第70話 罠

「一族の中に、お前の目的を知っていてそれに加担した者はいるか?」


「……い、いない。私だけだ。落ち目だった侯爵家を陥れる真似をしようなどと、恥ずかしくて周りの者に言える訳が無かろう」


『嘘は言っていない』


どうやら事実の様だ。


「そうか。じゃあ……何か最後に言い残す事はあるか?家族に残す言葉があるなら、書面に書く時間ぐらいくれてやる」


こいつは伯爵家の当主だ。

急に死ねば色々と問題が出て来るだろう。

家門自体に恨みはないので、後々家の事を考えての遺言ぐらいは残させてやる。


もちろん、余計な事は書かないよう検閲はするが。


「た、助けてくれると言ったじゃないか!!」


「アレは嘘だ。お前だって俺の質問にいくつか嘘で答えただろ?おあいこ様ってやつさ」


俺は茶化す様に軽く返す。

そもそも、顔を出して素性を明かした時点で生かしておく訳がないのだ。


そのあたり冷静に考えれば分かる事だが、まあ現時点での伯爵にそんな物がある訳もないが。


「ふ……ふざけるな!ふざけるなふざけるなふざけるな!!!」


伯爵が顔を真っ赤にして喚きちらかす。

見苦しい事この上なしだ。


「私はコーダン伯爵家の当主だぞ!その私を手にかけて国が黙っている訳がない!そうなればコーガス侯爵家も終わりだ!!分かっているのか!!」


「証拠は一切残さないから問題ない。それより……遺言を残さなくていいのか?必要ないと言うのなら……」


生き足掻く見苦しい姿を延々眺め、悦に浸る趣味は俺にはない。

どちらかと言うと、嫌いな相手にはさっさと消えて貰った方がすっきるするタイプだ。


「う、うぅ……」


「ない様だな。じゃあ……」


「ま、まて!待ってくれ!!」


「なんだ?遺言を書くのか?」


「そ、そそそ……そうじゃない!情報だ!私は情報を持っている!!30年前のコーガス侯爵家の没落についての情報だ!」


「30年前の……没落についての情報だと?」


伯爵の一言に、俺は目を見開く。

30年前の没落は、ハミゲルという屑男が大々的に違法薬物を流通させ荒稼ぎした結果起こった事だ。


それ自体の決着は既についており。

当人は処刑。

そしてコーガス侯爵家は爵位こそ残して貰えたが、その全財産と領地は没収され、実質没落する事となった。


だが奴はその事について情報があると言う。

エーツーの方に視線を向けると、彼女は首を縦に振ってその意図に答えた。

どううやら伯爵が死に際に叫んだ戯言ではない様だ。


30年前に起こった没落劇は、余りにも時間が立ちすぎていたため俺でも詳しく調べる事が出来ていない。

もしあの一件に何かがあり、それを伯爵が知っているのなら、当然その情報は引き出しておくべきだろう。


「そうだ!お前も知りたいだろう?なぜコーガス侯爵家が没落したかを!もし私を殺さず生かすと言うならそれを教えてやる!!」


「やれやれ」


この期に及んで取引出来ると思っているとか、めでたい奴だ。

やった事の責任は取らせる。

そしてその上で情報は頂かせて貰う。


「ぎゃああああ!!」


俺はコーダン伯爵の指を掴み、そのままへし折った。

そしてそれを回復魔法で素早く治癒してやる。


「俺はその気になればお前を連れ去り、回復させつつ無限に拷問を加える事だって出来る。そんな手間はかけさせないでくれるか。お前だってどうせ死ぬのなら、楽に死にたいだろう?」


安心させて聞き出すと言う手はもう使えないだろう。

さっき騙したばかりだからな。

何らかの面倒臭い条件を並べて来るのは目に見えているので、拷問によるごり押しで行く。


「いやだ……いやだ……いやだぁぁぁ」


伯爵が尻もちをついたまま、俺から逃げ出そうと両手両足を使って後ろに下がる。


だがその行為に意味はなかった。

何故なら、ここは結界に閉ざされた閉鎖空間だからだ。

だから逃げ場などどこにもない。


まあ仮にそうでなくとも、ただの太った男が勇者である俺から逃げられる筈もないが。


「俺も鬼じゃない。お前を生かしては置けないが、もし自分から進んで話すというのなら……いずれこの伯爵家に何かあった際、一度だけ俺が手を差し伸べてやる。勇者である俺が」


伯爵は死刑待ったなしだが、直接かかわりない他の伯爵家の人間まで恨んだりはしない。

だから素直に話すというのなら、俺の目が黒いうちは一度だけ伯爵家を助けてやる事にする。

いわゆる情報料という奴だ。


「いやだぁ……じにだぐない……じにだぐない……」


が、伯爵が頭を抱え、泣きながらその場にうずくまってしまう。

まあそんな気はしていたが、やはり素直に話す気はない様だ。


そんなに死にたくないなら、最初っから余計な事するなっての……


「やれやれ。最大限の譲歩だったんだがな……」


「この男は馬鹿なのか?」


伯爵の姿に、魔王が呆れた様にそう呟く。

まあそう思うのも無理はないだろう。


生存の可能性は絶対なく。

粘れば粘るほど自分が苦しい思いをするだけ。

しかも素直に話せば、少なくとも残った親族には恩恵まで与えて貰えるのだ。


どっちが得かなど考えるまでもない。

俺がこの男の立場なら、迷わずさっさと話す方を選んだ事だろう。


それぐらい明確に答えの出ている事なのだが……


「まあ、覚悟の決まっていない欲望まみれの人間はこんなもんだ」


ただただ、本能のままに生きる事を望む。

その行動はまるで知性のない獣の様ではあるが、追い込まれた人間の大半はそんな物である。

死という終わりの前で、冷静でいられる人物の方が遥かに少数だ。


とは言え――


「話したくなったら言え。耐えれば耐える程辛いだけだぞ」


「ぎゃああああ!!」


――そう言う意思の弱い人間は、痛めつければ直ぐに素直になるのが相場だ。


俺は伯爵の体の骨を適当に折りまくる。

痛みで気を失ったら回復させてリセット。


「は、はなすぅ!話すから許してくれぇ!!」


そんな感じを繰り返そうと思ったが、腕の骨を粉砕した時点で早々に伯爵がギブアップした。


想像以上のスピード感。

コイツがどれだけ甘やかされた生き方をしていたのかが、良く分かる。


「良いだろう」


俺は話しやすいよう、ダメージを回復してやる。

痛みで真面に話せそうになかったから。


「話せ」


「30年前……確かにハミゲルは違法薬物の流通に手を出していた。奴は素行の問題で、侯爵家に色々縛られてて自由にできる金がなかったからだ」


素行を正すのではなく、裏で犯罪をして金を稼ぐ。

完全に屑の思考である。

なぜコーガス侯爵家からそんな奴が生まれたのか、本当に不思議だ。


「だが、奴もそこまで馬鹿ではなかった。関わっていたのはあくまでも小規模の取引程度で、流通全体を取り仕切って等いなかったんだ。もしそうだったなら、あいつは俺から金をせびったりして無かったはず」


「……」


大々的に流通させていたのなら、その儲けは相当な物のだったろう。

何せ国が大問題と判断する程の規模だった訳だからな。

そしてそれだけ儲けていたのなら、伯爵家の子せがれ如きに集ったりはしなかったはず。


稼ぎが少額で豪遊するのに足りなかったから、伯爵から金を奪っていたんだとしたら……


「事実だ」


俺が視線を向けると、エーツーが伯爵の言葉を肯定する。

つまり……


「ハミゲルの罪は濡れ衣だったって事か……」


普通の人間なら、流通に関わってるだけで投獄ものだ。

だがハミゲルは素行に問題があったとしても、侯爵家の嫡子である。

違法な流通に少し噛んでいた程度では強く罰せられる事も、ましてやその事で侯爵家がほぼお取りつぶしになるなんて事は起きえない。


伯爵の言葉が事実なら、コーガス侯爵家は何者かによって陥れられたと言う事になる。


「そうだ」


「証拠はあるのか?」


「明確な証拠はない。だがどうせもう殺されるんだ。今更嘘など吐くものか」


自暴自棄を鵜呑みにする気はない。

俺はエーツーへ視線を投げかけ確認する。


「嘘は言っていない」


「そうか。それで犯人は?」


「それは分からない。私も当時は若く。まだ家を継いですらいない身だったから、情報を手に入れる術がなかった。まああったとしても、恨んでいたハミゲルの事など調べなかっただろうが」


「事実だ」


エーツーが肯定する。


「ふむ……」


当時の侯爵家は100年前と変わらずに健在だった。

それを罠に嵌めて引き摺り落としたとなると、相手は相当限られてくる。


王家……いや、単独でなければ他の侯爵家当りでも可能か。


「まあ……侯爵家は周囲から煙たがられていたみたいだからな。何組かの貴族が手を組んだんだろう」


「煙たがられていた?ハミゲルの行動のせいか?」


本当に碌な事をしない男である。


「ハミゲルだけじゃない。コーガス侯爵家そのものがだ」


「なに?」


伯爵の言葉に、俺は眉根を顰める。

俺が調べた限りでは、問題児はハミゲルだけの筈だが。


「コーガス侯爵家はこの国では群を抜いていたからな、その事をねたむ奴は多かった。ましてや清廉過ぎて付き合いずらいとなれば、なおさらだ。父から聞いた話だと、侯爵家は他家によく干渉していたそうだ。悪事を見つける度に、正義漢丸出しでな。そりゃ嫌われるに決まってる」


正しさが仇となった訳か……


正義は美しいが、過ぎれば毒になりうる。

確かに清廉潔白だったコーガス侯爵家は、他の貴族からすれば目の上のこぶだった事だろう。


――隆盛と正義感が敵を生み出し、そしてコーガス侯爵家は罠にかかって没落した。


「……」


もし侯爵家にもう少し柔軟性があったなら、結果は変わっていたかもしれない。

過ぎたるは猶及ばざるが如しとは、こういう事を言うのだろうな。


「他に情報は?」


「もうない。それだけだ」


エーツーを見ると頷く。

どうやら話はここまでの様だ。


「お前の齎したのは有益な情報だった。約束通り、伯爵家が困難に直面した際は、俺が一度だけ手を差し伸べてやる」


「……」


俯く伯爵の顔は俺には見えない。

だがまあ、喜んではいなさそうだ。

自分勝手な人間だったから、残された家の事などどうでもいいのだろう。


「遺言がないなら終わらせるぞ」


「……」


返事がないのは肯定と受け取った俺は、その頭部を掴んで衝撃波を放った。

脳だけを一瞬で粉砕しているので苦しみは感じなかった筈だ。

遺体も綺麗に残るので、葬儀もしやすいだろう。


これは有益な情報を寄越した奴への気遣いだ。

そのやらかした事は万死に値するが、奴の齎した情報はそれだけの価値がある物だった。


「やる事が増えたな」


30年前に侯爵家を罠に嵌めた犯人の捜査だ。

昔の事だからと、コーガス侯爵家を罠に仕掛けた不逞の輩共を見逃してやる筈もない。


必ず見つけ出し、その報いは受けて貰う。

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