個人的な事情として妹の配信を覗くことを避けていた身なのでそのように思われるのは不本意だった。故に、速やかに反論する。


「そりゃあシャルロッテのフォローを頼まれた以上配信のことは把握してチェックしとかないと不味いだろ。前みたいに音声を消し忘れてるところに地声が入ったら目も当てられないし」


「うっ……。そ、そんな過去の話よりこれからの話よ!」


 暗に己のやらかしを指摘された佳苗は一瞬怯んだ様子を見せたが、話題をすり替えて誤魔化しにかかる。奏多としては今後のことを考えるとその辺りのことを追及して佳苗のポンな部分を何とかしたい所だったが、あまり突っついてしまうとせっかく見えてきた関係修復の糸口をふいにしてしまう可能性があるためここは矛を収めて佳苗に乗ってやることにする。


「それで、今回はどんな話なんだ?」


「実は配信の参加者のひとりが遅刻するみたいで……」


「ああ、寝坊か」


「VTuberが遅刻したら寝坊みたいな反応やめてくれる?寝坊だったら配信開始時間前じゃなくて配信中に一通りネタにしてから相談に来てるわよ」


「そもそも寝坊が常態化してるのが問題……まあいいか。しかし、トラブルが発生してもただでは起きないVTuberのたくましさは見習いたいな」


「でっしょ~!やっぱりVはそれぐらいの心意気でないと……ん”ん”っ!」


 奏多の感想を前半を無視して都合良く聞いたらしい佳苗は上機嫌に応じたが、思い出したように咳払いをして仏頂面を作った。


「……まあとにかくそういうわけなんだけど、いつもだったら寝坊の時みたくネタにするなりSNSで視聴者に謝って配信を遅らせるなり都合のつく人を探して代役立てるなり、やりようはいくらでもあるのよ」


 どうやらまだ本格的に打ち解けてくれるわけではないらしい。奏多は内心残念に思いつつも、表面上は佳苗の言葉に頷いてみせた。

 VTuberの視聴者もなんだかんだタレントのちゃらんぽらんな部分を受け入れてネタにする傾向があるため、V側が対応を間違えなければ遅刻程度で炎上することはそうそう無い。

 佳苗が上げた対応のどれかで解決できる話に思えるのだが……。


「今回遅刻しちゃったのがユニ子ちゃんなのよね……」


「ああ、この前デビューした」


 佳苗の所属しているVTuber事務所Vスタイルでは先日新たに第五期生となるメンバーが加入しており、その中のひとりがユニ子ちゃんこと白鞘しらさやユニだ。

 彼女はユニコーンの化身であるが故にの人々からの人気が高く、配信のコメント欄が他のVに比べていつもうるさいことで知られている。ユニ本人はいたって真面目な人物なので、初配信の時は自分がどんなネタにされているかも理解しておらずぱっと見荒れているコメント欄を見てあわあわしていたのだが。


「僕も切り抜きとかを見るけど、そんな遅刻をするようなだらしない子には見えなかったけどな」


「あの子もいつもだったらそんなことやらかさないわよ。けど……」


 佳苗はちょっと言い辛そうに口籠る。


「今日のお昼に突発的に同期で集まって遊んでたらしくて。リアルで同期と会うのも初めてだったとかで嬉しくてコラボのことを忘れちゃってたみたいなのよね。ちょっと遠出しちゃって、出先で雪緒からの連絡を受けて真っ青ってわけ」


「ああ~……それはまたなんというか」


 奏多がスマホを取り出してSNSを開きユニの名前で検索をすると、絶望の声を上げる本人のコメントがすぐに見つかった。


白鞘ユニ@Vスタイル五期生

あああああああああsfが;しfはんうぃsrh


白鞘ユニ@Vスタイル五期生

すみませんすみませんすみません


白鞘ユニ@Vスタイル五期生

私は新人の分際で先輩とのコラボを失念して同期と遊びに行ってしまいました。角を折ってお詫びします


 錯乱したようなユニの投稿に、コラボ相手のたちがメンションを付けて反応している。


更科『雪緒』@Vスタイル四期生

ユニちゃんキャラが壊れてます……


シャルロッテ・ハノーファー@最終皇女

角ってそんな土下座みたいなノリで折って良いのかしらね


アイオライト・ペテルギウス@一級ダイヤ堀り師

『五期生からの謝罪で埋め尽くされたディスコのチャット欄の画像』


松方もよこ@鋼の連勤術士

すみません、本日の配信ですが開始時間等々調整でき次第追ってご連絡いたします。

早めに情報を上げますのでしばらくお待ちください。


松方もよこ@鋼の連勤術士

また、コラボ参加者一同誰もこの件に対して怒っておりませんので、ユニ子ちゃんや他の五期生への誹謗中傷をすることがないようにお願い致します。


「珍しいやらかしパターンだな。これは」


 苦笑しつつスマホから顔を上げた奏多に、ため息を吐きつつ佳苗が応じる。


「そうなのよ。お陰で一緒に遊んでた五期生皆が責任を感じちゃってるみたいで、三人ともお通夜状態」


「事務所に加入したての新人が遊び呆けて先輩との約束をすっぽかすって言うと不味く聞こえはするけどなあ」


「確かに良い事ではないけど、こういう話だったら同期の友情をもっと押し出してエモに昇華しちゃえばむしろプラスになると思うんだけどねえ」


 奏多としても佳苗の意見に同意するところであるが、やらかした新人たちとしてはそうはいかないのだろうと推察する。


「なるほどなあ。……で、そんな状況で僕にどうしろって言うんだ?」


 僕の問いに、佳苗は躊躇うようにしばし沈黙したがやがて心底嫌そうな顔をしながら口を開いた。


「……先輩としてはこの程度のことで負い目を感じてほしくないし、できれば遅刻がちゃらになるぐらいに盛り上げて悪い空気にしたくないわけ。それで……アイのやつが、うちのメイドを引っ張ってくれば話題性でうやむやにできるんじゃないかって」


「ああそういう……って」


 一瞬納得しかけてからことの次第を察した奏多は思わず目を剥いた。


「それってつまり、僕に配信に参加しろって言ってるのか?それは……」


「あくまでユニ子が戻ってくるまでの代役!」


 奏多は佳苗の強い口調で言葉を遮られて思わず口を噤んだ。


「……ユニ子が家に戻るまでちょっと顔を出して場を盛り上げてくれりゃいいの。それ以上のことは望まないし必要ないから」


 場を盛り上げるだけなんて簡単に言ってくれるなと、奏多は内心で独りごちた。確かにシャルロッテのメイドは一時界隈の話題をさらった有名人だ。初めて存在を認知されてから数週間経った今でも時たま話のネタになっているようであるし、幸いにして事務所のマネージャーである狛江からは配信に顔を出す許可が出たばかりなので場つなぎにはちょうど良いと言えなくもない。

 しかし、今まではあくまでトラブル対応で一瞬声が配信に乗っただけであったから何とかなっていたが、配信に演者のひとりとして参加をするとなると話は変わってくる。

 身内でありメイドの事情を知っているシャルロッテだけと会話をする程度なら訳ないだろうが、他のVTuberとも会話をするとなるとどのようなボロが出るか分かったものではない。

 メイドが男とバレてシャルロッテが炎上するという可能性だけでも恐ろしいのに、うっかりプライベートなことを口走ってしまったら個人情報を特定される可能性もある。

 自分ひとりのことならば何があってもかまわないが、佳苗にも迷惑がかかるかもしれないことに気安く手を貸してしまっても良いのだろうか。


「……別に無理にやることはないわよ。嫌なら嫌でかまわないし。他の手がないわけじゃないんだし」


 逡巡する奏多に佳苗は言葉をかける。その表情はどっちでもかまわないと言うように無感動であったが、奏多はその表情を見て決断した。


「わかったよ。しばらくの代役ぐらいならこなしてみせる」


「そう?それならラインで私のディスコのID送るからよろしく」


 そう言う佳苗の表情は、先ほどよりも柔らかいものに見えた。

 どうやら自分の決断は正しかったらしいと奏多は密かに安堵する。

 奏多が佳苗と疎遠になる前。

 佳苗が先ほどと同じような表情をしていたことがあった。あれは確か……。

 記憶を掘り起こしている奏多に、さっさと部屋を出て行こうとしていた佳苗が振り返る。


「……ないとは思うけど、くれぐれもバレないようにしてよね」


 バレることはない、という意味での信頼だけは何故だかある程度あるらしい。思わず苦笑しつつも奏多は頷いた。


「努力するよ」


 そこでふと疑問が湧いて奏多は佳苗に問うた。


「そういえば、配信に参加するのはかまわないけど僕が通話用のマイクとかを持ってなかったらどうするつもりだったんだ?」


 聞かれた佳苗は一瞬固まると、ついと目を逸らした。


「そ、その時は諦めて配信を遅らせるだけよ。じゃ、配信十分前になったら簡単に打ち合わせするからさっさと準備してよね」


 逃げるようにして出て行く佳苗に、奏多は自分の心配よりも迂闊な妹をどうやってフォローするかの心配をするべきだということを思い出した。


    *


『……お、音入ったかな?みんな~聞こえてる~?』


 アイオライト・ペテルギウスの間延びした声に、シャルロッテの配信視聴者たちは反応した。


:聞こえてるよ~

:へろ~

:へろへろ~

:アイちゃんへろ~

:まあこっちのコメントはアイちゃんには見えないわけだけども

:はい


『よしよし、こっちは大丈夫そうだあね。みんなのとこもおっけー?』


 自分の配信の視聴者からのレスポンスを確認したアイオライトが他のメンバーに声をかけると、各々から問題なしと反応が返ってくる。


『そいじゃはじめよっか、うちから自己紹介するね~。へろへろ~。アイオライト・ペテルギウスだよ~』


『では次はわたしが皆様ご機嫌麗しゅう。Vスタイル四期生の更科さらしな雪緒ゆきおです』


『ひれ伏しなさい愚民ども。同じくVスタイル四期生のシャルロッテ・ハノーファーよ』


『こんばんは、いつもお世話になっております……。Vスタイルの天才ハカー、松方もよこです……』


『もよこさん、相変わらず声が死んでるね~。最近休めてる?』


『一昨日は奇跡的に定時で帰れてまともに寝れたわ……』


『一昨日?確かその日は夕凪さんと日付が変わるまで配信をされていたような……?』


『そうよ?だからその後から五時間も眠れたの。睡眠ってやっぱり大事ね』


『配信をもっと早く終わらせていたら六時間でも七時間でも寝られたのではないかしら……?』


『あはは!そんなに寝たら反動で次の日動け無くなっちゃうわ!』


『なんで楽しそうにそんなことが言えるのかしらこの先輩……』


:おいたわしや……

:どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!

:止めようとして止まるならブラックになんて勤めてないんだよなあ

:早くそんな会社辞めてもろて

:もよこちゃんがV一本で暮らせるように皆もスパチャしに行こう!な!

:ちょっと投げてくるわ……


『流石もよこ先輩、掴みのトークだけでスパチャ投げてもらえるなんてすごいな~』


『正直な話、早く稼がせないとこの人ホントに倒れそうよね……』


『あはははは……』


『ああ、そういえばもうひとりの参加者の挨拶がまだよね?ごめんなさいね。それじゃあ挨拶どうぞ』


 四期生たちの反応を他所に、もよこが思い出したように空々しい声音で発言する。コラボ参加者各自が配信を行っておりそれぞれの画面に五人分のアバターが表示されているのだが、ひとつだけ微動だにしないアバター……というかただの立絵が存在していた。

 うっすらと青味がかった豊かな白髪と、その隙間から見える小さな一本角。身長といい体型といい、全体的に幼げな容姿をしたその立絵こそ本日盛大なやらかしをした白鞘ユニのものであった。

 シャルロッテの配信ではよれたワイシャツに眼鏡の奥の隈が印象的な松方もよこのアバターの隣にユニの立絵が置かれているため、非常にシュールな組み合わせになっている。


:あまりにもわざとらしい振り

:やめて差し上げろ

:これは巧妙な新人いびり

:どうして泣

:立絵の中身は今泣きながら帰り道を爆走してるんだよなあ


 SNSを通してユ二のやらかしを承知している視聴者たちはもよこの呼びかけに反応がないことを見越してコメントを発する。視聴者の誰もがユニの遅刻を茶化すための発言と思ってのことであったが、しかしもよこの呼びかけを受けて反応するものがあった。


『ひひ~ん!Vスタイル五期生、白鞘ユニです!こんユニ~!』


:いたあ!?

:ユニコーーーン!!!

:ユニコーーン!

:それでも!!

:ユニコー……って!!?

:ふぁっ!?

:びっくりした!?

:誰だお前!?

:似てるけど本人じゃないやろこれ!

:一瞬間に合ったのかと思ったけど流石に別人か?

:誰だこれ?

:代理立てたんか

:ナガちゃんか?

:いや五期生は今皆いないはず


 思いもしない参加者に視聴者が驚きの声を上げる中、シャルロッテが真っ先に反応した。


『きっつ!?ちょっとキモい声出さないでよ!』


 容赦ない罵声に声の主──ニーナは声色を使うことを止めて淡々と応じた。


『しかし姫様、白鞘様の立絵を画面に映されているからにはという振りなのだと推察したのですが』


『確かにそういうつもりで出してはいたけど、本人の声真似までしろとは言ってないわよ!一瞬ぞわっとしたわ……』


『姫様に喜んでいただけましたようでなによりです』


『喜んでないっての!』


 突然始まった漫才にアイオライトともよこは大笑いし、雪緒もツボに入ったのか珍しくもゲラ笑いをしている。

 流れに置いて行かれていた視聴者たちは遅まきながら声の主が誰であるか気がつくと、驚きの反応をコメントで示した。


:ちょっと待ってこれメイド?

:メイドさん?

:姫ちんとこのメイドさんだあああ!

;うおおおおお!?

:まさかここで参戦するのか!

:やりやがったwww

:ついにメイドさんもVデビューか!?

:主従のやり取りが完全に漫才で草

:やはり姫ちんの扱いに慣れておる……


 予想外な人物の登場に湧くコメント欄と三人の笑いが落ち着くのを待ってから、ニーナは淡々と自己紹介を始める。


『改めまして愚民の皆様、並びに他配信の視聴者の皆様。シャルロッテ様の側仕えのニーナと申します。このたびは白鞘様がお戻りになるまでの場つなぎとして配信に参加させていただくことになりました。部外者の参加を快く思われない方もいらっしゃるかとは思いますが、ご容赦いただきますようお願い申し上げます』


 これでもかと言うほどに丁寧なニーナの挨拶に視聴者が再度湧く中、シャルロッテは苦々しい声でポツリと呟いた。


『……なんか家庭訪問に来た先生の応対をしてる母親を見てるみたいで身体がかゆくなってくるわね』

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