AlーPHA

光佑助

Ver.0.0 AFH計画

#1

 ここは三英町。SF映画のような近未来の街のど真ん中に、超高層ビルが立っている。

 イフ・タワー。高度なナノテク機器の開発の最先端を走る大企業、イフ・インターナショナルの本社ビルだ。

 そのイフ・タワーにあるラボの一室で、とある計画が進められていた。


「これから君は多くの人を救い、人類の希望となる」


 緑色の液体が流れる培養ポッドの中で眠る女性型アンドロイドを見つめながら、沖永レイは言った。人型だが白黒ボディに金色のラインは特撮ヒーローを連想させる。沖永にとってこのアンドロイドは、生き甲斐そのものだった。


 「起動させます」と助手の一人がタブレットを操作する。

 ポッドのハッチが開くと、床に液体が流れ落ちる。全部流れ落ちた後、アンドロイドの目に温かな光が宿った。


「おぉ成功だ」


 沖永が小さく声を漏らすと、ラボにいた助手達が一斉に喜びを表す。


 アンドロイドはぎこちない足取りで一歩一歩、沖永の元へと歩み寄る。そして沖永の前まで来るとこう告げる。


「あなたが私のマスターですか? 私は――」


 世界最高のAIが誕生した瞬間だった。



 とある街の穏やかな休日。街は行き交う人々で溢れていた。その中にある工事現場のビルでは建設作業が行われており、作業ロボットたちが働いていた。


「エラーデス。エラーデス」


 その時クレーン車に乗っていた一体が、レバーを握りながら異常を感知する。


 しかしその異常に気づいた瞬間、悲劇が襲った。クレーンが掴んでいた鉄骨が外れ、地面にものすごいでスピードで落ちていくではないか。


「きゃあ」


 鉄骨はたまたま通り掛かった母親と小さな女の子の親子に直撃しようとする。


 このままでは親子もろとも鉄骨にぺしゃんこにされて死んでしまう。

 母親はどうかこの子だけでもと娘に覆いかぶさる。しかしこれだけ硬い物質では助からないだろう。


 その時だった。光の球体が瓦礫を包み込み、ふわふわと浮かんだ。


「イッタイナニガ......?」


 作業ロボットは戸惑いながら辺りを見渡す。すると白いコスチュームを身に纏った女性ヒーローが、空からマントを靡かせながら着地する姿があった。


 光の球体に包まれた瓦礫は、人がいない地面にゆっくりと落とされる。

 助けられた親子の女の子がまだ恐怖でビクビクと震えている。


「もう大丈夫よ」


 それを見たヒーローは女の子にウィンクをしてみせる。女の子も安心したかのように笑った。

 綺麗なブロンドの髪を風に揺らしながら、ヒーローも微笑んだ。


「ありがとう」


 そう何度も目撃していた市民に感謝される。何だろう。こんな温かい気持ちは。

 そんな幸福な気持ちに包まれながら、少女は目を覚ました。少女の名は西波ルナ。彼女は小さい頃に好きだった特撮ヒーローになる夢を見ていたようだ。


「えへへ〜どういたひましへ〜」


 まだ寝ぼけてるのかにやけ面のルナ。しかし自分の姿に目を落とすと、ヒーローのコスチュームじゃないことで現実に引き戻された。今の姿はボサボサの髪にセーラー服。どうやら昨日は学校疲れで制服姿のまま寝てしまったからあんな不思議な夢を見てしまったようだ。


「そんなぁ〜せっかくいいとこだったのに〜。なんで目覚めちゃうの〜」


 ひとり言を言うのも恥ずかしがらずに、悔しそうな顔をするルナ。眠い目をこすると、気怠そうに起き上がった。

 この時の彼女はまだ自分が大いなる運命に翻弄されることになろうとは知るよしもなかった。



 イフ・アカデミア。三英町にあるイフ社が運営する有名私立高校。世界的企業イフ社の未来の社員を育成するための学校である。

 たった今この学校の二年生クラスでは三者面談が行われていた。


 窓から差し込んでくる人工太陽の日差しに照らされた教室。そこには教師、そして母親と対峙しているルナがいた。


「西波さん、進路を変えたいってどういうことですか?」


 堅物そうな女教師は電子タブレットの進路希望調査のページを広げ、二人の親子に見えるようにする。そこには「未定」とだけ記されていた。昨日までルナは「イフ看護大学」と記入していたが、直前になって書き換えてしまったのだ。

 名前を呼ばれたルナは頬を膨らませながら言った。


「どうもこうもないよ! 看護師になる気はないって言ってんの!」


「嘘でしょ……ずっとママと同じイフ社の看護師になるって頑張ってきたじゃない! それをどうして急に……」


 横から母親が信じられないといった顔で愕然とする。年齢よりも若く見える母の表情には疲労の色が濃く浮かんでおり、問題児である娘に日頃から手を焼いていることが見てとれた。


「それはママが小さい頃から押し付けてただけじゃん!」


 フンと言わんばかりにルナはそう言い返した。こうなってしまっては言い合いになるのがいつものパターンだ。


「でもあなたも納得してたでしょう?」


「そうだけど今はそうじゃないもん!」


「イフ社の社員にならなかったら学費免除もしてもらえないのよ。その分あなたに払ってもらうわよ!」


「それは脅し? ああそうですか! ママのバーカ! バーカ!」


「何? 親に向かってその口の聞き方は?」


 もはや言い合いではなく口喧嘩になってしまい、痺れを切らした教師が、

「お二人とも落ち着いて」

と嗜める。


 ルナと母は恥ずかしくなり、お互いに頭を下げた。


「今は喧嘩するよりも、建設的に話し合いましょう。では西波さん、他の進路は考えておられるんですか?」


 教師は少し心配したような顔をしながら聞いた。


「ボクの未来……」


 さっきまでの勢いとは裏腹に言葉に詰まるルナ。そんな彼女の脳裏にふと今朝の夢が浮かんだ。


 かっこいいコスチュームで颯爽と現れて、人々を救い多くの人に感謝される。なんて素敵な生き方なんだろう。自分もあぁなれたらいいのに。


「西波さん、西波さん、どうされましたか?」


 その時、教師の声でルナは我に帰る。

 心配そうにルナの顔を覗き込む教師。隣には呆れたように溜息を吐く母。


「ひゃあ! 何でもないっ!」


 どうしてこんな時に。恥ずかしくなるルナ。変な妄想を振り払おうと、子犬のようにふるふると首を振った。

 何を考えているか分からないルナに心配になった教師は聞いた。


「考えてないなら、とりあえず大学に行ってみてそれから考えるのはどうですか?」


「そうよ! そうしましょ! 大人になれば言う通りにして良かったって必ず思うから」


 母もそれに同調する。その方が親からしたら都合がいいからだ。

 ルナは何も言わずに首を振ったが、母は娘の顔を見てはいなかった。

 教師も問題児を早くあしらおうとばかりに、

「ではその方向でよろしいですか?」

と言った。


「えぇ。お願いします」

 母は立ち上がりながら頭を下げる。


「やめて」


 その時ルナは小さく呟いた。


「今回はウチの娘のワガママで振り回してすいませんでした」


「いえいえ。こういう時期の子にはよくあることですから」


 しかしその小さな声は届いてないのか、話はルナが大学に行く話で纏まりかけている。自分を置き去りにして勝手に話を進めていく大人たちをルナは許せなかった。


「やめてよ!」


 ルナは語気を荒げて言った。辺りが一瞬で静まり返る。

 その目は普段のルナの可愛らしい印象からかけ離れた強気な態度だった。


「ルナ……」


 母は目を丸くした。


「もう二人してボクを追い詰めないでよ!」


 いよいよわけがわからないとばかり、ルナは逃げるように出口へと向かう。


「ちょっと西波さん!」


「ルナ!」


 ルナを呼び止める教師と母の声が静まり返った教室に虚しく響いた。



 教室を飛び出したルナは自動ドアを通り、VR図書室に来た。するとそこには同級生の糸杉ハルが読書をしていた。


 ルナとハルは自他共に認める親友同士。ハルはイフ社の社長の娘かつ少しキツい性格も相まってどこか近寄りがたい雰囲気があるが、変わりものであるルナとは馬が合うのだ。


「どうしたのルナ?」


 ルナが入ってきたことに気づいたハルはVRゴーグルを外すと、今にも泣きそうな親友を前にキョトンとしている。


「ハル〜!!」


 ルナはハルの顔を見ると一目散に彼女の胸に抱きついた。そして泣きながら三者面談での出来事を話した。


「なるほどね〜。相変わらずルナの親って縛りがキツいわね。毒親じゃん」


 事情を聞いたハルは苦笑いをしながらズバッと言ってみせた。


「そうなんだよ! もうやんなっちゃう!」


「あたしも親から色々と押し付けられてるから気持ちはわかるわ」


「そっか……イフ社の社長の娘となるとボクより大変そう」


 ハルはその言葉に一瞬曇った顔になる。だがすぐに笑顔で取り繕いこう言った。


「あたしのことはいいのよ。それより今はルナの問題でしょ」


「あっ! そうだった!」


「もうしっかりしてよ」


 ハルはルナの背中を叩いた。


「将来のことを真剣に考えるなんてルナらしくないね。何かきっかけがあったんでしょ?」


「うん……でも子供みたいって笑われそうだから言わない」


「え〜教えなさいよ〜」


「絶対笑わない?」


「笑わないに決まってるじゃない。何年親友やってると思ってんのよ」


 ハルは安心しなさいとばかりに、ルナの肩に手を置いた。

 少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、意を決してルナは口を開いた。


「今日の朝不思議な夢を見たんだ。子供の頃に見ていたヒーロー番組の主役にボクがなっていて人助けをする。それで助けた人から「ありがとう」って言われるの。ごめん。女子高生にもなって、こんなこと考えるのおかしいよね」


「おかしくないよ。全然。あたしもこうだったらいいなって妄想はよくするし」


「おぉ〜ハルなら分かってくれると思ってたよ!」


 ハルの言葉にぱぁぁと目を輝かせるルナ。こんな自分を理解してくれる人がいたことが嬉しかった。


「でもね……妄想は妄想、現実は現実、それは切り離して考えるべきだと思うわ」


 ハルが突きつけた現実にルナは一気に沈んだ表情になる。

 それに構わずにハルは続ける。


「そもそも現実に怪獣が現れたりしないし、ルナは空を飛べたり重たいものを持ち上げるだけのパワーもないでしょ」


「そんなこと分かってるけど……思い浮かんじゃったんだもん……」


 ルナはおもちゃを取り上げられた子供のように呟いた。

 そんな親友を元気付けようと、ハルはこんな突拍子もない提案をしてみた。


「そうだルナ! 特撮ヒロインになってみれば?」


「もーいきなり何ー?」


「あんた顔も可愛いし、結構人気出るわよ」


 ハルはルナの顔をまじまじと見つめながら言った。


 ルナが可愛い、それは事実だ。ルナは、イフアカデミアの黒のセーラー服を着こなせる長身の少女。長い黒髪が背中まで伸びていて、人気女性アイドルのようだ。抜群のスタイルと可愛らしい顔立ちを備え、男女問わずクラスのみんなに好かれている。


「そ、そうかなぁ。まぁボクが可愛いのは認めるけどねー」


 満更でもない顔でふふんと笑ってみせるルナ。褒められて少しいつもの元気を取り戻したようだ。


「オーディション受けてみれば? 近々この三英町でもやるらしいわよ」


「えー、ボクなんかが受かるわけないよ。そもそも演技なんてやったことないし」


 ルナの反論を受け、ハルは呆れたように溜息をつく。


「あんたバカァ? 最近のドラマの役者は演技の上手さよりも、顔の良さが全てなのよ」


「本当にそうかな? ボクが子供の頃に見たヒーローは本物にしか見えなかったけど」


「相変わらずルナは子供ね。そこが可愛いんだけど」


「もう子供扱いは辞めてっていつも言ってるでしょ!」


「あらあらごめんなさいね」


 他愛のない少女同士のやり取り。もはや真剣に悩みを相談する空気ではなくなっていた。


(やっぱりヒーローになりたい気持ちなんておかしいよね……)


 明るく笑顔で取り繕ってはみたものの心の中でルナはモヤモヤが渦巻いていた。



 ハルと別れて帰宅したルナ。夕食が始まったら改めて看護師になる気はないことを話し合おうと思った。


 ところがいざ夕食が始まって母を前にすると、緊張で鼓動が高まり、話を切り出せないまま時間が過ぎた。三者面談であんな修羅場になったあとでは気まづくて仕方ない。


いつもは食いしん坊なルナも箸が進まず、最後の一口のご飯をようやく口に含む。これを食べ終わったら、勇気を出して話そうと決心した時、母の方が唐突に口火を切った。


「イフ看護大学の見学に申し込んどいたから」


 母はまるで明日の天気は雨よと言わんばかりにさらっと言った。


「ママ! どうして勝手なことするの!」


 ルナは椅子から立ち上がると激昂した。そんなルナを「いいから座りなさい」と落ち着かせる。


「三者面談をほっぽりだした罰よ。今まででも親の管理が行き届いてると思ったけど、まだ足りてないみたいね。これからはママがルナを正しい道に導いてあげるから安心しなさい」


 母がキッパリと言った。


「へー。ママの言いなりになってなりたくもない看護師になるのが正しい道なんだー。ねぇ、パパはどう思う?」


 ルナはわざとらしく父の遺影に向けて話しかけた。ルナの父は彼女が幼い頃に亡くなっている。売れない俳優をやっていたので、家計は看護師である母がほとんど一人で支えて当時は大変だったらしい。


「パパももちろん正しいと言ってくれるわ。パパはやりたいことをやって、ママや小さかったルナに迷惑をかけていた。大切な娘には同じ道は辿って欲しくないはずよ」


「それはママの想像じゃん。勝手に代弁しないで」


「じゃあ看護師の他にやりたいことはあるの? 但し将来の見通しが立てられるものに限るからね」


「それは……」


 また言葉に詰まるルナ。母にヒーローの夢を見た話をしたところで逆効果なのは明白。だからといってもっとマシな言い訳が思いつくほどルナの頭は良くなかった。


「やっぱりないんじゃない。ルナはまだ子供なんだから、ママの言う通りにしてればいいのよ」


 母は小さな子供にするかのように、ルナの頭を優しく撫でた。


「ボク子供じゃないもん! もう女子高生だよ!」


 ルナは自分が着ているセーラー服をこれみよがしに見せつけながら言った。


「まだ女子高生でしょ。ママからしたら全然大人じゃないわ」


「絶対行かないもん! 鎖に繋がれたって逃げてやる!」


 ルナは吐き捨てるようにそう言うと、二階の自分の部屋へ逃げ込んだ。


「待ちなさい!」


 母は階段を登っていき、ルナの後を追いかける。


「ついてこないでよ!」


 ルナはバタンと扉を閉め、部屋に指紋認証で鍵を掛けて母が入ってこれないようにする。

 母は強い口調で言った。


「ルナ! またそうやって拗ねていい加減にしなさい!」


「うるさい! 一人にして!」


 ルナは扉に向けてぬいぐるみを投げつける。ドスンという空虚な音が響く。

 一瞬母は怯んだが、厳しい声を崩さずに説得を試みる。


「ルナ、あなたは今将来に不安でどうしていいか分からないんじゃないの?」


 さすがに母のこの訴えにはルナも思うところあったのか、黙って耳を傾けていた。 

 母は扉の向こうの娘に向け、さらに訴えかけた。


「あなたはきっかけがあればきっと変われるはず。いつきっかけがあるか分からないから若いうちは行動するべきよ」


 とうとう諦めたルナは不満げな顔で返した。


「分かったよ……行けばいいんでしょ。話が終わったんなら、どっか行ってよ」


「言ったからにはちゃんと守りなさいよ」


 母はそう言って部屋を後にした。


「そんな簡単にきっかけなんて訪れるわけないよ......」


 一人取り残されたルナは複雑な表情で扉の方に吐き出すように言った。

 一方食卓に戻った母は食器を片付けている。


「あの子ったらまた好き嫌いしてる……。どうしてこうワガママに育っちゃったのかしら」


 皿に残った野菜を見ながら呆れた顔をしていた。



つづく

 

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