第18話 男の正体・2


 マサヒデは笑いながら、


「もしかして、橋の上で得物を奪ってたのって、クロカワ先生なんですか?」


 クロカワは苦笑いをして、


「いや、別にそんなつもりなかったんだけど、変な風に読売に書かれちゃって。

 もう、通ってく人、皆、得物を投げて走ってっちゃうんだよ。

 全然、練習にならなくてね・・・」


「ははは! そうでしたか」


「最初、剣取って抑え付けてたんだけど。

 で、こう手離すでしょ。そしたら、参ったってそのまま帰っちゃったんだよ。

 忘れたよーって大声で呼んだけど、馬ですっ飛んでったからねえ」


「きっと、その人が大袈裟に話し回っちゃったんでしょうね」


「多分・・・お陰で、誰も相手してくれないんだよ。

 そろそろ、まとめて遺失物として奉行所に届けようかなって」


「売ったりしなかったんですか?」


 クロカワが気まずそうに、


「いや、まあ、その、ね。2、3個はね・・・食費とかもあるし・・・

 そこはさ、勇者祭だから、問題ないでしょ。大目に見てよ」


「じゃあ、稽古代、払いますので、少し皆に稽古をつけてもらえませんか」


「ええ? なんかやだなあ、それ。

 僕、9割くらい武術交流のつもりで来てるんだよね。

 稽古は全然良いんだけど、君からお金取るって、ちょっと」


「帰るにしても、別の場所に行くにしても、金は必要でしょう?

 十分な金は払いますから、稽古をお願いします」


「うん、まあ・・・そうだよね。じゃあ、もらう。稽古しようか」


 と言って、クロカワが皆を見る。


「ええと、あ、あなたはもしかして忍?

 ああ! 鬼族の方じゃないですか! すごい! 手合わせは初めてですよ!

 うわあ、何か楽しみになってきちゃったなあ!

 色々、使えそうなのがあったら、取り入れちゃって良いかなあ・・・」


 マサヒデが頭を下げたままのカオルに、


「カオルさん、監視員の方に少しご相談なさい。

 忍の体術には、特殊な技術もあるでしょう」


「は、はー!」


 ささー、とカオルが橋の下へ駆けていった。


「うわ、速いね・・・あ、マサヒデ君、勇者祭には参加してるの?」


「はい」


「あ、そう? じゃ、僕達、君に負けちゃった。ここで降参」


「え!」「はあ!?」「ええ!?」


 クレール達3人が驚いて声を上げた。


「良いんですか?」


「うん、誰も相手してくれないから、そろそろ他に行こうかなって話してたし。

 ああ、あの集まっちゃった得物、持ってっていいよ。

 橋の下に置いてあるから、好きにして」


「ありがとうございます。稽古に土産までもらってしまって」


 クロカワは顔の前で手を振って、


「いいよいいよ! さっきの人、忍でしょ。この人、鬼族でしょ。

 こんな豪華な相手なんて、こっちが礼を言いたいくらいだよ!

 マサヒデ君もやってくでしょ?」


「勿論です。よろしくお願いします」


「ええと、あと・・・あの、レイシクランの方・・・ですよね?」


 クロカワがクレールを見る。

 クレールが頭を下げ、


「はい! 今はトミヤスです!」


 ん? とクロカワが首を傾げる。


「トミヤス・・・?」


 は、とクロカワが目を見開いて、


「ちょっと待って、ちょっと待って!

 マサヒデ君? マサヒデ君、君、もしかして」


 マサヒデは頷き、


「はい。私の妻です」


「ええ!?」


 と、クロカワが声を上げて驚き、


「ちょっと、ちょっと・・・」


 と、マサヒデの袖を引っ張って行く。

 離れた所で、ちら、と背中越しにクレールを見て、


「マサヒデ君、君、結婚したの?」


「はい」


「レイシクランの方と?」


「はい」


「どこで知り合ったの? この辺に居たなんて、知らなかったよ」


「ああ、先生は知らなかったんですね。

 私、つい先日、向こうのオリネオで、300人組手をしまして。

 その中の1人が、あのクレールさんです」


 クロカワが呆れた顔で、


「ええ? 君、300人組手なんてしたの? 全く・・・無茶するね・・・

 で、そこで知り合って、結婚?」


「まあ、簡潔に言えばそうです」


「待って待って。でもさ、さっきトミヤスって言ってたよ?

 君が婿入りしたんじゃないの? 向こうが嫁入りしてきたの?」


「そうです」


「君・・・やるね・・・」


「まあ、色々とありまして、そんな流れになっちゃっただけです」


 にや、とクロカワが笑い、


「ちょっと、その色々、後で聞かせてよ? それも稽古代にするからね?」


「ええ、構いませんよ」


 ちら、と目をやると、いつの間にかカオルが戻ってきている。

 クロカワもちら、と目をやって、


「じゃあ皆、揃ったみたいだし、稽古始める?

 ところで、あの、魔術師の2人はどうするの?」


「まあ、本人がやりたいと言うのであれば・・・

 先生なら、痛くないように出来ますよね?」


「うん、まあ、出来なくはないけど・・・

 でもさ、受け身とか出来ないと、危ないよ?

 変に突っ張ったりして倒れたりとかしたら、大変だと思うけど」


「2人とも治癒魔術を使えますから、大丈夫です。

 背の高い方、ラディさんと言いますけど、あの方は四肢切断も治せます。

 あと、出血した血まで、元に戻す事が出来ます。

 即死でなければ、まず大丈夫ですよ」


 クロカワが仰け反って驚き、


「ええ!? 本当に!? 聞いた事ないよ、そんなの?

 でもさ、それ、使える人が1人いたら、稽古が進むね・・・

 精錬館の治癒師、寄越すからさ、教えてくれるように、君からも頼んでね。

 まあ、もしやるって言ったら、首とか頭は気を付けるよ」


「すみません。よろしくお願いします」


 マサヒデが頭を下げてから、皆の前に戻った。


「じゃあ、始めようか。この辺なら、下に石もないし、ここらで良い?」


「はい」


「あ、待ってるから、先に馬車と馬、街道からどけておいてくれる?」


「あ、そうでした。懐かしくて、うっかり。

 向こう側にどけておきます」


「うん。じゃあ、準備済んだらここに」


「はい」


 マサヒデが皆の方に歩き出すと、後ろでクロカワが正座した。

 皆の前に立って、


「じゃあ、クロカワ先生が稽古をつけてくれるそうですから。

 カオルさんはどうでした?」


 カオルが頷き、


「我らも取り入れられる所がありましょうから、問題なしと」


「ねえ、マサちゃん、あの人強いの?」


 とシズクが顔を近付けて、小さな声を出す。

 クレールもラディも信じられないようだ。


「私の無手の術は、クロカワ先生から教えてもらったものが、殆どです」


「ええ? 本当? そりゃ猫族だから、体術は強いと思うけど・・・」


「多分、シズクさんでは手も足も出ないと思いますよ。

 今日は素手ですけど、鉄棒を持っててもどうですかね?

 ふふふ。きっと、良い経験になりますよ」


「ええー?」


 マサヒデはカオルの方を向いて、


「じゃあ、私は馬車を動かしておきますから。

 カオルさん、白百合を」


「は」


 馬車を街道から少し外して停め、緊張したカオルが、白百合を馬車に繋げる。


「ご主人様」


「どうしました?」


「あの、稽古と称して殺されませんか?

 殺されはせずとも、先日のカゲミツ様のような・・・」


「ははは!」


「ユウゾウ=クロカワと言えば、熊族も片手で投げ飛ばすとか」


「聞いた事はありませんが、熊族の方とは、立ち会った事あるんですかね?

 鬼族とは初めてらしいですけど、後で聞いてみましょうか」


「正直に申します。私、恐ろしいです」


「ははは! 何言ってるんですか。

 クロカワ先生は、絶対に、そんな事しませんから。

 危ないと思ったら、またたび投げちゃいましょうよ。持ってるんでしょう?」


「はい・・・」


「絶対に大丈夫です。色々教えてもらいなさい」


「分かりました」


 笑いながら歩くマサヒデに、カオルは緊張で胸を破裂させそうにして付いていった。



----------



「さ、皆さん座って」


 正座するクロカワの前に、皆も正座して横一列に並ぶ。


「では、クロカワ先生。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 と、皆が頭を下げる。

 頭を上げて、す、とクロカワが立ち上がり、


「改めまして、私、精錬館のユウゾウ=クロカワです。

 今回は稽古というよりも、武術交流と考えて下さい。

 互いに、技を見て、ええと、こう言っちゃなんですけど、盗んじゃって下さい。

 自分の流儀に混ぜて、昇華させていきましょう。

 それでは、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「では、私の流儀というものを良く知ってもらいたい、というのもありますが、まあ、半分以上は私の楽しみでもあります。そちらの鬼族の方。最初にお願い出来ますか」


「はーい!」


 手を挙げて、シズクが立ち上がる。


「シズクです! よろしくお願いします!」


「よろしくお願いします。では、シズクさん、こう、私の腕を持ってみて」


 す、とクロカワが両手を前に出す。

 マサヒデはにやにや笑い、カオルが喉を鳴らす。


「こう?」


 シズクがクロカワの両手を取る。


「もう少し強く」


「このくらい?」


 クロカワが驚いた顔で、


「おっ!? いてっ・・・これで、全力のどのくらい?」


「ええ? ええと、1割か、2割ないくらい?」


「1割!? うわあ、鬼族には掴まれたら負けですね・・・

 掴まれただけで、こちらの負けか・・・」


 いくら凄い武術家とはいえ、この体格、体重差。

 既に掴んでいるのだ。得物もなく、素手で自分に勝てるわけはない。

 いくらマサヒデの師であろうがどうだ、と、シズクはにやにや笑った。


「へへへー」


「じゃあ、そのまま体重かけて、私を倒しちゃって下さい」


「え? 良いの?」


「はい」


「じゃあ」


 と、シズクが少し手を下げた瞬間、クロカワの手がくるっと回った。

 どすん、とシズクが転がる。


「お!? え・・・ええ!?」


 クロカワが皆の方を向いて、


「こういう感じです。私の流儀は、武神精錬館の合気柔術です」


 カオルよりも小さいくらいのこの男。

 遥かに大きく重いシズクを、手を回しただけで、軽くこてんと倒してしまった。

 マサヒデ以外の皆が呆然として、クロカワを見つめる。


「今、シズクさんは倒れましたけど、私の腕を持ったままです。

 ここから軽く握れば、私の腕は潰れてしまいますよね。

 では、シズクさん、立って下さい。もう一度」


 シズクが起き上がって、差し出された両手を握る。


「まず、今やったのを説明しますね」


 ぐ、とクロカワが両手を突き出す。

 シズクの力と体重で、びくともしない。


「このように、こう腕が真っ直ぐだと、力がぶつかって、私は負けてしまいます」


「う、うん」


 いつ投げられるか、と、シズクがびくびくしている。


「で、真っ直ぐだと負けるので、少し斜(はす)に出ますね」


 クロカワが、す、とほんの少しだけ、シズクの左手側に回る。


「うん」


「ゆっくり行きますよ。で、このように・・・」


 左手が少し下がり、右手がシズクの手首の横を回って・・・


「お、お、おっ!」


 シズクの身体が斜めになって、前のめりになった。


「こうなりますね。で、倒れてないから・・・」


 軽く踏み込んで、こん、と身体を当てると、こてん、とシズクが転がった。


「これを、空気投げと言います」


 クレールとラディが口を開けたまま、ぱちぱちと拍手をした。

 クロカワはシズクに腕を掴まれて、前屈みになったまま顔を上げ、


「今のように、遅いと相手が倒れませんから、押さないといけません。

 速く動くと、最初みたいに倒れます。

 でも、掴まれたままだと、倒しても私は腕を砕かれてしまうので・・・」


 と、クロカワの稽古が続く。

 カオルは目を皿のようにして、じっと見つめている。

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