第13話 屋敷捜索・1


 ひゅ! と刀を振るって、血を払う。

 ぴぴぴ、と血の粒が飛び、床に着いた。


 くるりとマサヒデが振り向くと、一番奥の部屋から、虫人が顔を出している。

 虫人が震えながら、がらん、と廊下に弓を投げ出し、


「降参です」


 と、両手を出した。

 マサヒデは頷いて、懐から手拭いを出し、ゆっくりと刀を拭いて、収めた。


「玄関に出て。同心の方がおります。そちらに指示を聞いて下さい」


「はい!」


 どたどたとマサヒデの横を走り、虫人が玄関に出て行った。

 ハチと少し喋った後、後ろ手に手を縛られ、走って行く。


「・・・」


 振り向いて、転がった男の足を見る。

 斬り口から大量の血が流れ、床に血溜まりを作っている。

 マサヒデはそっと足を拾い、階段を下りていった。


「マサちゃん」


 シズクが声を掛けたが、マサヒデはしゃがみ込んで斬られた足を男の足に合わせ、男の目を閉じて、手を合わせた。


「・・・」


 シズクとハチも歩いて来て、マサヒデの横で手を合わせた。

 す、と目を開き、


「名も名乗らず、家族もおらず。遺体はそこらに埋めてくれ、墓もいらないと」


「左様で」


 ゆっくりと、一本一本指を開き、刀を取った。

 何度も真剣勝負をし、何度も研いだのだろう。

 刃紋が消えかかり、ほとんど分からない。

 男の腰から鞘を取って、静かに納め、そっと男の横に置いた。

 マサヒデは立ち上がり、


「シズクさん。猫族3人を探しましょう」


「そうだね。まだ居たね」


「ハチさんは、アルマダさん達を呼んできてもらえますか。

 後は、猫族3人を縛りあげて、連れてくるだけです。

 何の音もしません。暴れている者はいないでしょう」


「へい」


 ハチが出て行った。

 マサヒデとシズクは、カオルが走って行った方にゆっくり歩いて行った。


「カオルさーん!」


 と声を掛けると、


「こちらです!」


 と、カオルが右の部屋から顔を出した。

 入っていくと、縛り上げられた猫族がぐにゃぐにゃしている。

 皆、幸せそうな顔だ。


「ふう・・・玄関まで、連れて行きましょうか」


 よ、マサヒデが1人の猫族を担ぎ上げる。

 シズクが両肩に「よいしょ」と、1人ずつ担ぎ上げる。

 廊下を歩いていると、


「ああん・・・ああん・・」


 と、何やら担いだ猫族の女が小さく声を上げている。

 マサヒデは何か恥ずかしくなって、顔を赤らめた。


「ぷふっ」


 と、後ろのシズクが小さく笑った。

 さっさと下ろそう・・・



----------



 どさ、とホールの真ん中に、猫族達を下ろした。

 シズクも横に1人ずつ、どさ、どさ、と下ろす。

 アルマダの馬が、ゆっくり近付いてくる。

 横に、クレールとラディ、ハチもいる。

 向こうでは、騎士4人が縛り上げられた虫人達を囲んでいた。


「マサヒデさん」


 アルマダが馬を下り、玄関を入ってきた。

 階段の下に転がっている男を見て、は、とクレールとラディが足を止めた。


「・・・」


 アルマダはじっと転がった男を見て、手を合わせた。

 クレールとラディも、アルマダの横で両膝を着いて、手を合わせた。


「名も名乗らず、家族も無い、遺体は適当に埋めてくれ、墓もいらぬと」


「そうですか」


「見事な腕でした」


 こくん、とアルマダが頷き、縛られた猫族3人を見る。

 にやにやしながら、うんうんと小さな声を出し、うねうねと動いている。


「やれやれ・・・ここまでまたたびが効いてしまうとは・・・」


「トミヤス様、こいつらどうします?」


 つん、とハチが十手で猫族の足をつつく。


「とりあえず、目が覚めるまで待ちますか。

 勝負したいと言うなら、縄を解いて、立ち会います」


「分かりやした。じゃあ、しばらくここに置いておきますか」


「少し回りましょうか。こちらの方の遺品もあるでしょうし。

 シズクさん、この方達を見張っててもらえますか。

 暴れ出しても、殺さないで下さいよ」


「分かってるよー」


「クレールさん、ラディさん、ハチさんはここに。

 アルマダさん、カオルさん、一緒に来てもらえますか」


「はい」


「トミヤス様、私も付いて行きます。一応、現場ですんで・・・」


「ああ、そうですね。では、ハチさんも」


 マサヒデ、アルマダ、カオル、ハチと、順に部屋を回っていく。

 寝袋と荷物が置いてある。

 家具がひとつもない。


「ここは彼らの寝床だったのですね」


「寝袋5つ。あの5人の寝床ですか・・・」


「トミヤス様、あいつらあ勇者祭の参加者だ。

 荷物は持ってっても構いませんが、どうなさいます?」


「いえ、彼らに返してあげて下さい」


 アルマダは壁に手を当てながら、ゆっくりと部屋を回っている。


「・・・」


「アルマダさん、どうしました」


「いえ・・・どこかに隠し金庫などはないかと」


「隠し金庫?」


 ハチが胡乱な顔をする。

 む、とアルマダが眉を寄せ、


「勘違いしないで下さい。ここにいた貴族がどんな者か、というのが気になって。

 どこのハワードか分かりませんが、私と同じ姓の者です。

 もしかしたら、もありますし、何か手掛かりでも・・・と」


「ああ、左様で。失礼しました」


 アルマダがカオルに目を向け、


「カオルさん、手伝ってもらえますか」


「は」


 カオルが反対側から、ゆっくりと部屋を回る。

 少し歩いて、壁に耳を付け、こんこん、と叩いたりしている。

 2人が1周して、


「ハワード様、何も」


「ええ。ここはないですね」


「じゃ、向かいの部屋に行きましょうか」


「マサヒデさん達は、先に見て行って下さい。

 私とカオルさんは、細かく見ていきますので・・・」


「分かりました」


 廊下の向かいの部屋も、寝袋と荷物だけ。

 ここは寝袋4つ。

 あの4人組の部屋だ。


「ハチさん、次行きましょう」


「へい」


 隣の部屋に入る。

 やはり、家具がひとつもない。

 床から埃が舞い、窓から差す光できらきらと輝いている。


「何もないですね」


「次行きますか」


 順番に部屋を見ていく。

 どの部屋も、何もない。

 ロビーを抜け、反対側。


 猫族の部屋以外、何もない。

 向かいの部屋が、台所。

 樽に入った水。切られて、しおれかけた野菜。

 ここで食事を作っていたのだろう。


「トミヤス様。地下がありますね」


「覗いてみますか」


 とん、と階段に足を乗せると、ぎし・・・と少し沈んだ。

 小さく、ぺき、と音がして、す、と体重を後ろに戻す。


「危ねえ!」


 ぐ、とハチがマサヒデの腕を掴む。

 ハチに顔を向けて、


「すみません、大丈夫です。この階段、危ないですね」


 マサヒデが足を戻すと、ハチが座り込んでじっと階段を見つめる。


「ううむ・・・貴族の屋敷の地下室といやあ、ワインの蔵だ。

 下に酒でもあるかな。あの男の酒も、ここにあった物でしょうかね」


「持ってたのは、ワインじゃなくて徳利酒でしたが・・・

 徳利で、100年も持ちますかね?」


「さ、どうでしょう。私、その辺は詳しくないもんで」


「じゃ、気を付けて下りましょうか」


「へい」


 階段の真ん中ではなく、隅の方に足をかけ、慎重に下りていく。


「おや」


「む?」


 ワインを並べる棚があるが、1本もない。

 棚を良く見ると、埃が積もっている。

 ずっと、空っぽのままだったのだ。


「はて。おかしいですね」


 マサヒデが首を傾げる。

 ハチも腕を組んで頷いて、


「確かに。ここまですっからかんってのは変だ。

 あの集落の百姓が、ここの主人が死んだ後、勝手に売っ払っちまったのか?」


「本当に、人が住んでいたのでしょうか?」


「どうですかね。まだ分からねえ。2階を見てみましょう」


 ぎしぎしと音を立て、慎重に地下室を出る。

 本当に、ここには人が住んでいたのだろうか?

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