2-5

 都心から車で約二時間。その屋敷は、確かに近隣の豪邸と比べてもひときわ大きかった。そして、田舎にある豪邸と言えば、ほとんどが日本家屋であるにも拘らず、神田家は洋風の屋敷なのである。正面に、門。そして屋敷をぐるりと取り囲んでいる、レンガ造りの、壁。門扉から覗くことでしか、屋敷の様子を伺い知ることは出来ない。


「すごいですね……」

 車を降り、尚登が屋敷を見上げながら言った。安城も同じように屋敷を見つめる。

「確かにすごいわね。いくら田舎とはいえ、これだけの屋敷を構えるって、相当な資産家ってことよね」

 門扉には、まだ規制線が張られている。警官の姿はなく、尚登は規制線を潜ると門を開けた。


 車は門の外に停めたまま、中へ。

 門から屋敷までは円を描くように石畳が伸びており、真ん中には小さな噴水。お伽噺に出てくるお城のようだった。向かって右側が、一面の庭。入り口なのか、アーチがありバラの花が咲いている。色は、だ。


 庭は、低い生垣のようなもので囲われており、それは不思議の国のアリスに出てくる迷路を彷彿とさせる。実際、迷路になっているわけではないのだが、所々に仕切りのような役目で青々とした生け垣が存在するのだ。


 アーチの向こうは、本格的なフラワーガーデンだった。警察や鑑識が掘り返した後のせいもあり、めちゃくちゃな場所も見られるが、花はそこかしこに咲いている。……ピンク色の、花が。


「ここまでピンクだらけだと、なんだか怖いわね」

 安城が腕をさすりながら言った。尚登も、花に興味などないし、たかが花、と思っていたのだが、実際目の当たりにすると不気味さの方が強いと感じていた。

「で、どこを調べるって?」

 安城が庭を見ながら訊ねる。尚登はポケットから、借りてきた鍵を出し、言った。

「屋敷の中を」


 ここに近付くにつれ、腕輪が熱を帯びているのが分かった。きっとここにも、負のオーラが溜まっているのだ。誰もいない屋敷に漂う負のオーラ。怪奇現象でも起きそうな嫌な空気感であることに、間違いない。

 尚登は屋敷に向かい、鍵穴に鍵を差し込む。重厚な二枚扉の向こうには、一体何があるのだろう。


 カチャリ


 乾いた音と共に放たれるドア。エントランス、という言葉がぴったりな玄関は広く、寒々とした印象だ。


「すごいわね。土足だわ」

 変なところに感心する安城に、尚登がクスリと笑いを漏らす。

「ちょっと、なに笑ってるのっ?」

 安城が尚登の肩を小突いた。

「すみません、なんか、可愛かったんで」

 笑いながら言うと、安城がムッとした顔をして睨み付ける。

「バカにしてません! 褒めました!」

 真剣な顔でそう言って敬礼を返す。

「まったく。……で、どうする?」

 ぐるりと見渡せるほどに広い屋敷だ。

「手分けしましょう。俺は二階を、安城さんは一階をお願いします」

「わかった」


 二手に分かれる。尚登は二階へと階段を駆け上り、心の中でヴァルガに話しかける。

(何か感じる?)

『……なんというか、ここはすごいな』

 曖昧な、答え。

(どういう意味?)

『負のオーラ……いや、今までとは何か、質の違うものではあるが、似たようなものがあるようだ。これは……まさか、』

(まさか?)

 言い淀むヴァルガを促す。


『ナオト、この世界にもが存在するのか』

「アンデット!?」

 思わず声を出してしまう。

「っと、声出ちまった」

 慌てて口を噤む。


(アンデッドって、ゾンビみたいなあれだろ? この世界にはそんなのいないぞ?)

 まさか幽霊がいるとか言わないだろうな? と内心焦る。

『怨念というのか、なにか邪悪な気配が漂っているのは間違いない。さっきの庭もすごかったが』

 ヴァルガが言わんとしているのは、やはりそっち系、ということなのか。幽霊など信じてはいないが、尚登は急に背筋が寒くなるのを感じた。


(その怨念、どこから来るかわかるか?)

『……廊下の突き当り、小さな部屋』

 言われ、目を遣る。が、廊下は行き止まり。部屋などどこにもない。


「部屋なんか……ないんだけど」

 廊下を歩き、突き当りの壁まで辿り着く。壁に手をやるが、特に変わった様子はないように思える。


 尚登は手前にある部屋のドアをそっと開ける。そこは寝室のようだ。ベッドが置かれ、調度品も高そうなものばかり並んでいる。廊下の突き当りと隣り合う場所には大きな本棚が置かれている。

「まさかと思うけど、この本棚が動く、とか言わないよな?」

 そう、ひとりごち、本棚に手をかける。思いっきり押してみる。もちろん、ビクともしないのだが。

「……だよな」

 しかし、と思い直す。

 こんな時、よくドラマでは本を動かしたりすると動いたりするのだ。本棚をじっと見る。よくわからない分厚い本が綺麗に並んでいる。


「ん?」

 見つめた先、なにか違和感を覚え、もう一度ゆっくりと視線を動かす。

「これ……か?」

 一冊の本に手をかける。引いてみた。変化はない。今度は押してみた。


 カチ


 なにか、音がした。

 もう一度本棚に手をかける。押すと、するするといとも容易く、本棚が動いたのである。

「ほんとかよ……」


 本棚の奥には、鉄の扉が隠されていた。


*****


「嘘でしょ……?」

 扉を前に、安城が手で口を覆った。

「忍者屋敷みたいですよね」

 そう、茶化す尚登を、安城がじっと見上げる。


「え? なん……ですか?」

「ここ最近の遠鳴君、なにかがおかしい」

 じっと目を見つめられ、鼓動が早くなる。

「おかしいって、」

「潜入捜査の辺りから、何か変わった。何があったの?」

 詰め寄られる。


 安城ミサトはデキる女である。見た目だけではなく、頭脳も、体力も、勘も、全て兼ね備えている。疑いをもたれるのも納得だった。実際、あの日を境に変わっているのだ。


「いや……九死に一生の体験したせいじゃないですかねぇ?」

 手を振り、慌てて言い返す。魔王の右腕と契約したせいですかね、ハハハ、とは言えないのだ。


「それより、中、気になりません?」

 気を逸らす。


 実際、ここから何が出てくるのかわからないのだ。神田美月を追い詰めるだけの材料が揃っていることを祈るだけである。

「開けましょう」

 安城が扉に手を掛け、引いた。キィ、と乾いた音がして、放たれる扉。その向こうにあったのは……、


「これって……」

 安城が息を呑む。尚登もまた、絶句した。


 プププ プププ……


 安城の携帯が鳴った。

「もしもし、あ、班長! いいところに。実はっ、……え? それってどういうっ、」

 急に安城が声を荒げる。

「ええ、わかりました。戻ります。こちらには鑑識を。急いでください。二階の奥です。来ればわかります。ええ、はい、では」


「なにか?」

 尚登が訊ねると、安城は尚登を見つめ、静かに言った。


「神田美月が……死んだわ」

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