ヤンデレラを幸せにする魔法 〜物理的地雷系少女の機嫌を損ねたら即死亡〜

椎名喜咲

プロローグ

GAME START

 微風が肌を撫でた。

 は彼女と向き合っている。彼女の、林檎のように赤い頬を見た。こちらまで鼓動が聞こえてきそうだ。吐息は混じり合い、雰囲気は最大まで高まっていく。熱に、身体の芯まで広がっていく。



 彼女の声。名前を呼ぶとき、ワントーン上がる。ここまでの道のり。俺は思い返した。彼女と積み重ねた時間。その欠片一つ一つが、とても輝かしい瞬間の連続だった。


「――好きです、わたしと付き合ってください」


 彼女の好意は真っ直ぐで初々しかった。

 俺は頬を緩めた。純粋な感情に心は震えていた。それに向けて、応えようとする。俺は、彼女に答えを言わなければならない。

 その寸前。


「――クロネコくん?」


 もう一方の、彼女の声。

 ――

 振り向くと、少女が立っている。前髪ぱっつんが特徴的な、顔立ちの整った少女。少女の瞳に光はなかった。ただすべてを呑み込まんばかりの闇だけがあった。


「どうして?」

和奏わかな、これは――」

「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――」


 少女の表情がくしゃりと歪む。



「――?」



 少女の身体が光り輝く。俺はそれを見ていることしかできない。少女の中からエネルギーが収束し、直後、爆発する。

 爆発に俺は巻き込まれる。全身は一瞬にして呑み込まれ、消滅していく。ああ、終わった。もう一度思う。今度こそ、失敗しないつもりだったのに。視界は白く、意識は黒く、染まっていく――。


  ♡


 GAME OVER


 俺は画面に記された文字を見て、舌打ちした。――クソっ。今回のルートも失敗してしまった。このクソ仕様、どうにかならないのか。というか、なんで俺はこんなクソゲーにのめり込んでしまっているのか。


 ヤンデレの、ヤンデレによる、ヤンデレのためのゲーム。そんな謳い文句で出されたのが、俺がプレイする『ヤンデレラ』である。

『ヤンデレラ』のゲーム仕様はとても単純だ。基本的にゲームのように、物語が進行していき、出された選択に答えていく。この選択を誤ってしまうとゲームオーバーになってしまう。


 このゲームの攻略はただ一つ、『ヤンデレラ』のメインヒロイン・森山もりやま和奏わかなと結ばれることだ。


 森山和奏は生粋のヤンデレである。主人公――俺のキャラネームは〈黒猫〉だ――に好意を抱いている。が、この主人公、物語でさぞモテる。持て囃される。リアルの俺とは天と地の差である。

 幼馴染み、先輩、後輩、教師、謎の少女という五人のキャラクターから愛されまくる。



 しかし、『ヤンデレラ』の本質はそこではない。



 森山和奏は物理的地雷系という特殊な設定が追加されている。

 森山和奏にとって、都合の悪いことが起きると、文字通り爆発するのである。主人公がサブヒロインに告白されても、ちょっとした言動、嫉妬、機嫌の悪さ――。それだけで爆発する。そして、何故か巻き込まれる。


 このクソ仕様こそが、『ヤンデレラ』ゆえんのものだ。


 俺はかねて一ヶ月近く、『ヤンデレラ』に没頭しているが、ろくにクリアできそうにない。今日も徹夜だった。まさかの告白に行き着き、爆発された。


「クリアできるかねぇ……」


 一ヶ月も続けている自分に驚く。

 これも結局のところ、森山和奏という一人のキャラクターに惹かれているせいだろう。


「……やばっ」


 身体を起こす。間もなく午前八時過ぎ。

 これでも学生の身分である。ゲームにのみ没頭することはできない。俺は手早く制服に着替えると、家を飛び出した。朝パンを口に咥える――といった、物語展開はしない。

 最寄り駅まで目指す中、信号に捕まってしまった。俺は焦れったく思いながら、それを待つ。――ふと、視線を隣にした。


 そこに、一人の女子生徒がいた。意識が寄せられたのは自分と同じ学校の制服を着ていたからだ。記憶にない。ぼんやりとしている。

 ふらふらと、彼女はしていた。


 体調が悪いのか。妙に気になった。俺は声を掛けようとした。その、次の瞬間。

 彼女は倒れるように、一歩飛び出していた。俺は息を呑み、彼女の身体に飛びついた。支えようとする。彼女の身体に触れて、その軽さに驚いた。


「おい、大丈――」


 車のクラクションが耳に届いた。おそらく、俺が認識できたのはそこまでだ。振り向く暇もなく、身体に衝撃が走る。視界が揺れて、吹き飛ばされる。彼女の手を掴んでいた。どこだ。彼女は、どこだろうか――?


 明滅する。狭窄する。俺という存在が、消えていく。視界は白く、意識は黒く、染められていく。



 GAME START

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