絶対メンヘラ少女ベルちゃん

浦瀬ラミ

起 だって生きるの辛いんだもん(´;ω;`)

 とある少女が、今日も俯きながらアパートの一室へと帰っていく。そこは狭く、薄暗い部屋。ちゃぶ台には夕飯のカップ麺と、洗濯物の取り込みを頼む簡素な置手紙があるだけ。

 シングルマザーの母親は、今日も遅くまで働いている。高校二年生の彼女、北川鈴きたがわすずにとっては、むしろそちらの方がありがたかった。いつ癇癪を起こすか分からない母親と一緒に過ごす時間が、少しでも短くなれば御の字だったからだ。

 彼女は洗濯物を取り込み終わったら、すぐにちゃぶ台で勉強に取り掛かった。落書きだらけでボロボロの教科書を使い、来週に迫った期末テストへ向けてペンを走らせる。学年で10位以内に入らないと、また母親がヒステリックを起こす。だから休む暇などないのだ。

 辛い、寂しい、怖い。心に余裕などあるはずがない。家にも学校にも居場所はない。そんな鈴にも、一つだけ安らぎを得られる居場所があった。

 勉強がひと段落すると、鈴は携帯を取り出し、Xを開いた。

『今日も生きるの辛い。いつか仲良い皆で楽しくBBQしたい』

 なんてことない願いをポストし、しばらく待つと一つ、また一つといいねが付く。いいねなんてただの数字だが、鈴の言葉にまともに反応してくれる人はネットの世界にしかいないのだ。

 鈴は『ベル』というアカウント名で、時折愚痴をこぼすことで気を紛らわしていた。過去の発現を確認して優しそうな人を見つけたら、フォロー、いいねでアプローチをかけ、フォロバをしてもらう。

 今では最低でも4、5人は反応してくれる。鈴にとっての、僅かではあるが生きる希望だった。

 いつか自由になったら、この人たちに直接会いたい。だから、今がどれだけ辛くても、耐え忍ぶことを鈴は決意していた。ネットを通じて会うのは危険だなんてよく言われるが、鈴がこれまでネットを通じず出会ってきた人達は総じてクソだったから説得力なんて無い。

 TLを流し見していると、また通知のアイコンに反応があった。こんな短時間に3人もいいねを押してくれるなんて珍しい。こういう小さなラッキーが、渇き切った鈴の心を贅沢に潤してくれるのだ。


『メンヘラ女おって草www』


 何が起きたのか分からなかった。

 状況も飲み込めないまま、心臓はピアノ線で縛られたみたいにキリキリと痛む。目の奥は酸っぱくなり、鈴はようやっと自分が泣きそうになっていることを理解した。

 泣きたい。自分なりの何でもない、だけど掛け替えのない願いを馬鹿にされて、言葉にならない感情が胸の中を百足のように這い回る。

 目の前で同じことを言われていたら、鈴は近場の物を手に取り相手を殴打していたかもしれない。しかし幸か不幸か、相手は画面の向こう。やり場のない思いが体を駆け巡り、腕がブルブルと震える。

 気付いたら、鈴は自分の腕をガリガリ引っ掻いていた。赤く爛れた肌を見ると、鈍い痛みが思い出したようにやってくる。

 溢れ出そうな涙をグッと飲み込み、鈴はスマホを手に取った。

『悲しくて腕引っ掻いた。痛い』


これが、『絶対メンヘラ少女ベルちゃん』の始まりである。

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