第8話 御前試合


 あばら家に戻ると、トモヤが騎士達と庭で車座になって、何やら話し込んでいる。

 2人の騎士がこちらに来て「お疲れ様でした」と言って、マサヒデ達の馬の手綱を取った。


「皆様、おはようございます」


「おう、マサヒデ。アルマダ殿。昨晩は遅くまでかかったようじゃの」


「まあ、色々あってな。何をしておる」


「うむ・・・こっちも色々あってな・・・」


 そう言って、トモヤは地面に枝で何やら書き込んでいる。

 騎士の2人、リーとジョナスがそれを見ながら「こうしますと」「いや、そうするとこうなって」などと、顎に手を当てて、うーん、と唸っている。


「皆様、握り飯と魚を買ってきました。朝食はもう済ませましたか」


「いえ、これからです」


「それでは、朝食にしましょう。我々はもう済ませてきましたから、魚は私が焼きます」


「アルマダ様、そんなことは我々にお任せ下さい。昨晩は遅くまでお話でしたのでしょう。どうぞお休み下さい」


「いえ、私はたっぷりと寝かせて頂きました。」


 マサヒデはトモヤ達を見ながら、


「ところでサクマさん、あれは一体?」


「ああ、あれはトモヤ殿とお坊様の将棋勝負です」


「ほう?」


「トモヤ殿、全く歯が立たなかったようで。お坊様には随分とからかわれたようですね。昨晩は戻ってから、ああやって勝負を思い出しながら、ずっと手を考えておられまして」


「ははは!」


 サクマもにやにやして、


「帰り道でも、歯ぎしりしていましたよ。あの賑やかなトモヤ殿が、昨晩はずっとうんうん唸っておられました」


「ふふふ、それで皆様まで巻き込んで、お坊様に勝つ手を考えている、というわけですか」


「はい」


「ま、トモヤもそれなりにはやりますが、村にもトモヤより強い爺様が何人もおりましたからね。ふふ。まあ、ああやって真剣に取り組むのは良いことです」


「そうですね。では、我々は朝食にしますので、お二人はお休み下さい」


「いえ、皆様には昨日のギルドとの交渉の報告もしたいですし、他にも、まあ色々とありましたし・・・食事をしながら、お話しましょう。休むのはそれからにします」


----------


 囲炉裏の周りをぐるりと囲み、朝食が始まった。

 トモヤは、ばりばりと音を立てて、焼き魚を頭ごとかじっている。

 騎士達も片手に握り飯、片手に魚を持って、がつがつと食べている。


 アルマダがその様子を見ながら、報告を始めた。


「さて、皆様。昨日のギルドとの交渉なんですが、結論から言いますと、大成功です」


 おお、と声が上がった。


「細かい所は省きますが、最後にはギルド側から我々への依頼、という形になり、全てこちらの希望どおり進んでいます。触れも出してもらえますし、会場はギルドの訓練場をお借りすることができ、また、試合の様子は放映されることになりました」


「なんと! 放映までされるとは!」


「さすがアルマダ様!」


 称賛の声を聞いて、アルマダもやぶさかではないようだ。

 笑顔を浮かべている。

 が、すぐに眉をしかめた。


「しかし、問題も残りました」


「と、言いますと」


 アルマダはちらり、とマサヒデを見て、


「実は、訓練場をお借りする際に、条件が出されましてね」


「条件ですか」


「マサヒデさんが、ギルドの3人と立ち会いました」


「ほう。マサヒデ、まさかお主、遅れでも取ったのか?」


「違う。トモヤ、遅れを取ったのはお前だけだ」


 わはははは、と騎士達が大笑いする。

 トモヤは顔を真っ赤にした。


「ぐ、今日は勝つわ! マサヒデ! ワシの報告を楽しみにしておれ!」


 と言って、ふん、と腕を組んでそっぽを向いてしまった。


「ふふふ。いえ、逆ですよ。ギルド側は、マサヒデさんに手も足も出なかった」


「それでは、何が問題で?」


「腕の差がありすぎたんですよ。これでは試合にもならない、と。もう立ち会いの様子は、町で噂になっているでしょう。と、なれば・・・」


「あ、分かりました。マサヒデ殿を恐れて、参加者が少なくなる、と」


「そういうことです」


「ふーむ・・・それでは、祭にもならんのう・・・」


「ギルドのメンバーは、『査定の為』と、ちょっと強引ですけど、参加してもらうことも出来ます。しかし、一般参加となると・・・」


「なるほど・・・」


 そこでマサヒデが口を挟んだ。


「アルマダさん。実はそれに対しては、良い策が」


「え、何かあるんですか」


「ええ。これは今日、ギルドでオオタ様やマツモトさんにも、是非お話しせねばと考えていました」


「聞かせて下さい」


「今回の試合、なんと国王陛下もご覧になられるそうで」


「なんですって! 国王陛下が!?」


 皆の動きが止まった。

 「陛下が!?」「御前試合になるんですか!?」

 などと、次々に声が上がる。


「マ、マサヒデ・・・」


「直接、この町においでになられるわけではありません。ですが、あの魔術の放映を使って、ご覧下さる、と。なんと『御前試合』と銘打っても良い、とのお言葉まで賜りました」


「・・・」


「そこで、ギルドの方々には、この事も触れで伝えるようにお願いしよう、というわけです」


「・・・なるほど! 陛下もご覧になられる試合となれば、たとえマサヒデさんに敵わずとも、少しでも良い試合が出来れば、目に止まるかも、と考える方は必ずいる! 身分関係なく、参加は自由だ、これなら増える! 素晴らしい! 素晴らしいですよ!」


「そういう目的の方ならば、逃げたり、偽名で、などという人もいないでしょう」


「すごい! マサヒデさん、これはすごい!」


「私がすごいのではありませんよ。これは、陛下の御威光のおかげです」


「これは、これは、オオタ様やマツモトさんも驚くでしょう! 陛下もご覧になると知れば、ギルドの方々もきっと多く参加する! このギルドで御前試合となれば、ギルドも大名誉だ!」


 アルマダは大興奮だ。

 対して、トモヤは顔を青くしている。


「マサヒデ、マサヒデよ・・・」


「どうした、トモヤ」


「ワシは、ちびりそうじゃ・・・」


 ぷー、とマサヒデは吹き出してしまった。


「ぷっくくく、トモヤ。お主も俺と立ち会うか? 陛下の目に止まれば、大出世の機会だぞ?」


「・・・少し考えさせてくれ・・・」


 トモヤは真剣な顔で腕を組んでしまった。

 本当に立ち会うつもりか? と、マサヒデも少し心配になって、


「おい、将棋ではお主に勝てんと分かっておるからな。尋常の立ち会いでだぞ」


「わはははは! そんなことは考えておらんわ。まあ無理じゃからやめとく。将棋の兄さんが将棋で勝負をせぬとなれば、皆もがっかりしてしまうじゃろうからの」


「はははは!」


 皆の笑い声が、あばら家に響いた。

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