第19話 狩りに行こう・3


 森の入口。


「さ、クレールさん、ラディさん。ざっと見回してどうです。

 変な感じしないでしょう? 鬱蒼としてないでしょう?」


 くるー・・・


「はい」


「今の所は・・・」


「川より向こうにしばらく行くと鬱蒼としてますから、行かないで下さい。

 魔獣とかいるかもしれませんから」


 クレールが少し心配そうな顔をして、


「マサヒデ様、川の辺りは平気ですか?」


「ずーっと向こうまで行かなければ、平気です。

 日の差してる所は、人の手が入ってます。

 ちゃんと管理されている、人が来ているって事ですから、大丈夫ですよ」


「なるほど」


 カオルがマサヒデの方を向き、


「ご主人様、我々はここで別行動をしたいと思いますが。

 ラディさん、如何でしょう」


 ラディはカオルに向いて頷き、


「構いません」


「分かりました。では、我々はまず川へ行きますね」


「了解致しました。では、ラディさん。行きましょう。

 ふふふ、大物を狩りましょう」


「いや、大物はちょっと」


「さ、あちらへ参りましょう。

 私の勘が、何かいると察知しております」


「マサヒデさん」


 ラディが不安そうにマサヒデに目を向ける。


「ははは! 大丈夫ですよ。いざとなったら、カオルさんが守ってくれますから」


「・・・はい」


「ささ、ラディさん。参りましょう。こちらへ」


 ラディは逸るカオルに引っ張られるように、森に入って行った。

 途中、ちら、とマサヒデの方を振り向いたが、マサヒデは笑って頷いた。


「じゃ、私達は川へ行きましょう」


 マツとクレールがにこやかにマサヒデの方を向く。

 森の様子を見て、大丈夫そうだ、と分かったのだろう。


「はい!」


「釣りですね。マサヒデ様があんなにやりたいって言ってましたもの。

 私、もう楽しみで・・・」


「マツ様、釣りってそんなに楽しいんですか?」


「私も初めてですけど、今朝のマサヒデ様は面白かったんですよ。

 釣りがしたい! 弓の練習もしないといけないのに! なんて。

 腕を組んで、ぐーっと天井眺めちゃって」


「そんなに!」


「そうなんですよねえ・・・私は弓の練習の為にここに来たんですが・・・」


「じゃ、マサちゃん、早く狩ればいいよ! 私の勘にお任せ!」


「お願いします。じゃあ、行きましょう。付いてきて下さい」


 マサヒデが先導し、マツ、クレール、最後にシズクと並んで歩く。

 少し進んだ所で、


「マサヒデ様、ここ本当に大丈夫そうですね。風が気持ち良いです。

 鳥も鳴いてて、気分良いですね!」


「ね? 言った通りでしょう」


「本当でした! 疑ってすみません」


「ははは! あの登山の後じゃあ、疑われても仕方ありませんよ」


 さくさくと落ち葉を踏んで歩いて行くと、ぴた、とマサヒデが足を止めた。


「む、しまった・・・」


「どうされました? 忘れ物ですか?」


「むう、釣り餌を忘れました。すみません。

 まあ、ちょっと面倒ですけど、虫でも捕まえていきましょう」


 うえ! とマツとクレールが背を反らせた。


「ええ!」


「虫ですか!?」


「ええ。すみません、ミミズか、コオロギでも買ってくれば・・・」


「みっ、みっ、ミミズ!?」


「ここコオロギ!?」


 2人の顔が青くなる。


「ううむ・・・」


 がさがさ。


「あ、いた」


 しゅ! ぱし!

 マサヒデの手が何かを握った。


「ええっと・・・すみません、シズクさん、その革袋、貸してもらえますか」


「はいよー」


 シズクがごそごそと石の入った革袋を外し、どささ、と石を落とす。


「はい」


 マサヒデが受け取って、握られた手から何かをつまみ、袋に入れて口を縛った。


「よし、と」


 手拭いを出して、シズクの石を包んで渡す。


「ありがと」


「じゃ、ちょっと時間かかっちゃいますけど、餌はここで現地調達と行きますか」


「ね、マサちゃん、クレール様の死霊術で出した虫で良いんじゃないの」


「ううん・・・使役されたものですから・・・それで釣れますかね?

 初めての釣りで、竿の方にも集中しないといけませんし」


「そっか、難しいか」


「慣れたら、いけると思いますが」


「ん! この木・・・」


 シズクが、さわさわ、と倒木を撫で・・・

 ばがん!

 木をぶん殴る。

 ばり。がさがさ・・・


「あ! いたいた! マサちゃん、見て! 良い餌みっけ!」


 親指くらいの大きさの、太い幼虫。

 マツもクレールも、ぞー・・・と血の気が引く。


(うわあ・・・)


(うへえ!)


「む! シズクさん、これは使えそうですね」


 ひょい、とマサヒデは幼虫をつまみ、袋に入れる。


(つまんだ!)


(うぞうぞしてた!)


 ごそごそ・・・


「おっ! いるいる!」


 ひょい、ひょい、ひょい・・・


(それは蛆虫では!?)


(ひぁー!)


「これだけいれば良いでしょう!

 シズクさん、ありがとうございました」


「ははは! こういう柔らかい木にはいっぱいいるんだぞ!」


「へえ、良く知ってましたね?」


「あのでっかいやつ、美味しいんだよ」


「え? そうなんですか?」


 ひいー、とマツとクレールがぶんぶん首を振る。


(嘘! 絶対嘘!)


(食べたくないー!)


「うん。まったりしてて美味しいんだ。

 ちゃんと頭取らないといけないよ。舌に噛みつくから」


「へえ・・・」


「最初はびっくりするけどさあ、たまんないよこれ。

 釣りで使わなかったら食べようよ」


「そうですね」


(嫌あー!)


(嫌ですー!)


「さ、行きましょうか。もうすぐそこですから」


 マサヒデもシズクもにこにこ笑っている。


「は、はーい!」


「楽しみですねえー!」


 笑えただろうか・・・

 と、マツもクレールも不安になってしまった。


 マサヒデが歩き出す。

 手に持った革袋が、動いているような・・・


 ちょい、とクレールがマツの袖の裾を引っ張った。


(マツ様、マツ様!)


(は、はい)


(あの、あれが餌ということはですよ・・・あの、あれが・・・)


 ぎく! と、マツの顔が強張った。

 ということは、魚の腹には、あれが入っているのか!


(どどど、どうしましょう!?)


(あの、あの、今まで私達が食べていた魚も・・・)


(クレールさん、や、やめて下さい!)


(ひええー!)


 2人のみぞおち辺りが、きゅうっと締められるような感じがした。

 たらたらと脂汗を流しながら、マサヒデに付いて行く。

 釣りとは何と恐ろしいものか・・・

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