魔王に恋した天魔の蛇

はるまげ丼

第1話

あぁ、これが恋か。

前世から人を好きになったことなんてなかった。


僕は人生で初めて目の前の女性に一目惚れをした。

魔物に襲われ、傷ついた僕を回復させてくれた女性。

白髪に、黒のドレス。

頭からはヤギのような角が二本生えていた。


魔王と名乗るその女性は、僕の身体を抱き上げる。

冷たい蛇の身体の僕に、彼女の体温が伝わってくる。


「ここは強い魔物が多い。早く遠くへ逃げなさい。」


「魔王様、どうしてこんな最弱の蛇なんぞを…。」


御付きの従者だろうか。

鎧に身を纏った男が魔王に問いかける。


「私はな、昔蛇に助けてもらったんだ。その恩返しだよ。」


魔王は昔を懐かしむように、優しい笑みを浮かべた。

僕は「助けてくれてありがとう」という意味を込めて、

魔王に頬ずりをした。

蛇に声帯は備わっていない、それが悔やまれる。


いつか、この恩は返そう。

彼女から離れるのは名残惜しかったが、スルスルと彼女の腕から抜け

森の奥へと入っていく。


何度も、何度も振り返っては彼女のことを見返した。

僕を優しく微笑み見送ってくれる彼女。


遠くでは大きな爆発音が鳴り響いていた。



***


長い入院生活を経て、僕は21年という短い人生に幕を下ろした。

生きていたらもっとやりたいことがあった。

普通に学校に通って、普通に恋愛して、結婚して、家庭をもって…

そんな普通が僕には許されなかった。

願わくば来世では元気な体で天寿を全うしたい、そう思いながら僕は目を閉じた。


…僕は死んだはずだ、なのに意識がある。

目を開けると、そこにはセピア色の世界が広がっていた。


顔を動かしあたりを見渡すと、割れた卵の殻がそこら中に転がっていた。

そして、自分の身体を見てみると、細長い体躯につるつるの鱗。

シュルシュルという息使い。

これはどう考えても蛇だ。


どうやら僕は蛇に転生してしまったらしい。


***


蛇に転生してから何日か経った。

僕は日々を生き抜くため、なんでも食べた。

簡単に捕まえられる虫やネズミ、ちょっと難しかったが魚も食べた。

この際味なんて気にしていられない。

美味しさなんて求めていたら生きていけないからだ。

僕は広大な森を餌を求めてはいずる毎日を送っていた。


この森ではたまに鎧を着た人間にも出会う。

その人間たちは、火を放ち、氷を飛ばし、風で切り裂く。

そこで初めて知った。

ここは剣と魔法の世界なのだと。


前世ではファンタジー作品が大好物だった僕は、

自分ももしかして魔法が使えるのではないかと考え

頭の中でファイアーだの、サンダーだの念じてみた。

しかし結果は虚しいものだった。


前世のファンタジー作品を思い出し、あれこれ試してみたがすべて無駄に終わった。

最後に…と、頭の中で「ステータス」と念じる。


すると、目の前にホログラムのような一枚の画面が表示された。

そこにはレベルと獲得経験値、スキル覧が表示されていた。

ちなみに、僕の種族もそこに書いてあり「ホワイトサーペント」と表示されていた。


何故日本語表記なのかはわからないが、この世界の言葉なんて知らない僕にとっては

ありがたかった。


現在のレベルは2、

きっと虫やネズミなんかを食べたから、それでレベルが上がったのだろう。


ということは、だ。

魔物や動物、虫でも倒せば経験値が入る。

レベルが上がれば僕も魔法が使えるようになるのではないだろうか。


そうと決まれば、やることは一つ。

転生者マインドをもって最強に成り上がってやろうじゃないか。


***


それからの行動は早かった。

とにかく動いて狩る、動いて狩る。

おなかはいっぱいだけどとにかく食べる。


そうしているうちに1mほどしかなかった僕の身体はみるみる大きくなっていった。

レベルも少しずつだが上昇している。

そして念願かなって、一つだけだがスキルが使えるようになった。


「毒牙」


魔法かどうかはわからないが、嚙みついた相手を毒状態にすることができる。

これは使える…、そう思いスキルを使いまくって、動物を捕食していった。


そんな時だ、奴に襲われたのは。


巨大な体躯、鋭い爪、大きなクマの魔物だった。

対格差、俊敏さどれをとっても奴にはかなわなかった。


腹を裂かれ、血を流しながら全速力で逃げる。

幸いあのクマは追ってこなかった。

僕はまた死ぬのか…。


どうせなら人間に転生したかったと文句を垂れても仕方ない。

蛇になってしまったものはどうしようもないのだ。


徐々に薄れていく意識の中、声が聞こえた。


「お前、ケガしてるのか…。ちょっと待ってなさい、今治してあげるから。」


それが魔王、シェラハとの出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る