第16話 街道休憩所にて


 翌朝。


 マサヒデは日の昇る前に起き、馬車に乗って奥から木刀を出した。

 今日は橋に着く。

 どんな相手だろう?


 しゅ、しゅ、と木刀を振る。

 軽くにしておこう、と思っていたが、楽しみで仕方がない。手が止まらない。

 少し振っていると、カオルも起きてきて、マサヒデの隣に立った。

 一緒にしばらく振って、木刀を止める。


「おはようございます」


 カオルも笑って、


「おはようございます。ふふ、楽しみな顔ですね?」


「ええ。斬り合いになるかもしれないって不安があったんですが、起きたら、もう楽しみになってきてしまいまして」


「私もです」


 ふふ、と笑い合って素振りを終え、カオルの木刀を受け取って、馬車に乗り込み、奥に木刀を置いて降りる。


「朝食は、街道を進みながら、どこかで買うかしましょう」


「そうですね。もう少し待ってから出ましょう。

 明るくならねば、店も人の通りもありませんし」


 クレールが作った風呂へ行き、冷めた水に手拭いをつけて、身体を拭う。

 全然、強そうに見えないそうな。

 でも、得物はたくさんあったとか。

 一体どんな相手だ?


「ふふふ」


 身体を拭きながら、マサヒデの口から笑いがこぼれる。

 にやにやしながら風呂場から出ると、すれ違いにカオルも入ってくる。

 カオルもにやにやしている。

 マサヒデが出てきた所で、シズクも起きてきた。


「マサちゃん、おはよう!」


「おはようございます」


 にやにやしたマサヒデを見て、に、とシズクが笑う。


「楽しみでしょうがないって顔だね」


「ええ。シズクさんもですか」


「分かっちゃう?」


「分かりますとも。カオルさんも、同じ顔してましたよ」


「だよねー!」


 笑いながら話していると、クレールとラディも起き上がる。

 ラディは枕元の眼鏡を取って、ローブを羽織り、クレールも目をこすりながら、


「おはようございます」


 と、起きてきた。

 にやにやしているマサヒデとシズクを見て、


「何かあったんですか?」


「いやあ、橋にいる相手というのが、どんな方々か楽しみになってきてしまって」


「ね!」


「ふふふ、じゃあ、クレールさん、この屋根とか元に戻してもらえますか?

 寝袋をまとめたら、出発しましょう」


「マサヒデ様、申し訳ないですけど、お風呂に入りたいです」


「構いませんよ。昨日は進んだんです」


「遅くなりませんか?」


「ゆっくり行っても、昼前には着くでしょう。

 朝餉は、途中で屋台や商人馬車で買って食べましょう」


「はい! それでは失礼します!」


 ててて・・・と小走りに風呂場に入って行き、少しして、

 ぼしゅう! と音がした。

 冷めた水に、火球を入れたのだ。


 旅先でこんなに簡単に風呂まで作れるとは・・・

 と、じっと風呂の方を見ていると、


「何々? マサちゃん、気になるのおー?」


 と、シズクが後ろからにやにや話し掛けてきた。

 ラディもじっとマサヒデを見ている。

 マサヒデは真面目な顔で頷いて、


「ええ。外でも簡単に風呂が作れてしまうなんて、魔術って凄いな、と思って。

 屋根や壁も、こんなに簡単に作れてしまって・・・」


「そこなの!?」


「は?」


 かく、と2人の肩が落ちた。


「まあいいや。私も入ってこよーっと。ラディも行こうよ」


「はい」


「ははは! 酒臭いですからね!」


 マサヒデが笑うと、シズクがぴた、と足を止めて振り向いて、


「なんか、マサちゃん、がっかりしちゃった」


「ええ?」


「ラディもそう思わない?」


「はい」


「何が? 何か悪い事でも言いましたか?」


「何もおー」


「・・・」


 2人は変な顔をして、ぷいと振り返り、風呂に入って行った。

 すれ違いに、カオルが戻って来る。


「? お二人共、どうかなされたんですか?」


「さあ・・・良く分かりませんが・・・寝袋を馬車に運んでおきますか。

 白百合と黒影も、櫛で梳いてやりましょう」


「そうですね」



----------



 それから1刻程走った所で、


「お?」


 と、マサヒデが前を見る。

 広い場所に、何台も馬車が止まっている。

 キャラバンにしては、馬車の数が多い。

 手前で馬車を止めると、カオルが近付いて来る。


「カオルさん、あれなんでしょう?」


「街道休憩所ですね。街道には、あのように馬車を止めて休める場所があるのです。

 屋台もありますし、あのようにキャラバンがいる場合もございます。

 ここにはありませんが、大きな所には、宿もありますよ」


「では、朝餉はあそこで買いましょうか」


「そうしましょう」


 ぱしん、と鞭を入れて、休憩所に馬車を入れ、適当な場所で止めた。

 まだ早朝なのに、随分と賑わっている。

 これから出よう、という者達が、買い物をしているのだろう。

 キャラバンの屋台から、良い匂いがしてくる。

 馬車から3人が降りてきて、


「良い匂いがするねえ!」


「マサヒデ様、朝餉ですか!」


「美味しそうですね」


 と、周りの屋台を見て、きょろきょろしている。

 ささ、とカオルが出て来て、


「お待ち下さい。こういう所の値段はすごく適当です。

 ふっかけられても、良く分からない場合もございます。

 私が買いますので、皆様は離れて見てて下さい」


「そうなんですか?」


 こく、とカオルが頷いて、馬車からさっと金の袋を出し、懐にしまう。


「シズクさん、馬泥棒や馬車泥棒がいるかもしれません。

 馬車の近くにいて、白百合も見ていて下さい」


 え、と皆が驚き、


「結構物騒なんだね?」


「ええ。流血沙汰はないでしょうが、スリや馬泥棒などはよくおりますから。

 勇者祭が始まったばかりの、オリネオと同じです。

 人が多い所には、スリや泥棒が多いのです。

 シズクさんが馬車の近くにいれば、平気ですから」


 シズクが真面目な顔になり、


「ん、分かった」


「さ、では参りましょう」


 皆が幾分緊張して、頷いた。



----------



 いくつも並んだ屋台を見て、


「む? ケバブですね。朝餉はあれにしましょう」


「ケバブ?」


「ええ。焼いた肉と野菜を、薄いパンのような物で巻いたものです。

 西方では良く食べられる物で、美味しいですよ」


「そう言えば、ラディさんは西方の出でしたよね?

 ああいうのがあったんですか?」


「いえ・・・初めて見ます」


「ラディさんの居た地よりも、もっと西の方です。

 ご出身は、ここらよりもかなり寒い地ではありませんか?」


「はい」


 うん、とカオルが頷き、


「ラディさんの出の地よりもっと西に行くと、急に暑い地域になります。

 砂漠が多く、内乱が続き、少々・・・いえ、かなり物騒な地域です。

 しかし、歴史的な遺跡が多くあり、貴重な資源が多い地域です」


「へえ・・・」


「キャラバンはその地方を通る者達が多いのですよ。

 油や宝石が多く、その地で安く仕入れ、こちらで高く売るのです」


「そうだったんですね」


「ええ。特に、宝石などは凄い利益を上げるのですよ。

 クレール様、このくらいの金剛石が着いた指輪、大体いくらでしょう?」


 カオルがこのくらい、と半寸ほどの幅を親指で作る。


「ええと、細工やカットにもよりますが・・・

 安くても金貨50枚くらいでしょうか?」


「その金剛石の原石、いくらくらいか分かりますか?」


「さあ・・・」


「現地で買えば、たった銀貨2、3枚なのです。

 金剛石の原石は、どんなに高くても、金貨1枚もしません」


「ええ!?」


 皆驚いて、目を見張る。

 適当に原石を詰んで来るだけで、恐ろしい額の稼ぎになるのだ。


「それを馬車に積んでくれば、恐ろしい利益になるでしょう?

 ですので、その地方が危険だと分かっていても、キャラバンは通るのです」


「はあー・・・」


「ほら、向こうの遠くに止められた荷馬車の周りを見て下さい。

 随分と物騒な者が多くおりますね」


 指差された方を見ると、休憩所の遠くの荷馬車の近くに獣人族がたむろしている。

 一目で分かる。皆、歴戦の上級冒険者級だろう。

 マサヒデ達が稽古をつけているギルドの冒険者達では、とても敵うまい。


「あれほどの者達をあれだけ多く雇っても、釣りが出るほどの稼ぎがあるのです。

 そして、あれほどの者達を雇っていても、荷を奪われる程、危険な地域なのです。

 彼らは、そのような地から、旅をして来ているのですよ」


「へえ・・・」


 ふ、とカオルが笑い、


「魔の国へ行くには通らない地域ですので、ご安心下さい。

 非常に物騒な地域ですが、武者修行には良い所かもしれませんね。

 ケバブはそんな地の食べ物です」


 そう言って、カオルは屋台に向かって歩いて行く。

 マサヒデ達も、カオルに付いて屋台へ向かった。

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