第4話 交渉成立まであと一歩


 きっちり半刻後、音もなくマツが現れて、マサヒデの横に座った。


「お待たせ致しました」


「どうなりましたか」


「はい。その前に、ハワード様・・・」


 アルマダを見るマツの目が真剣だ。

 殺気はないが、異様な雰囲気が、ぶわっとマツから出たのを感じる。

 空気が、冷たい。


「・・・なんでしょうか。私に、何か」


 アルマダは、まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。


「私は幽霊ではありませんよ」


 アルマダがぎくりとして、顔を真っ青にした。

 聞かれていたのだ・・・


「ふふふ、私を死霊術の幽霊などと・・・酷いお方」


 異様な雰囲気が消え、マツは口に手を当てて笑っているが、アルマダは冷や汗を垂らしている。


「申し訳ありません。我ら、これでも少しは研鑽を積んでおるもので、マツ様のように尋常でない腕の方を前にすると、どうしても固くなってしまいまして」


「あら、尋常ではないなどと。トミヤス様もおっしゃいますね」


 マツはさらに笑い出した。


「大変、失礼致しました。我らをお許し下さい」


 マサヒデは頭を下げた。


「あら。マサヒデ様は先刻までの固さが消えておりますね」


「アルマダさんのおかげです」


「うふふ」


「それで、どうなりましたか」


「はい。魔術師協会は、此度の陳情をお取り上げになり、トミヤス様の力試し大会の様子を映すことを許す、とお返事を頂きました」


「おお」


「場所と日取りが決まりましたら、またこちらへお知らせ下さいますか。

 魔術師協会の方でも準備がありますので」


「はい、すぐに。お手数おかけしました」


「良かったですね、マサヒデさん!」


「はい! あ、そうだ、マツ様。

 これは私の興味からの質問ですが、ひとつ、お聞きしたいことがあるのです」


「なんでしょう。独り身でいる理由ですか?」


 マサヒデは苦笑し、


「はは、それはまた後日お聞きしますよ。

 お聞きしたいのは、なぜ、協会からたった半刻でお返事が頂けたのか、ということです」


「簡単なことです。魔術師協会は、遠く離れていても、本部と支部とは連絡が取れるのですよ」


「そんなことが出来るのですか」


「ええ。ほら、おふたりの手にもついている、目付けの帯。

 これも遠く離れた者たちの試合を映すではありませんか」


「あ、たしかに」


「冒険者ギルドにも、別の支部やギルド、本部とこうやってやり取りしている所があるのですよ。オリネオのギルドもそうなんです。

 とてもお金のかかる機材ですので、魔術師協会以外には、あまり普及はしておりませんが」


「そうだったんですか・・・ん? オリネオのギルドにも? ということは」


「うふふ。マツモトさんも粋な計らいをしてくれますね」


「マツモトさん・・・普通に紹介して下されば良いものを・・・」


「それが分かりましたので、私『』で、おふたりには驚いて頂きました」


「マツ様・・・」


 アルマダはがっくりと肩を落とした。

 その様子を見て、マツは口に手を当てて笑った。

 マサヒデはがっくりしたアルマダを見て、にこ、と笑い、置いた刀を手にとって立ち上がった。


「マツ様、美味しいお茶をありがとうございました。それでは、私達はこれにて」


 帯に刀をさすと、アルマダも立ち上がった。


「お二人共、用事がなくても構いませんので、また遊びに来て下さいね」


 もう異様な雰囲気はない。

 マサヒデはにこりと笑い、


「驚かせない、とお約束いただけるなら、遊びに来ます」


「まあ、つまらない」


 マツも、にこ、と笑顔を返した。



----------



 マツの家の外に出て通りに出ると、開放感が2人を包む。

 最後は緊張も解けたとはいえ、やはりあれほどの人物の前では固くなる。


「後は場所だけですね」


「それについては、私に良い考えが」


「ほう。マサヒデさん、教えて頂きますか」


「ええ。おそらくは良い場所です。ギルドの裏手にある、訓練所らしき所です。

 先刻ギルドに行った時、裏手から訓練の音が聞こえました。

 まあ、実際に見てみないと分かりませんが、あれほど大きな建物にある訓練場、狭いということはないでしょうし」


「なるほど、良い考えです。ですが、ギルドに許しを貰わないといけませんね。

 貸し賃も要求されるでしょうから、それも確認しませんと」


 2人は道を挟んだ冒険者ギルドに戻り、受付嬢に再度マツモトへの面会を願った。


「お待ち下さい」


 といって、ぱたぱたと受付嬢は奥に走っていった。

 間もなく、マツモトが奥から歩いてきた。


「お待たせしました。さ、奥へどうぞ」


 マツモトは笑顔だ。


「魔術師協会はいかがでしたか」


「マツモトさん・・・」


 アルマダの目がマツモトの背中を睨んでいる。


「ははは。またマツ様がいたずらでもされたのですかな? さ、どうぞ」


 マツモトがドアを開けると、部屋の隅でメイドが頭を下げている。

 顔は見えないが、笑っているように見える。


「さ、お座り下さい」


「どうぞ」


 2人が座ったタイミングで、メイドが綺麗な仕草で紅茶を出した。


「それで、いかがでした」


「マツモトさん・・・恨みますよ」


「ははははは! 『本物の魔術師』というものが見られましたかな!」


 一見、神経質そうな顔はしているが、意外とそうでもないようだ。

 マツモトは豪快に笑って、アルマダを見た。


「ふふふ、お二方、今までずっと剣の道場にいて、役所の魔術師くらいしか見たことはなかったでしょう。良い経験になりましたら、私も嬉しいですぞ」


「・・・」


 アルマダは苦い顔をしている。


「・・・マツモトさん、これはひとつ貸しとさせて頂きますよ・・・」


「ふふふ、せっかく『本物の魔術師』を間近で見られたのですぞ。

 貸し借りなしとしましょうか」


「・・・」


 マツモトは真面目な顔に戻った。改めて交渉開始だ。

 アルマダもマツモトの顔を見て、表情を戻した。


「さて、魔術師協会からはお返事を頂けましたかな」


「はい。良い返事が頂けました。マサヒデ殿の力試しの様子を映して下さると」


「では、後は場所さえ見つかれば見物客に関しては問題ない、と。

 で、ここに来たということは、場所は見つかったのですね」


「場所に関してですが、こちらの訓練場をお借りすることは出来ますでしょうか」


「ほう」


「どうでしょう。よろしければ、まず見てみたいのですが」


「予想通りでしたな。ま、この町で周りに危険なく戦える場所と言えば、うちの訓練場だと思っていましたよ」


「では」


「しかし、ご覧になるのに、ひとつ条件があります。

 貸し賃に関しては、貸すと決まった後で交渉しましょう」


「見るのに条件が?」


「はい。基本的に、このギルド所属の者しか使えない場所です。

 と言っても、隠すほどの場所でもありませんので、簡単なことです」


「お聞かせ下さい」


 マツモトはマサヒデに向き直り、


「では、トミヤス様。これから訓練場で3人の者と立ち会って頂けますかな」


「立ち会いですか?」


「ええ。剣士、魔術師、弓使いを用意しました。

 まず、実際にトミヤス様の戦い方を見てみたい。

 あまり派手な戦い方で、訓練場が壊されるようなことがあったら大変ですので」


「・・・」


「・・・というのは建前で、ただ、私がトミヤス様がどれほどのものか、見たいというだけですが。いかがですか」


 と、マツモトはにこりと笑った。


「やりましょう」


「ハワード様には審判を願えますか?」


「はい」


「では、参りましょ・・・」


 マツモトが立ち上がり、ドアに手かけた所で、手を止めた。

 メイドがマツモトをじっと見ている。


「・・・君も見たいのかね」


 メイドはす、と頭を下げ、


「いえ、そのような事は考えておりません」


 と答えた。


「・・・そうか。では、君はお二方を訓練場へご案内しなさい。

 私は待ってもらっている3人を連れてくるから」


「はい」


 メイドの返事は、幾分嬉しそうに聞こえた。


「それと」


「はい」


「受付のあの子も連れてきなさい。すぐに済むでしょうから、受付は閉めておいて構いません。ちゃんと『受付不在』の札を出しておくように」


 ふう、とマツモトは軽くため息をついて、


「トミヤス様・・・申し訳ありません」


 と頭を下げた。


「問題ありません」

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