第4話 初夜、明けて


「こっ・・・? 子供、ですか!?」


「はい。マツは、嬉しゅうございます」


 マツは袖で涙を拭っている。


「・・・」


 いや、まだ初夜が明けたばかり。

 子が一晩で出来るなど、あり得ない。

 数ヶ月して、やっと分かるはずだ。


「ははは、マツさん、また悪い冗談を。一晩で子が出来る訳がないでしょう」


「え?」


 マツは涙目で「何を言っているのか分からない」という顔をして、困惑している。


「え?」


 マサヒデも困惑してしまった。

 ・・・おかしい。

 はっ! とマサヒデは表情を変えた。


(そうだ、きっと、何か間違えている。昨晩のように)


「マツさん。あなた、今、子が出来た、と言いましたね」


「はい」


「どこで聞いたのか知りませんが、一晩で子が出来るわけないでしょう」


「え?」


「私も詳しくは知りませんが、数ヶ月して、やっと分かるということくらいは知っています」


「そうなんですか?」


「ええ。私だって、そのくらいの事は知っています」


「しかし、確かにここにタマゴがありますよ。ほら」


「タマゴ?」


「はい。確かに感じますし、触っても、はっきりと」


「タマゴ?」


 マサヒデは繰り返した。タマゴ・・・?


「マツさん、ちょっと待って、ちょっと。タマゴ? タマゴですか?」


「はい。タマゴです」


 頭がくらくらする。

 タマゴ? 子供はタマゴから産まれるのか?

 あ! そうだった、マツは魔族だ。


「マ、マツさん。人族は、タマゴから産まれないんです」


「え! そうだったんですか!? あ、それで・・・」


 マツも驚いた顔をしている。

 初めて知ったようだ。


「あ、確かに、魔族も種族によっては、タマゴなしで産まれるとか」


「ええと・・・私も詳しく知らないんですが・・・うーん、確か、1年近くだったでしょうか。お腹の中に、タマゴなしでずっといて、少しずつ大きくなって、このくらいの大きさになってから産まれると・・・」


 マサヒデは手で「おそらくこのくらい?」という形を描く。

 「ああ!」とマツが驚いた声を上げる。


「マ、マサヒデ様!」


「どうしました!?」


「あの、あの、この子、育つでしょうか!? タマゴ、タマゴがあるんですが!?」


「あっ!」


 タマゴなしで育つ種族と、タマゴで育つ種族。

 その間に出来た子供は、母体でちゃんと育つのか?


「あ・・・」


 マツは気を失ってしまった。


----------


 マサヒデは、気を失ったマツをそのまま布団に寝かせ、小さく、苦しそうに声をあげるマツの顔を見ながら、腕を組んで、じっと考えた。

 マツはひどい顔色だ。


 子は出来た。

 だが、人族と魔族の間の子。

 タマゴで育つ種族と、タマゴなしで育つ種族の子。


 だが、いくら考えても分からない。


(そうだ! 専門家に聞けば!)


 医者だ。医者に聞けば良い。


(だが・・・)


 もし、育たない、と答えが返ってきたら・・・

 マツはまだ気を失っている。


(・・・)


 早い方が良い。

 マツが目を覚ます前に、自分だけで聞いてこよう。

 もし首を振られたら。

 いつかは、話さなければならないが・・・

 今日、その話を聞かせるのは、マツには辛すぎる。

 それはマサヒデも同じだが、ここは自分が行き、聞いてくるべきだ。

 マサヒデはそう考え、立ち上がった。


----------


 昨日のように、早朝から長い列が出来ているギルドの前を、人をかき分けて無理矢理に中に入る。

 「関係者です」と言いながら通ったが、余程の顔をしていたのだろう。

 人々はマサヒデを見ると、驚いた顔をして下がり、道を譲った。


「すみません」


 受付嬢に声をかけると、受付嬢も驚き、続いて怯えた顔をした。


「このギルドに、お医者様はおられますか。治癒師ではなく、お医者様です」


「は、はい!」


「今、おりますか」


「はい! 治療室に!」


「治療室は、確か訓練場への廊下の所でしたね」


「ありがとうございます」


 マサヒデは頭を下げることもなく、くるりと向きを変えて、早足で廊下を歩いて行く。治療室はすぐに見つかった。


 どんどんどん!


 強くドアを叩くと、中から


「はーい」


 と声がした。

 マサヒデは、ぱしーん! と戸を開け、中に入った。


「おはようございます」


 白衣の細身の中年の男性と、奥に同じような白衣の若い女性がいる。

 女性の方は、腰に小さな杖をかけている。おそらく治癒の魔術師。

 中年男性の方が医者だろうか。

 2人とも、驚いた顔をしている。


「早くからすみません。お医者様ですね」


 マサヒデの顔を見て、2人は少し怯えているが、構わず、医者の前に置かれた椅子に座った。


「お聞きしたいことがあります。少し、お時間を下さい」


「な、なんでしょう」


 マサヒデの顔は、今にも切りかかってきそうだ。


「昨晩、妻を抱きました。妻は魔族、私は人族です。朝起きると、妻の腹にタマゴがありました」


「は、はい・・・」


「我々の子は、育ちますか」


「は?」


「人族はタマゴなしで子が育ちます。妻の種族は、タマゴで育ちます。我々の子は、育ちますか」


「・・・」


「もう一度、お聞きします。我ら人族はタマゴなしで子が育つ。妻の種族は、タマゴで育つ。我々の間に出来た子は、育ちますか」


 医者はゆっくりと、治癒師の方に顔を向けた。

 治癒師も目だけ、ゆっくり医者の方に向けた。

 その後、医者は恐る恐る、マサヒデに向き直った。


「お、おそらく大丈夫かと・・・」


「おそらく?」


 マサヒデの目が光った。

 治療室内が、冷たい空気に包まれる。

 治癒師も怯えて震えていたが、今度は震えも止まって、息を飲んで身体が完全に固まってしまった。


「まずですね、あの、奥様の方を診てみませんと・・・はっきりとお答え出来ないのですが・・・まず大丈夫かと・・・」


「・・・確かに・・・妻の方を診なければ、はっきりと、分かりませんよね・・・」


「よろしければ、奥様をこちらへ連れてきてもらえれば、診察致しますが」


「・・・」


「ど、どうでしょうか。私で不足でしたら、他の医者をご紹介致しますが」


 マサヒデは少し下を向いた。

 医者はごくり、と息を飲んで、マサヒデを見つめている。

 少しだけ考え、マサヒデは鋭い目を下から医者に向けた。


「・・・妻は先程、この事で心配のあまり、気を失ってしまいました」


「・・・」


「ギルドの向かいの家・・・魔術師協会です。お手数をお掛けしますが、足を運んで頂けませんか」


「魔術師協会!? マツ様ですね!? すぐ準備します!」


 医者は勢いよく立ち上がり、棚に置いてあった鞄を手に取って、数冊の本と書類を入れ、治癒師の女性に声をかけた。


「何もないと思いますが、念の為来て下さい。魔術師協会と言えば、分かりますね」


 医者の顔は、先程のような怯えた顔ではなく、真剣な顔になっている。


「は! はい!」


「トミヤス様ですね。行きましょう」


「はい」


 マサヒデも立ち上がった。



----------



 マツの家に戻り、3人は静かに奥の部屋に入った。

 マツはまだ寝込んでいる。顔色が悪い。


「これから奥様を診察します。服を脱がせますが、よろしいですね」


 医者は小声でマサヒデに言った。

 マサヒデはこくりと頷く。


「君はそこで」


 医者が治癒師に指示を出す。


 そして、聴診器と、何やら見たこともない道具を取り出した。

 なにやら、聴診器の耳に当てる部分のような物が、2つ先に付いている。

 医者はそっとマツの腹の辺りの服を脱がせ、そっと、聴診器を当てる。


「・・・」


 ぽん、ぽん、と軽く聴診器を当てて、しばらく音を聞き、次に先程の道具をマツの腹を挟むように、そっと置いた。

 先から、放映のような小さな画面が浮き出す。魔術の道具のようだ。

 黒くてよく分からない。


「ふむ・・・」


 そのまま、医者が先の方をゆっくり捻ると、影の中に、何か見えた気がする。

 何度か、医者はその道具を動かしたり、捻ったりして、難しい顔で浮き上がった画面を見ている。

 しばらくして、医者はこくり、と頷き、マツの服を着せた。


「君はここで、マツ様を診ていて下さい」


 と、小声で治癒師に言って、


「さ、トミヤス様。外へ」


 と、マサヒデの方を向いた。

 笑顔だ。

 マサヒデの全身の力が抜けた。

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