第4話

 ぽつんと隅にある売店に寄って買い物をしたのち、病院に到着する。二番地の病院は個別で建てられていて、昔よくあった大きな総合病院よりかは一回り小さい、診療所のような大きさだった。

 佐藤は携帯栄養食品のようなものを食べながら歩く。僕もそのあとについていった。売店で購入した見舞い用に缶ジュースと乾パンを持ってきている。

 中に入ると病院のスタッフが何人かいたが、医者だと言う人が応対してくれた。

 女医だった。白衣を着ていて、どこか冷たい印象を受ける。僕たちを見て「加山さんは一命はとりとめましたが、芳しくない状態です。今は眠っています」と状態を簡潔に教えてくれた。

「本部にもこの話は行っているので、新顔の方の案内はまた他の人が担当されるそうです」

 本部、という言葉は初めて聞いたが加山さんが言っていた企業の人たちがそういう役割を担っているのだろうとわかった。

 ベッドがあるという病室に案内され、女医をくわえた三人でそこに入る。

 患者用のベッドは四つあり、そのどれもが空だった。そのうちのひとつには回りに点滴の器具などがあった。しかし部屋には他に何もない。

「加山さんが……いないようですね」

 女医が首を左右に振りながらつぶやいた。

 窓が開いていた。ここは一階だから、すぐ外には倉庫や貯水タンクらしきものが近くに見える。

「加山さんを見た人は?」

 女医は、近くを通りがかった看護師らしき人に聞いた。見ていないと不思議そうに返ってくる。

 ここに来る途中でわかったが使っていない病室は鍵がかかっているようでどこも閉じられていた。加山さんはどこに消えたのだろう。それに、重篤な状態じゃなかったのか。

 それからスタッフの方々と一緒に周囲を調べてみたものの、加山さんの姿はどこにも見当たらなかった。

 確実にこの病院に運び込まれたということだから、彼は失踪したということになる。

 佐藤と僕は自室で待っていればいいと女医が教えてくれた。寮の管理人と話し、佐藤は僕と相部屋に入ることになった。

 歴史小説と航空科学の本を読もうと手元に置いたが、集中できずあきらめる。津井原には図書館のようなところがあって、ふたつもそこで前に借りたものだ。僕は返すのをしばらく忘れていたらしい。

 僕はよくぼーっとしているとまわりから言われるタイプの人間だ。

「加山さん……どうしちゃったんだろう」

 そのことが気になって、思わず言葉に出していた。

「壁の話をしだしてから、様子が変になったような。いや、壁の外……?」

 佐藤は銃とナイフの手入れをしたり、準備体操のようなことをしているだけで黙っていた。というより意図的に無視しているのかもしれなかった。

 彼の行動もやや気になった。この壁のなかは安全なのに、武器などや持ち物のことを常に気にかけている。

 それとは別に、やはり僕の脳裏をかすめるのは加山さんが姿を消したことについてだ。

 僕はベッドから立ち上がって、窓の外を見た。壁のずっと向こうに雲と山がある。空気が澄んでいてよく見える。

「あの壁、どうやって作ったんだろう。……企業連合。本当にすごいな」

 本当はあの壁がある以上加山さんはまだ津井原のなかにいるだろうということを考えていたのだが、そんな言葉が口をついて出た。そのことも加山さんに聞いてみればよかった。自分も含め、作業班の人間は津井原が完成したあとに入った者がほとんどで、くわしい経緯は知らない。あの人は古くからここにいるようだった。

「軍だよ」

 持っていたナイフの先端にふっと息を吹きかけたあとに佐藤が言った。

 それまで彼は黙っていたから虚をつかれた。彼は続ける。

「安全地帯をつくるため掃討作戦をやったんだ。生き残りたちが集まって、武器を持ってな」

 会ってから初めて饒舌になっていた。

「俺も参加した」

 佐藤は鋭い視線をこちらに向ける。

 そうして目線を外したあと、そのときのことをすこし話してくれた。 

「一年以上前か。あれはたしか、そうだな。危険はわかってたけど、家族を探しに行ったんだ。連絡がとれなくなって人が大勢死んで、生きているか、どこにいるかもわからなくなった。そんなとき、居場所を知ってるかもしれないある一人の男と出会ったんだ。そいつは、各地にある生き残りの集落の連絡役だった。そして行動をともにするなかで、人間たちの反撃に俺も加わることになった」

 

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