第22話 狩りに行こう・6


 カオルが立ち上がった。

 吊るされた鹿の死体を前に、ラディの方を向く。


「ラディさん、これから、解体します」


「はい」


「あなたに、解体してもらいます」


「え?」


「やり方は教えます。仕留めたあなたが、やらねばなりません」


「・・・」


 こく、ラディは頷いて、銃剣を鞘から引き抜いた。

 カオルはラディの顔を見た後、頷いて、吊るされた鹿を抱きかかえるようにして、


「ラディさん、まずはこの鹿を下ろします。小刀はしまって下さい。

 着込みが血で汚れてはいけませんから、そこで脱いで降ろして下さい。

 腰の弾薬入れも全て外して、銃も荷物も置いて下さい」


「はい」


 銃剣を鞘へしまい、手甲を外し、前を外して、着込みを地に下ろす。

 軽くなった着込みが舞わないよう、上に銃を置き、荷物を下ろした。


「では、そこの、縄の結んである所へ」


「はい」


 言われるまま、結びつけてある縄の所へ。


「ゆっくりと縄を解いて下さい。

 落ちないように、端を抑えながら、ゆっくり」


「はい」


 ゆっくり、カオルが横に動かしていって、血溜まりの外に鹿が下ろされた。


「では、こちらへ。腹の方に座って下さい」


 腹の方・・・

 これから、内蔵を引きずり出すのだ。

 ラディが片膝を着いてしゃがみこんだ。


「私が動かないように押さえます。

 ラディさんは、腹を割いて、臓物を引きずり出すのです。

 ここから、この辺りまで割いて」


 カオルが鹿の腹に人差し指を当てた。

 前足の付け根当たりから、後ろ足の付け根の少し前まで、ゆっくりと指を動かす。

 ラディが銃剣を抜く。


「・・・」


 ぷつ、と差し込み、ぐい、ぐい・・・と動かす。


「んっ、んっ・・・」


「最初は浅くお切りなさい。まずは皮だけで」


「は、はい」


 差し込んだ銃剣を少し傾け、皮を内側から切るようにする。

 少し切って、刺し込んで、少し切って・・・


「む、その辺りで良いでしょう。

 では、皮の切れ目に沿って・・・同じ所に刺して、腹の肉を割いていくのです」


「はい・・・」


 ぐっと刺し込んで、斜めにして、肉を切っていく。


「こ、このくらい、でしょうか」


「・・・」


 カオルが切れ目に手を入れて、内蔵を少し引きずり出した。


「うむ・・・では一度、小刀を置いて下さい。

 まだ使います。血は拭き取らずに、そのままで結構です。

 手をここに入れて、ちゃんと切れているか、横に滑らせて確認して下さい」


「はい」


 そっと銃剣を置き、ぐっと切り口に手を押し込む。

 まだ温かい。

 横にゆっくり手を滑らせて行く。


「切れているようですね。

 では、袖を捲くって、手を入れて全部引き出して下さい。

 私が押さえていますから・・・」



----------



 鹿の腹から、ぞろりと臓物が出た。

 この身体に、こんなに入っているとは・・・

 ラディは手を滑らせながら、何度も突っ込んで、重さに驚きながら全部出した。


「で、出ました。全部・・・多分・・・」


 こく、とカオルが頷き、袖を捲くって腹の中を探る。


「ん・・・頑張りましたね」


「・・・」


 血だらけになった手を、ラディが見つめる。


「さ、ラディさん。手を拭いたら、小刀を」


「は、はい」


 手拭いで綺麗に手を拭く。

 指の間、爪の隙間・・・細かい所まで、拭う。

 深く手を突っ込んだので、肘まで汚れている。

 ぺた、と赤く染まった手拭いを落とし、銃剣を持つ。


「では、まずこれを切り取って下さい。

 切ったら、今落とした手拭いの上に置いて下さい」


 これ、と指差されたのは、一見して分かる。

 これは、心臓・・・


「はい・・・」


 まだ、かすかに温かみがある。

 ぷつぷつと周りに着いた物を切り取って、手拭いの上に置く。

 こく、とカオルが頷く。


「では、次はこれを。強く握らないように。

 切り取ったら、同じように手拭いの上に」


「・・・」


 これは、肝臓だろうか?

 同じように周りの物を切り取って、手拭いの上に置く。


「今のが、肝臓です。このふたつは食べられますから。

 さあ、手拭いに包んで下さい」


「はい」


 血だらけの手拭いに、切り取った心臓と肝臓を包む。


「では、他の臓物は、そこの穴へ入れて下さい。私が埋めましょう」


「はい」


 残った臓物を、穴に入れる。

 最後に、血だらけになった頭を拾ってきて、入れた。

 カオルが上から土を被せていく。


「・・・」


 鹿の顔が埋まった。

 全部、埋まった・・・


 ラディは盛られた土の前に跪いて、もう一度、手を合わせた。

 カオルも手を合わせる。

 少しして、カオルが立ち上がった。


「これで終わりました。お疲れ様でした。後は、川まで運ぶだけです」


 ラディが顔を上げ、


「川ですか?」


「はい。水に浸けておくと、肉と皮が剥がれやすくなります。

 今日は川に浸けておき、明日、また取りに来ます。

 そちらは私共にお任せ下さい。さて・・・しばしお待ち下さい」


 すたすたとカオルが歩いて行き、長い棒を持って来た。

 ぴ、ぴ、と小刀で小枝を払い、


「これに吊るして、私共で肩に乗せて、川まで運びましょう。

 すぐ近くです。切り取った臓物は、すぐに火を焚いて焼いて食べましょう。

 それらはすぐに食べませんと、食べられなくなります故」


「分かりました」


 カオルが鹿の足をぎゅ、と縄で縛り、下に枝を通す。


「さあ、ラディさんは後ろを」


「はい」


 屈んで、肩に棒を乗せる。

 重い。


「さ、立ち上がりますよ。いち、に、さんっ!」


「ああっ!」


「あ、おっ、あっ!」


 どすん、とカオルの背中に鹿が滑り落ち、カオルが前に崩れた。

 身長が違い過ぎて、棒が斜めになってしまい、鹿が滑って行ったのだ。

 あ! とラディが座って、棒を肩から下ろし、


「す、すみません! 大丈夫ですか!?」


「い、いえ、平気です・・・

 高さの差を考えておりませんでした。

 滑り落ちないよう、縛り付けねば・・・」


「・・・」


 くるくると棒と足に縄を結び、滑らないように固定する。


「良し。では、もう一度・・・いち、にの、さんっ!」


「はい!」


「むっ」


「カオルさん? どうかされましたか?」


 ぐぐっと前に来る。斜めになって、押されるように重さがかかる。

 カオルは棒を滑らせないように、ぐっと握りしめ、


「いえ、では参りましょう。川はあちらです」


 と、歩き出した。

 歩きながら、


「川に下ろしましたら、後は私が。

 川に沿って下っていけば、マツ様達がいる所です。

 そこで火を焚きましょう。私もすぐに追いつきますので」


「はい」


 さくさくと落ち葉を踏んで、ラディが付いてくる。

 山登りの時はへたばっていたが、鍛冶仕事の手伝いもしているのだ。

 鍛えられているのだろう。

 ちら、と後ろを振り向いて見ると、太くはないが、腕に筋肉が付いている。


「カオルさん、あれだけ臓物を出したのに、重いですね」


「まだ、血も抜けきっておりませんからね」


 前にのめらないように気を付けながら、カオルは足を進める。


「初めての狩りは、如何でしたか」


「上手く言葉に出来ないのですが・・・」


 ラディは言葉を切った。

 黙ったまま、少し足を進めた所で、


「狩りは、何か、命を大事にしている気がしました。

 私はこの鹿の命を奪ったのに、何か、そんな感じがしました」


 こく、とカオルが頷いた。


「只々、命を奪うことに楽しみを覚え、狩りをする者もおります。

 ですが、本来、狩りというのは、ラディさんが感じられたようなものです」


「はい」


「この鹿も、我々の肉となり、骨となります。

 鹿だけではなく、この鹿が食べていた、草や木の実。

 草も木も、土から栄養を、雨水で水を採って生きています。

 土も、先程埋めた臓物や、この落ち葉、虫、色々な物があって栄養を作ります。

 我々は、あらゆる命と、天と地に生かされているのです」


「はい。すごく、実感出来たと思います」


「説教臭い事を言いましたが、良い狩りになりましたね」


「はい。良い狩りでした」


 前が明るい。

 流れる水の音が小さく聞こえる。

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