第2話 始原の夜

 8月15日


「どうしても辞めるの?」

「ええ……」


 私は飽き飽きとして言った。すでにフリーターへ戻る覚悟だった。田戸葉はきっと困惑しているのだろう。さっきから泣きべそをかいて同じことを言っている。だが、田戸葉の情けない顔を覗いてみても決して表情にはでないようだ? 真理は今のところ諦め顔でもしているのだろうか。


「ホントに?」

「ええ……真理にはもう言いましたよ」


 私は後ろのベルトコンベヤーを遠い目で見つめていた。中村と上村がせっせと仕事をしているが、もう、あれに混じって、楽しくバイト。とは言えないようだ。

 

「やっぱり、給料?」

「ええ、やっぱり給料です」

「そう。……いっぱい頑張れば給料上がるかも」

「そうです、いっぱい頑張ればです」


 私はエコールの天窓からの日差しに目を細める。今日も平和だな。中村と上村には何も言わずにいた。このまま帰宅をして、次の仕事を探すまで、その間フリーターに戻るからだ。でも、どれくらいの期間だろうか?


 ここ株式会社エコールでは、ほんのちょっとしか働かなかったな。真理もこうなることを知っていたのかもしれない。何も言わないところからすると、きっとそうなのだろう。


 さあ、帰宅だ。帰宅だ。家帰って寝るべ。私と真理の家で。


 その時、突然に天空から巨大な一本の鋭利な闇が地上をつんざいた。辺りは暗闇の夜へと変貌する。


 私は驚いて、外へと出た。


 今は昼の12時だというのに、空には星空が見える。気温も急激に下がり、その寒さで上着から肩を摩った。天空には太陽が闇に喰われ……全てを闇夜が覆った。

 闇は一本ではなかった。多くの闇が空から降って来た。

 私は何が起きたのかさっぱりだった。頭を振って気持ちを切り替え天空へと飛んだ。ここは夢の世界だから空を飛べるのだろう。


 そう……今では現実は瞬時に破壊されて悪夢の世界となったのだろう。


 所々、地上から悲鳴が鳴り響き、私は天から降る無数の巨大な闇の線を右手を突き出し不思議な力で変容していく。

 闇の線は霧散するように消えていった。

 けれども、数が多すぎて抑えきれない。


「赤羽さーん!! 無理だから降りて来て!」


 見ると、地上のエコールの駐車場で真理が大きく手を振っていた。恐らく藤代駅まで前もって来ていたのだろう。またいつもの直観なのだろうな。

 地上へと降り立つと、真理がいつもの調子で駆け寄って来た。


「赤羽さん。またウロボロスの世界樹に誰かが干渉したみたい。今度のはすごく不吉な感じがする。いえ、もう絶望的かもね。さあ、恵ちゃんたちを探しましょう」


 そうどこか楽観的に言うと、真理はまたずんずんと藤代駅まで歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る